南牧村の梅もだいぶん花がついてきています。春近し。
一階部分の大まかな片付けがひと段落ついた頃。その先に待ち構える二階片付け撤去作業に備えて、隊員は下見をしてみることにした。外からは雨戸が締め切られ、うかがい知ることのできなかった手付かずのままの二階。外からの階段でしか進入するルートがなく、上りきった入り口には建付けの悪い引き戸があった。 カタンコトンとバランス悪く引かれてゆく引き戸と柱の間に、徐々に隙間が広がっていくとその前方に、薄暗い空間が広がっていた。
雨戸が締め切られているために中の様子はぼんやりとしか確認できない。むかしこのあたりの農家ではほとんど家でお蚕を飼っていたらしくその名残と思われる道具類。その後は倉庫代わりになっていたらしく、農機具・味噌樽・無数の建具障子・なぜか大太鼓 。使い古しの電化製品・竹の大籠・わらで編まれた菰(むかしは相当高価であった。)等々。気が遠くなるような物量とあきれるほど積もった埃に、隊員は逃げ出したい気持ちを抑えるのに必死だった。母屋を片付けて修復工事をおこない、人が住める状態にリフォームするという使命を受けている以上、逃げは許されないのだ。
下見から数日後、いよいよ二階片付け撤去の作業に入る。閉ざされていた雨戸はすべて取り外され、おそらくひさかたぶりになると思われる太陽の光を浴びることになる。村の田貝さんという方が、二階の片付けを手伝ってくれることになり撤去作業はスタートを切った。 まずは床に置かれたありとあらゆる残材を、燃やせる物はドラム缶のある表側に、腐らせて肥やしとなるものは裏の畑に、薪として使えそうな物はやはり裏手にある薪小屋に粗大ごみと判定された物は一画を設けてその場所に積まれてゆく。 裏の畑といっても裏山に切り開いた急勾配の位置にあるため、置き場所まで担ぎ上げるだけで大変な労力を要する。田貝さんと二人で二宮金次郎が使っていた背子を背負って裏山と二階を行ったり来たりとなる。 裏山の畑にはよくイノシシが出るらしい。シシよけの柵になるからということで、お蚕さんで使っていた竹で編まれた大きな平たい籠を何十枚となく担ぎ上げる。他に障子がやはり20本ほどあっただろうか。
隊員 『田貝さん!障子と建具も畑に持ってくんですか?』
田貝さん『おう!はだげの上のほうにつんどきゃあのう、幾年もすりゃくさっちまうだべぇ~。』
・・・だそうだ。
二往復もするとかなりくたびれる。裏山の斜面に腰を下ろしては小休止を繰り返す。やがて風が冷たくなり始め時刻も仕舞いの時間となっていた。隊員はかなり疲労していたのだが、田貝さんは何事もなかったかのように『またあしたくらぁ!』と言い残して帰宅。隊員38歳。田貝さんは60半ばを過ぎている。参った。
3日間ほど田貝さんに手伝って頂き、二階をすべて空っぽの状態にするまでに要した日数、実に6日である。その間、隊員の激務をねぎらうために、車で30分ほどのところにある『荒船の湯』という公共の日帰り温泉入浴を2度ほど許可。
こじんまりしているが施設内は大変きれいに手入れされており、平日の夕刻ということもあってかとても空いていた。のんびりと湯につかり、疲れを癒すことができた。たまにはいいもんだ。
約一週間をかけて『二階片付け撤去』という一大プロジェクトはひとまず終了。作業前の状態があまりに凄かったせいか、隊員は手を付ける前の現場撮影を忘れてしまっていたために今回は作業終了時点での現場の様子を収めた貴重な画像を貼り付けておくことにする。
以上。
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左下に見えているのは一階囲炉裏の煙道口。
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二階部分だけでも45坪ほどある。


