今朝の南牧村大字磐戸 自宅前の気温
あさ 6:00の気温 7.5℃
けさも眩しいほどの日差しを浴びて、間近に迫る山々の新緑がいっそうキラキラと輝いて見えます。杉の人工林の深い緑と、雑木たちの萌えるような新緑のコン
トラストは、こんなかたじ屋のようなおじさんにも溜息をつかせてくれます。南牧村は一年で一番輝く時期を迎えているのかもしれません。
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いまはインターネットの普及が進み、ちょっとした用事でもすぐにパソコン上でメールのやり取りができるようになりとても便利になっています。いま出したメールが送信と同時に相手のパソコンに届くんですからすごいものです。
一通の白い封筒がここかたじ屋の母屋に届いたのは昨日のこと。宛名は私かたじ屋宛、差出人はまったく面識の無い埼玉県在住の男性の方からでした。
封を切り、三つ折にされた便箋を取り出し開いてみると・・・・淡いブルーの横書き27行便箋には、びっしりとボールペンで書かれた特徴のある文字が書き込まれ、4枚綴りの最後の行までその特徴ある文字が書き込まれています。
どうやら差出人はここ南牧村で生まれ、少年時代そして中学・高校を卒業するまで南牧村で暮らしていた方のようなのです。 いまは村を出て暮らし、雑踏 のなかに身を置き、経過した年月の中でさまざまな経験を味わってきた事、現在なお胸の中に湧き上がる押さえようの無い望郷の思いがその特徴のある文字のひ とつひとつにボールペンの先からしみ込んできているのが伝わってきます。
文面から差出人の方が住んでいた実家のあった場所がすぐに近くであるという事、その方の年の頃・家族とのいきさつ、多くの苦悩を味わってきた事だろうと感じさせます。
日々繰り返す生活のなかでしらずしらず大人の階段を上ってきている自分と、心の中にしまいこんでしまった本当の自分の想いとのズレ、年月を重ねるほど強く 膨らんで抑えきれないほどの故郷への思いが切々と綴られていました。そして私のこのこらむが、そんな差出人の心をわずかではありますが癒すことに役立って いるとのこと・・・・。
四枚綴りの便箋を一文字残らず読み終え、再びはじめの文字から読み通そうとしたかたじ屋はあくびをしたわけでもないのですが、文字がぼやけて読みづらくなるという不思議な現象の中、三度特徴あるボールペン文字の便箋を読み返すこととなりました。
投函してしまったら再び読み返すことができない手紙。メールとは決定的に違うのです。だからこそ手紙には書き手の思いがしみこむんですね。
願わくば差出人の心の奥にある少年時代のキラキラと輝く思い出・優しさを、しまい込まずに引っ張り出して、小学校の頃名札をぶら下げた左の胸の辺りに堂々と貼り付けてみてはと思います。
それから南牧村の山々・川は眩しいほどの季節を迎えていますよ。行ってみたくなったでしょ!その節は必ずかたじ屋に声を掛けてくださいな。
