2008.12.09(火)  リニューアルした時刻放送

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 2008.12.09(火)
自宅前の気温 AM6:30 
0.5

 

天気予報によりますと、どうやら天気は下り坂。ここ南牧村も午後には弱い雨マークが出ています。

きのうの夜のお月さんには周囲にぼんやりとした笠がかかっていましたので、自然現象が示すとおりのお天気となりそうです。

おはようございます。たった今、定時の気温観測に行ってきました。見上げる空には白い雲がやや多めに広がっていますが、その白い雲には山並みの向こうで顔を出したであろう朝日が反射して、東の上空を中心に空全体が見事なオレンジ色に染まっていました。美しい光景です。

雲は細長くたなびき、西の方角から東の方角へゆっくりとしたスピードで移動。雲の間からは青い空も望めています。

十五分後、縁側掃き出しのガラス戸越しに見上げる空にはもうあのオレンジ色はなくなっていました。なんだかとっても得した気分なのです。

 

村内全地域をカバーする緊急時災害無線を使った夕方6時と朝7時を知らせるチャイムがリニューアル。夕方バージョンは昨夕、朝バージョンは本日聞きましたが、なんだか新鮮な印象です。夕方のチャイムは夜7時放送でしたが、今回のリニューアルで6時に変更となりました。

常々、何で7時なんだろう?と感じておりましたので私としましてはこの変更には賛成なのです。

朝のチャイムもかわいらしいチャイムに家族全員思わず聞き入り、『いままでよりずっといいよねぇ~。』とおおむね好評となっております。

そういえばお昼のチャイムをまだ聞いていないような気がします。昨日は聞き逃してしまったのか聞いた記憶がありませんので、きょうは耳を澄まして拝聴してみたいと思っています。

 

コメント(4)

dragonflyどの

確かに東京では夕方の♪ゆうや~け、こやけ~の・・・♪の子供たちに向けたチャイムはありますが、防災無線放送というのはありませんでしたね。有線放送網というのも私にとっては画期的なシステムに感じましたが、かなり昔から日本各地にあったんだそうです。

やまねこどの

私、早合点していたようですね。予想以上に凄惨な顛末となっていたようでかける言葉も見つかりません。

ペンション Katajiya 宿泊の折、朝のチャイムが目覚ましになったのを覚えてます!

たぶんねえ、チャイムの音になる前はサイレンの音だったと思うよ。空襲警報みたいな。
各戸に受信機が配布されるようになってからチャイムになりました。

山梨ではその昔、火の見櫓にスピーカーが付いてたのを覚えてます。今は専用の高い柱に4つのスピーカーで、隅々まで聞こえるように村内のいたるところに設置されています。
火の見櫓は撤去が進んでいます。寂しい。

山中湖では、朝7時 正午 夕方5時(夏は6時) の3回 チャイムが鳴ります。
仕事の目安にもなるし、防災無線の作動チェックにもなるし、なくてはならない放送ですね。
都内では耳にしませんが・・・。

願わくば、この無線システムが大災害で活躍しない事を・・。

かたじ屋 どの
<早朝のオレンジ色の雲。・・15分後にはなくなっていた。なんか得をした気分>
いつもながら詩的、かつ叙情的でいいですね。萩原朔太郎の「月に吠える」なみです。私もこの雲を見ましたがなんか損をした気分でした。・・『時間よ止まれ』
<(お昼の)チャイム>
なんだか高校時代を思い出します。午前中の最後に訳のわからん社会科(倫理学)の授業を受けていた私は「お昼のチャイム」が待ち遠しかった。チャイムが鳴っても授業を止めない定年前の教師に私は「バカ!早くやめろ。貴様は60そこそこで早くも耳が遠くなったか。昼のチャイムは既に鳴っているのだ。」と言いたかった。
貴兄の御説通りたしかにチャイムはお昼が似合います。朝はやはり「チ゛リチ゛リ」と鳴る「目覚まし時計」であり夕方は「少年探偵団」のラジオのメロディーです。
<高崎駅事件のつづき>
貴兄の推察どおりあの日の午前0時30分頃、高崎駅のタクシー乗り場は騒然としまさに「阿鼻叫喚」の様相を呈していた。
皆、「我先に・・」と空車タクシーに突進していた。6~7人のすし詰めタクシーなら違法には違いないが、忘年会帰りの酔客の酒臭い息に耐えさえすればたとえ相乗りでも何とか発車にこぎつけられるに違いない。私はそう思い乗車できることを信じてやまなかった。しかし・・
駅長氏の推奨するタクシーにはなんと運転手がいなかったのである。駅長氏もそれに気付かず・・「お客さん!早く!」と私に乗車を促した。運転手はドアを空け車外に避難していたのである。後部座席には泥酔し満員の遅れた新幹線に乗車していた客がドッカと乗り込んでいたが具合が悪くなったのか多量の白濁した嘔吐物を車内に吐き散らかしていた。おそらくあとから乗ろうとした客もものすごい臭気と泥酔男の醜態を見て気分が悪くなったに違いない。後部座席の男の顔は後からの客の吐きかけた嘔吐物でベトベトになっていた。
私の言う「世にも凄惨な光景」とはこれを言っているのだ。決して満員タクシーを言っているわけではない。
このあと正規のタクシーへの乗車ができたがナントカ村への道のりには様々苦難が待ち受けていた。このくだりは別途貴兄への密書(メイル)としたい。
          合掌  やまねこ  拝

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このページは、katajiyaが2008年12月 9日 06:21に書いたブログ記事です。

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