今朝の南牧村大字磐戸 自宅前の気温
あさ 6:00の気温 17.0℃
霧に近い大量のモヤが見渡す限りの山々を覆いつくして、幻想的なあさの南牧村。昨年のちょうど今頃も大雨に見舞われ、かたじ屋前に流れる南牧川は濁流をく ねらせて木製の簡易橋を破壊していきました。今年はいまのところですが簡易橋は健在となっています。 もうそんな時期に近づいているんですね。
かろうじて雨粒を落とさずにいた南牧村上空に待機する雨雲も、とうとうこらえきれずに大粒の雨を落っことしてきました。ガラス越しに見える銀杏の葉、川
向うにそびえるケヤキの大木、庭先の植木、山の雑木や杉の木たちにもまんべんなく雨粒は降り、かすかに揺れる木々のしぐさに、この雨を気持ちよさそうに浴
びている様子が見えます。きっと、気持ちいいんでしょうね。
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あまり難しいことは判らないのですが、一部の弁護士という方たちはなにかその仕事の価値を勘違いなさっているのではないだろうかと思ってしまいます。
真実を捻じ曲げてでも、被告人の刑を軽くする事こそ弁護士の本懐、弁護士冥利なのだ!なぁ~んて考えているようにさえ感じます。真実と事実に見合った量 刑、被告人の権利の主張の代弁、ときには無罪であるべきだと被告人を擁護し代弁する事もあるだろうと思います。それが真実ならば当然です。
もちろんほとんどの弁護士や司法の場に身を置く方々はそういった偏った価値観ではなく、正義と良心と法律に基づいた判断をなさっている事だろうと思います が、中にはこの人たちなんか勘違いしてないか?と感じてしまう人たちもいます。何でもかんでも量刑を軽くできれば"腕のいい弁護士"だと思っているように 感じます。なかには精神的に病んでるように見える弁護士先生もいますが・・・大丈夫なんでしょうか?
