カテゴリー『南牧村移転計画2004』のおまけとして過去の雑記からアップしてみます。-かたじ屋-
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大きな台風が日本列島を通過。
南牧村にも秋の気配がそろりそろりとやってきたような気する。
我が家にも夏の間、小型の台風から大型の台風までじつに6家族が、替わりばんこに上陸していった。大半の日程は幸運にも夏の日差しに恵まれ、子供たちは目の前を流れている南牧川での川遊びを楽しみ大人たちはゆっくりした時間を過ごすことができたのではないかと思う。
東京から泊まりにきていた子供たちと川に下りてみる。私はもちろん大人なので付き添い・監視役という役どころで同行した。
子供たちにはちょうど良い流れと深さがあり、水は驚くほど澄んでいる。水中眼鏡をつけて水面に顔をつけるとこれまた驚くほどの魚たちが目の前を泳いでいる。
私は少し大きめの岩に腰を下ろし、子供たちのはしゃぐ姿を眺めながら少年時代を思いおこしていた。
毎日毎日夢中になって走り回り、雪のない時期は山・川・近くの広場どんなところでも遊び場になった。雪の季節はもちろんスキーからそり遊び・雪合戦・かまくら・自宅の庭にトンネルを張り巡らせて基地作りとありとあらゆる遊びを考え出しては、本気になって遊んでいた。
そういえばずいぶんと長い間、本気になって遊んでないなあ。目の前の子供たちを見ているとなんだかうらやましく思えてくる。
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『すっげぇ~。あいこの父~!きてよぉ~。さかながいっぱいだよぉ~。すっげぇ~。』
子供たちが私を呼んでいるのだ! お呼びとあれば行かないわけにはいかない。私は近くで遊んでいる娘愛子の水中眼鏡を奪い取り、いつの間にか用意してあったヤスを手にしゅうと・ゆうきが呼ぶ大きな岩の転がっているあたりまで流れをかきわけ、ときにはクロールなど交えながら急いだ。
二人が立っているそのあたりは大きな岩が三つほどあつまり、川底も少しえぐれて深くなっており、ちょうど魚たちにとっては休憩したり、隠れたりするのに都合がよくなっている。水中眼鏡をしっかりと付け直し川面に顔をつけてみると・・・・・・。『うぉ~。すっげ~。』である。
目の前を5~6匹の小さな群れをなした魚たちがつぎからつぎから通りすぎて行く。鮠(はや)もとおりすぎてゆく。
川底と岩との隙間に顔を近づけてのぞいてみると、おいしそうな鰍(かじか)が隠れている。子供たちはもう大喜び。(恥ずかしながら私もふくめてであるが。)ゆうきもしゅうともなんとかしてこの魚を捕まえてみたくて躍起になっている。手には東京からはるばる持参した魚取り用の網をにぎりしめ水中をにらみつけている。手に持った網が何度となく行き来している。しかし、水中を泳いでいる魚たちは大変すばしっこいのである。ヒラリヒラリと身をかわしてはすました顔で通りすぎて行く。
私も負けてはいない。持参したヤスを手に大きく息をしては水の中を凝視して岩陰に身を寄せて一休みしている鮎に向けヤスを放つ。間一髪するりと身を翻した魚たちは、私のヤスから逃れ驚いた顔をしながらどこかへいってしまう。何十回と放ったヤスに魚たちがつかまることはなかった。やはりすばしっこい。
少年時代、川でヤスを使って魚を取った記憶はない。思い出してみるといつも魚取りというと石の下に手を突っ込んで手づかみしたり、手ごろな大きさの石をもちあげては下に魚が隠れていそうな石の上に叩きつけ、ショックでプカァ~と浮いてきたやつを捕まえたりという漁法でとっていたような記憶がある。
腹の横に赤い筋のあり、そのころは『ウグイ』と呼んでいた魚を10キロの米袋に持ちきれないほど捕まえて帰ったりしていた。この辺でいう『ハヤ』と同種類のような気がする。
そんなこんなで、魚を追いかけまわすことに夢中になっていた私は、ふと我にかえってあたりを見渡してみた。川の中にはしゅうともゆうきももう居なかったのだ。私だけ・・・。
『あいこの父~。もう帰ろうよ~。』
唇を真っ青にしたしゅうとが叫んでいる。
子供たちは川原にそびえ立つ大きな大きな岩の塊の上にのぼって、頂上で甲羅干しをしているではないか。私は魚を追いかけることに夢中になっていて、時間のたつのを忘れてしまっていたらしい。
監視役ということで派遣されていたはずなのに、立場が逆になり子供たちから監視されていたとは・・・。すこしばかり恥ずかしかった。そばにはいつの間にか下りてきたしゅうとのパパがまゆなちゃん(しゅうとの妹)をまきまきタオルで包んでいる。
『よぉ~し!そろそろあがってあったかいシャワーを浴びなさぁ~ぃ!』
こう叫ぶのが私には精一杯だった。
付き添いの大人が本気になって遊んでどうするんだ。でも楽しい一日でした。ハッハッハ。
