≪南牧村移転計画2004・復刻版≫ その② 2004.03.06(土)

 

 

移転計画本隊が現地入りしたのは2月10日火曜日からだった。

隊員は総勢1名。いずれも選び抜かれた精鋭ばかりである。初日はお隣さんのおばちゃんや、何事かと覗きにくる村人の応対の追われあっという間に一日が終わってしまった。    翌日から1階住居部分の片付けが始まった。途方もない量の生活用品を運び出し片付けてゆかなくてはならないのだ。前住居者が生活をしていたそのままの状態で放置されていたためありとあらゆる物が対象となる。

鴨居の上の額入りの賞状。引き出しの中にはローソク、線香、和同開珎を含む古銭、仏具一式。明治の日付が読み取れる大福帳。当時としては珍しかったと思われるあつらえの燕尾服。電気毛布、あんか。大量の衣類。大きな木製の食器棚にはあふれるばかりの食器類。どれもこれも年代物ばかりである。    それぞれの必要性に応じて、とっておく価値のあるものは母屋の隣にある大きな蔵の中に仕舞う段取り。処分する物は燃える物と燃えない物に分け燃える物は近所のガソリンスタンドで頂いたドラム缶のなかでおよそ2週間にわたって焼却処分されることとなった。

母屋の前には村道が通っており、少し先まで行くと車の通り抜けができないようになっているため舗装はされていても車両の通行が極端に少ない。すぐわきには南牧川が流れる静かな環境のためこのあたりに住む年配者にとってのよい散歩コースになっているらしい。朝な夕なに散歩を楽しんでいる姿をよく見かける。    やはり狭い村内では少しでも変わったことが起きると瞬く間に話がゆきわたると見えて翌日からは様々な方がのぞきにやってくる。

       村の人 『東京からきたんだって~。』 『家族もくるんか。』
       隊員   『はい。家内と子供が3人おります。』
       村の人 『子供さん3人か。そりゃあ賑やかになっていいなのぉ~。
                             何せこの辺は年寄りばっかりでなあ。』
             『上の子はいくつじゃあ?』
       隊員   『上は今小学校の一年生です。今度二年になります。
             下が保育園の年中で3番めがやっと五ヶ月になります。』
       村の人 『ほ~。一年生か。そりゃあよかった。磐戸小の一年はたしか5人だった
            
かのぉ~。
             これで6人になるから賑やかになるのぉ~。』
       隊員   『えぇ~!5人ですか。一年生が5人しかいないんですか。』     
       村の人 『お~そうじゃぁ~。男の子が四人と女の子が一人じゃったかのぉ~。』
       隊員   『 絶句 』 ・・・(ちなみに隊員の小学生の子供は女の子である。)

以上のようなやり取りが(かなり省略してある)訪れる方々とのあいだで毎度のようにおこなわれるのだ。当然作業のほうは中断せざるを得ない。置き火の残るドラム缶を囲んで話が弾む。時計も気になる・・・。当日の朝、綿密に練られた作業の計画は半分も進まないままその日の作業は終了。毎日のように続く村人とのドラム缶を囲んでの交流のおかげで、隊員の存在は村の人々に少しずつではあるが認められるようになっていったのだ。もちろん作業計画のほうは大幅に狂いを生じてしまったが・・・。

みなよい人たちばかりで、なんとなくホッとしている。時間がゆっくり流れているような気がする。『慌ててもしょうがないなあ。のんびりやるかぁ~。』自分に言い聞かせるように隊員はつぶやきながら、当分のあいだの寝床となるトヨタハイエースの後部座席に乗り込みオークションで購入したマイナス10度まで耐寒性能のある寝袋にもぐりこむ。その日も見事に真っ黒な夜空に無数の星たちがきらめいている。東京の夜空とは大違いだ。まったくもって見惚れてしまう。

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このページは、katajiyaが2008年4月24日 22:10に書いたブログ記事です。

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