2008.09.13(土) 秋の大祭「磐戸まつり」だ!今日は。

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2008.09.13(土) 毎朝更新!
今朝の南牧村自宅前の気温 AM6:00 17.0

 

本日はさたでぇ~!となっています。南牧村では・・・。

夢にまで見た「磐戸まつり」の当日、と言いたいところですが、正直なところまったくといっていいほど高揚感もワクワク感もありません。   地元で育った方々からも私が知っているお祭特有の興奮やソワソワ感をほとんど感じることなく当日となりました。さみしいことにこんなものらしいのです、地元の方いわく。

この地に来て間もないころは、地区のお祭と聞いて大変期待感を持っていたのですが、私が知っているお祭の空気とはまったく違う空気が漂う不思議なお祭なのです。   小さな村の一地域のお祭ですから規模の小ささは当然あるのですが、規模の大小や若手の人員不足、子供の減少だけが原因ではないのかもしれません。

もちろんその地区独特の風習や、長い歳月受け継がれ守られてきた伝統文化・神事ですから、この地に生まれ育ってきた人でなければ分からない部分があるのだろうと思います。南牧びれっじ・ぴーぷる初心者ごときがなにを申せるようなことではないと思っています。

 

以前、地元の年齢的にも近い方とかたじ屋囲炉裏の間で一献傾けあっていたとき。酔いも回った頃合を見て、地区のお祭「磐戸まつり」の話題を持ちかけてみたのです。

私が思いつくことですから、かなり現実離れしたような計画・ばかばかしいほどの提案・とても理解を得られないようなアイデアの列挙に困惑されたかもしれません。ひとしきり話を聞いてくれたあとでボソリと一言。

『あのさぁ、そんなこと考えてるのはさとーくんだけだと思うよ!みんな、なんとかしようなんて考えてないと思うよ。』とのお言葉。   ガクッ・・・・。そんなものなんだそうです。

『さとーくんのアイデアはちょっと無理かもしれないけど、少しでもよくしていきたいよね。』とのお言葉を頂きましたが、地域全体としてはそんなこと考えても無駄かも知れないよというニュアンスのお答えに、ノーテンキな私かたじ屋もやる気が失せてしまいそうなのです。

 

私は神輿を担いだり、神社で手を合わせるということはいたしませんが、それ意外はできるだけ協力していくつもりでいますので、地元の方々のリーダーシップのもと、少しでもお役に立てればと思っています。来年あたりは小さなことからひとつ・ふたつ程度、なにか小細工を仕込んでみたいものだと、性懲りもなく考え始めています。

『またさとーくんがアホなこと言いはじめたぞ!』なんて言われるかもしれませんが・・・。

コメント(6)

地域のお祭には神事としての宗教的な要素を強く残すものもあれば、そこに暮らす民衆による自らの生業や地域の農業・商売・健康など生活に直接かかわるようなことへの利益を願うというような土着のお祭事もあるんだろうと思います。

それぞれのお祭という機会に『感謝』の気持ちを新たにするというのはとっても大切なことだろうと思います。同時に土着型のお祭事であれば、その地で暮らす人たちのとっては一年の中で刻まれた楽しみのひとつであったかもしれませんし、楽しみの一つであって欲しいと思う気持ちもあるのかなとも思います。

長い年月とともに、生活の様式も生活の糧も大きく様変わりしてきている今。伝統に則って祭事はすすめられていっているようですが、はたしてどのくらいの方たちの中に神事としての思いがあるのだろうと感じます。

お久しぶりです。

『祭りは日本の心』
規模の大小はどうでもいい事ですよっ!

地域の鎮守様への感謝や護国豊穣を祈るとても大切な行事です。

全ての物に神が宿るという日本人独特の素晴らし考え方は地域に住む住民の皆さんが『心』で守っていくもの。必ずしも賑やかである必要はなく、感謝の気持ちを持ち続ける事が大切なのです。

信じる神様が違っても、色々な事に感謝をするという心の持ち方は一緒じゃないかと思います。

ただ、子供達の『思い出づくり』という観点から見れば、素朴でありながら賑やかである事は大切だと思います。
これからもアイディアを連発し、心に残るお祭りを作り上げてくださいね!

それと蛇足ですが、 秋の大祭が終わって冬を迎え、その後春になって最初のお祭りって何だと思いますか?

『お花見』なんですよ!

最近『お花見』は我々が楽しむためだけの物になっていますが、枯れた木々に覆われた山に山桜が咲くのが麓から見えた時『神様が降りてこられた』してお祭りをします。それが『お花見』です。
唄ったり踊ったりするのは、神様への奉納の唄舞なのです。
全国的に見られる農耕神事なのですが、いつの間にかドンチャン騒ぎをするだけの日になってしまいましたね・・・。

ルート45どの

ルート45どのが幼少の頃に比べると、きっとこの地区で暮らしている人たちの人数も生活力というのもずいぶん変わっているんだろうと想像します。地域限定でのお祭でもそれなりに賑やかにとどこおりなくすすめていっていたんでしょうね。

ご存知のように南牧村は磐戸に限らずどの地区でも高齢化過疎化がが大きな問題です。そんな中でも年代的に若手のメンバーがほか地域に比べれば多く生活している磐戸周辺。個人的な思いとしては境界線をゆる~くして村の人たちが楽しみにしてくれるような・・・・夢のような話をすれば下仁田からも富岡からも(それ以上遠くからでも可)『あしたは南牧の磐戸まつりだからいってみようよ!』なんて楽しみにしてくれるように・・・・。あまりに無謀な夢ですが、逮捕されることはありませんのであえて記述しました。

まあすこしでもよい方向に向かえて、ここで暮らしお祭にたずさわる方々が前向きな期待感と楽しむ気持ちを持てるようになるといいですね。

川向こうAどの

コメントありがとうございます。
私が考えつくことですから、ある程度予想がつくかもしれません。まあ突拍子もないことです。苦笑してしまうような・・・・がはははは。

アイデアの内容というよりも、『こんなことやったら楽しいかも』とか『あそこを少し工夫したら今よりよくなるね。』っていう前向きな期待感と、やるからには大人も子供も楽しもう!楽しませよう!なんていう気持ちをみんなが共有できるようになれるといいなぁと思っています。

大きく変わっていくというのはやっぱり難しいものがありますから、小さなことからでも工夫していけるといいですね。

お祭り お疲れ様です。 磐戸祭りで思い浮かぶのは神社に立てられる白くて長くて古そうな のぼりです。 僕が子供の頃からあまり「熱い祭り」ではなかったですね。ただ 祭りの後、神輿の上にある酒を大人たちが楽しみにしてるな、という空気はありました。いわゆる「街なか」には市もでていたと思いますし、前夜祭という程ではないにしろ、前の晩は神社の辺りがそこそこ賑やかだった記憶があります。神輿をかつぐのは磐戸地区の子供と大人たちだけで その他の千原、小沢、塩沢、桧沢などの地区の人たちはほとんど参加しないという 磐戸地区限定の、今思えば不思議な祭りでした。でもまぁ当時はそれで頭数が足りていたのです。祭りに向けて何か準備した記憶はありませんし、雰囲気も『そういえば今週 祭りか』くらいだったような···。 おそらく磐戸の人たちは そういうものだと思っているのかもしれませんから、かたじ屋殿のような他の地域から移住されてこられた方が 積極的に新しい風を吹き込んでいかれたら 良いのではないでしょうか。きっと斬新なアイデアをお持ちでしょう。 南牧村には「火とぼし祭り」という伝統的でユニークな祭りもあることですし、あまり神輿や屋台の出店といった祭りの形式にはこだわらずに 面白いことをやられたらどうでしょう。

そんな話があったんですか!
かたじ屋さんのアイデア聞いてみたいです。
私も寂しいお祭りだな・・なんとかならないのかな?と思ってますよ。

実現出来ない事なんて無いでしょうに。
今年は間に合わないけど来年やりましょうよ!
・・・ってどんな案かもしらなけど(笑)

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このページは、katajiyaが2008年9月13日 05:56に書いたブログ記事です。

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