2008.12.10(水)
自宅前の気温 AM6:30 5.5℃
降り続いた雨はあがりました。
それなりにしっかりとした雨足で降っていた雨、これで朝が冷え込みますとそこらじゅうの道路という道路が恐怖の黒光り大魔王と化し、通勤・通学で行きかうドライバーたちを緊張感に包み込むことになるのです。が、けさはなんだかあたたかなあさとなり、黒光り大魔王の出番はなさそうなのです。
おはようございます!朝の気温は5.5℃、ホッとするようなあたたかな朝となりました。朝焼けはさすがに臨むことはできませんが、真っ白な朝もやが山肌に掛かり、いつも見えているはずの景色をすっかりと隠してしまっています。これもまたよしなのです。
中学を卒業して親元を離れ、新潟のとある高校へ入学した時からの友人たち。そのなかでも部活動であるバスケットを通じて夏休みも冬休みもいつも一緒に過ごした仲間たちがいます。
寮生活をしていた私は同じく寮生活をしていたもう一人と共に、市内からの通学生の御宅にことあるごとにお世話になり、まるで息子たちのように接していただいたものです。
夏休み・冬休みともなれば合宿以外は通い練習となり、毎回当たり前のように友人の家から三人で学校までの道程、自転車で一時間ほどの道程を通っては練習の日々でした。
生憎二台しかない自転車で、変わりばんこに二人乗りしながら行き帰りは実に楽しかったことが昨日のことのように思い出されます。
まさに家族のように私たち寮生を温かく受け入れてくれた新潟の友人一家。そして一緒にお世話になった千葉県の友人宅でも、休みの度に当たり前のように転がり込む私や新潟の友人をこれまた家族のように迎えてくれたこと。私にとっては忘れることの出来ない人たちなのです。
社会人になり、それぞれ別々の道を歩みながらも機会あるごとに会い、呑んでバカ話をし、昨日のことのように思い出される学生時代のさまざまなエピソードに爆笑。
だんだんとあう機会も少なくなってきていますが、友人たちはもとより、あのご家族への感謝をこめて、毎年わずかばかりの贈り物をしているのです。
数日後、几帳面な元技術屋らしい、見慣れた文字がしたためられた一枚の葉書が届きました。送った品へのお礼と元気でいるか?の内容。人柄が表れたようなあたたかな文章、変わらない誠実で真面目なおじさんでした。
以前住んでいた葛飾柴又とは川を挟んだ向こう側の千葉県松戸市在住ということもあり、この地に移り住むまではしょっちゅう出入りしていましたので、しばらくお会いしていないことに感慨が深いのです。
この新潟の友人宅と松戸の友人宅というのは、私にとっては感謝の気持ちがあふれ出してくる大切なご家族なのです。

やまねこどの
同感であります。いつまでもイタズラ心を持ち続けていたいものです。幼子のようなピュアな心はどこかになくしてきてしまいましたので、せめてイタズラ心くらいは・・・。
かたじ屋 どの
いつもながらの真面目で誠実な内容の旧友に対する心根、態度に敬服の極みであります。
<学生時代はやんちゃでした>
学生時代はもとより男子はいくつになっても「やんちゃ」でいいと思いますよ。
「やんちゃ心」を失ったらあとは棺桶が待っているだけです。 かのエジソンも言ったではないですか。「いつそのやんちゃな発明心を放棄するかって?俺の葬式の前日だよ。」
DORAGONFLY どの
<チャイム>
1.「サイレンの音」・・懐かしいですね。
B29の爆音と合わせるといいですね。
まさに「空襲警報」です。サイレンは昔は パトカーと消防自動車と救急車の専売特 許でした。昔、モノクロのTV映画に「ダイ ヤル 110番」というのがありましたね。
BGMはパトカーのサイレンの音でした。
消防自動車のサイレンも懐かしいです ね。現場に急行する消防車の運転席の 脇に黒装束の消防士が立ったまま乗り 片手で自動車の縦型の手すりをつかみ
もう片手で手動のサイレンをグルグルま わしていました。カッコよかったですね。
2.「火の見櫓」
江戸時代の「八百屋お七」を連想させま すね。今も錆付いた「火の見櫓」(必ず半 鐘がついている)はありますがおっしゃる ように撤去は寂しいですね。
私もいつか近隣にて火の手が上がった ら櫓によじ登り、右手で力強く半鐘を鳴ら し『おーい! 火事だぞ~!』と叫んでみ たい。
3.「DORAGONFLY」
なんのことですか?「龍のハエ」というの もおかしいし「鬼ヤンマ」かな?
浅薄な知識で申し訳ありません。
合掌 やまねこ 拝