2008.06.12(木) 毎朝更新!
今朝の南牧村大字磐戸 自宅前の気温
あさ 6:00の気温 18.0℃
おはようございます。
南牧村は未明から降り始めた雨がそのまま降り続き、かなりしっかりとした降りが続いています。この時期、なかなかよい天気が続くことがありません。
けさはあたたかく感じます。 それにしても、朝から雨だと、なんだか元気が半分くらいになってしまうような気がします。縁側の向こうには雨の磐戸宿・・・・です。
なんだか頭の中にはなにも浮かんできません。
昨夜は、私にしては遅い時間まで、このこらむの元にもあたる「雑記帳」としてバックアップしてあった2003年の雑記をこのブログ内にアップ作業。
いつまでたってもPCの扱いが上達しない私かたじ屋は、アップされた順番に表示されてしまうブログ記事を、内容の古い順に並べることに四苦八苦なのです。
それでもなんとか2003年は2003年なりの位置に配置する事ができ床に着きましたが、普段であれば真夜中と呼べる時間帯でしたので、けさは頭の中がボーっとしている感じなのです。
聞くところによると、いまの小学生などはその時間帯まで平気で起きている子供も多いのだそうです。塾のハシゴ通いで帰宅は連日10時なんてツワモノもいるそうです。小学生からそんなスケジュールで動いている子供たちはどんな大人になりたいと思っているんでしょう?
ある日突然燃え尽きてしまい、早い子では10代後半に気力がうせて、仙人のような悟りにも似た失望感が心を支配していくケースもあるのだそうです。心の病の若年齢化はじわじわと広がりをみせているようなのです。
個人個人の差は当然あると思いますが、本来10歳の子供には10歳なりの、7歳の子供には7歳なりの、それぞれ段階を踏んで重ねられていかなくてはいけない感性や感情のようなものがあるように思います。
みんなそれを一枚一枚重ねていきながら厚みのある人間への成長をしていくのですが、途中にある何重もの段階を飛び越えて、7歳からいきなり12歳というような飛び級をして、すっかり頭の中だけは12歳になってしまっているのかもしれません。
しっかりと一枚一枚重ねられて厚みをつくりあげてこなければならないはずのものがすっぽりとなくなっているのに、目線だけは高くなっているわけですから、つまづいた時、転んでしまった時にキズを深くしてしまうのかもしれませんね。
人より抜きん出る事よりも、一枚一枚年齢に見合った積み重ねを重ねていく事のほうがず~っと大切だと思うのですが・・・。

子供の頃の記憶にはほんとうに不思議なくらい、家で机に向かっている記憶っていうのはないもんです。とにかく毎日毎日あそんでましたなぁ・・・。夢中になってあそんでましたなぁ・・・。
現代っ子たちは見方を変えればかわいそうな部分もありますね、とくに都市部の子達なんかはあらゆる塾・進学塾が充実。学校も迷ってしまうほど数多存在してますから、大人の勝手な理想に振り回される子供もいるんじゃないんですかね。現代の子供だってやっぱり遊びたいんですよね。
おっしゃるとおりっ!
今の子供たちを見ていると、『何かが違う』としか思えません。
自分の幼い頃を思い出してみると、学校から帰りランドセルを玄関に投げ入れ、「ただいま~っ!いってくるよ~~っ!』と叫んで空き地や公園へ走って行った事しか思い出しません。
しかも、私は東京のど真ん中、新宿は歌舞伎町のお隣、大久保で育ちました。 そんな都会の真ん中のそのまた真ん中でも、人情が溢れ、子供たちが暗くなるまで外で飛び回って遊んでいても、変質者や誘拐犯などによる事件は一件もなかった。
小学生で塾に通うとしても、5~6年生だけで、週に2回4時から6時。夕飯はきっちり自宅で家族揃って食べられるという時代でした。そんな中でも、同級生で東大や京大に行った奴も複数います。
勉強の出来る子供は親が口うるさく言わなくても出来る。運動の得意な子供はちょっと指導を受ければその運動神経をどんどん伸ばす。 歌の上手い子供は教えられなくても驚くほど表現力のある歌を歌う・・・。
要は、その子供の持つ才能をいかに的確に見抜き伸ばすか。
それが親に与えられた義務だと思います。
まあ、自分の息子はのびのび育て、明るく粘り強い人間になって欲しいって、それだけを思ってます。
決して『要領よく人を出し抜き、競争社会を勝ち抜いて行け!金さえあれば何でもできる』などという、くだらない事は教えたくないですね。