≪あたらしい命を預かった父≫2003.10.01(水)

 

時をさかのぼること2日、早い話がおとといの9月29日。
午前12時すぎ。

私はあたらしい命を預かることになった。二人の娘たちが深い眠りの中にいたころの事。



周りの人たちからは『3人目も女の子だよきっと。』といわれ続けていたので、私も覚悟はしていたのだが出てきた子供には周囲の予想に反して、私の小指の先ほどの小さなおちんちんがくっついていた。

世に言う『男の子』を神様から預かることになったのだ。

 

 もう子供たちも寝静まった午後10時。まるでおなかの中にスイカが丸ごと入っているような家内が急に、『陣痛が始まったみたい。』と寝そべってテレビの洋画を見ていた私に声をかけてきた。

家内はこれまでの経験から 『陣痛の間隔からして出産は明日の朝ごろになる。』と経験者ならではの余裕の表情で私に解説をしてくれた。

私はその筋道の通った説明に、『なるほど。そういうもんなのか。』と、いちいちうなずくしかない。とりあえずベッドの空き状況もあるので、掛かりつけの中央病院に電話を入れることにした。

 

  • 家内 『婦人科でお世話になっている○○ですが、陣痛の間隔が短くなってきたようなので連絡してみ   たのですが。』
  • 看護婦さん 『今現在何分おきで陣痛が来ていますか。』
  • 家内 『え~と、10分間隔に近くなってきてます。』
  • 看護婦さん 『○○さん、初産ですか、経産婦ですか。』
  • 家内 『3人目になります。』
  • 看護婦さん 『○○さん、3人目だと陣痛が始まっててからすぐに出てくる場合がありますので、とにかく今すぐ来てください
  • 家内『わかりました。今からすぐ出ますので5分くらいで着くと思います。』

とまあこんなやり取りの後、あらかじめ用意しておいた入院用の荷物をかかえ、熟睡中の娘たちをそぉ~っとのこしたまま車で金町中央病院へと急ぐことになった。

病院に到着するなりさっそく診察が始まるということなので私は荷物を残して一時帰宅することにした。

家に戻って2時間ほどたった深夜0時過ぎ。
私の携帯が時間もわきまえずに突然鳴り響いた。

あわてて電話を手にすると小さな声で『はい。○○です。』   
かけてきたのは中央病院の看護婦さんである。『○○さんですか。おめでとうございます~。生まれましたよ~。』    私は『ありがとうございます。』といいながらも頭の中では情報が錯綜し、軽い混乱状態に陥っていた。

つい二時間ほど前に病院に送り、直前まで『この感じなら生まれてくるのは明日の朝ごろね。』と解説を受けすっかり洗脳されていた私は、なかなか状況を理解することができなかったのだ。

実際には一瞬の間だったのだが、ようやく頭の中で流れを組み立てなおしたとき、電話口に家内が出て『さっさん。(家内は私のことを “さっさん” と呼ぶ)うまれたよ~。オチンチンがついてるよ~。』 と、衝撃の発表をうけた。

オチンチン?おちんちん。男の子か?・・・。

とまあ、そんなこんなで私たち家族は、29日の深夜0時過ぎに、元気な男の子を神様から預かることになったのだ。そういえば名前どうしようかな。女の子の名前しか考えてなかったなあ。

 

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このページは、katajiyaが2008年1月 1日 22:36に書いたブログ記事です。

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