2009.01.15(木) 特になしです。

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2009.01.15(木)
自宅前薪小屋測候所気温 -2.5℃


どうやらフワフワとわずかながらも雪が舞ったようです。

我が家の愛車ルシーダ君も薄っすらと綿帽子をまとって寒そうにしています。
きょうはあさから隣組(いまだに戦時中の組織が残っているのです。)でのお葬式お手伝いがあり、8時過ぎには出かけなければいけません。ほかの隣組の方々にとってはそれこそ何十年来のお付き合いだろうと思いますが、私にとってはお会いしたことも、もちろん話したことさえない方のお葬式ということになります。

とにかく身支度もありますので本日はこれにて!

コメント(6)

やまねこどの

『アメリカ映画のなかによく子供がでてきて見知らぬ子供に対しては「俺はボブって言うんだ。お前は?」と聞くシーンがあります。これは正だと思いますよ。』

まったく賛成です。相手を知りたければまずは己を名乗ることから始まるというのは正論でしょうね。なんだかスマートです、欧米人たちの振る舞いは。

やまねこどの

皆さんよくご存知のようです。私のことはさすがに知らないだろうと思っているのは自分だけなんてことも十分ありえます。ご注意ください。

<地方における情報に対する姿勢>
そうだよなあ。毎日なんにも情報がないから些細な情報でも最大限の関心を持つのだ。近所は昔からの知り合い、なんでも知っている。だからことさら知っている知り合いには関心を示さないのだろう。しかし、都会は違う。隣に誰が越してこようが自分に危害や影響がなければ関心を示さない。関心を示してもいい情報はTVやその他からいくらでも取れる。地方はちがう。とにかく情報と自分との関係を確認する。それと話題が欲しい。こんど隣にきた奴はどんな奴だ・・。俺は知っている。教えろ。となるわけだ。
以前、日本の田舎の特性に関する講演を聞いたときある講師がこう言っていた。「農業、漁業、林業のなかでもっとも保守的なのは農業である。農業者は自分の資産(農産物、土地など)を守るためことさら外部の人間に注意をはらった。だから外部者への情報に執着するのだ。そもそも「武士」は農業者であり自分達の農地(荘園)を守るための専門の武闘集団として生まれたという。自分達の生産施設としての農地は武力をもっても守らねばならんのだ。
しかし漁業者はちがう。海は盗まれることはない。こうして古来漁村の人々は外部者に対して寛大であった。それより外部者は情報提供者として尊重されたのだ。だから、漁村には「よそ者排斥」の概念はない。話はかわるがアメリカ映画のなかによく子供がでてきて見知らぬ子供に対しては「俺はボブって言うんだ。お前は?」と聞くシーンがあります。これは正だと思いますよ。日本の地方に行くと「お前さん、このあたりでは見ない顔だね。どこから来たんだ。名前は?職業は?何しにきたんだ。」などと聞いてきますね。
私から言わせれば人の素性を知りたければまず自分のなんたるかを明らかにしろと言いたい。
ナントカ村は農業立村か林業立村かわからんが少なくとも漁業ではないよな。とにかくあわせていかねばならんのだ。
        合掌  やまねこ  拝

<地方の情報伝達量とその速度(なんでこんなことまでこの人が知っているのだろう)>
昨年11月に近くの小学校で「持久走大会」なるものがありました。私は暇にまかせて見物に行きました。グラウンドの端の校舎の脇にベンチがありそこに座ってみていました。ほどなく70歳はとうに過ぎていると思わしき老婆が2名私の隣に座りました。
プログラムがほとんど過ぎて生徒が校庭に集合していたとき、たしか貴兄の御長女が気分が悪くなったのか、女性教師に付き添われてグラウンドを去ってゆきました。その様を二人の老婆がみて「あれどこの子だろう?」もう一方の老婆が「かたじだよ」とすぐに言いました。・・70歳をすぎた老婆が近隣の子供の素性を掴まえているのか。俺のことも知っているのかも知れない。ヤバイ!私は恐怖におののき脱兎のごとくその場を去りました。
 教訓:前方はもとより左右と背後の視線をもおろそかにしてはな    らない。
         合掌  やまねこ  拝

やまねこどの

地方のちいさな地域での情報伝達のスピードとその情報量、そして関心の高さにおいてはしばしば驚かされることがあります。どこでどう伝わったのか網の目のように張り巡らされた人間関係を網羅して実に些細な出来事までもが伝達されていきます。言葉のひとつひとつには慎重な判断が必要です。

<隣組(戦時中の組織)>
むかし東京の下町でもありました。
『とんとん、とんからりんの隣組、障子を開ければばあさんが「こしまき」はずしてシラミとり・・』と落語家の江戸屋猫八(とっくの昔に故人)がラジオで唄っていましたね。今は町内会などと呼ぶのでしょうか。戦時中、および戦前の「隣組」はご近所の助け合い組織というよりは戦前の民衆統治の政治体制や軍部が組織化をすすめた公安的な「相互監視」の意味合いが深かったと高校の社会の先生が言っていました。おそらく「変な動きをする奴は相互監視し、迅速に公安当局へ通報できるよう」考えたのでしょう。
江戸時代は「五人組」といって江戸町内の公安を管理する幕府が町人管理の仕組みを作っていました。会ったこともない人たちとのお葬式の会合には違和感を感じるかもしれませんが「村八分」や「当局への通報」を回避することの方が重要です。遅れないこと、手落ちがないことなどを念頭に大過なくこなされることを切に望みます。追)昨夜「ドンド焼き」なる会合が河原で近隣(隣組)の住人により開催されました。渋る私の尻を女房殿が叩き「一緒にいてニコニコしてればいいのよ」とのご忠告でありました。玄関先の鏡にむかって「ニコニコとはこれでいいのか。とかニヤニヤとはこういう感じか?」など私はつぶやいていましたが、女房どのの「遅れてはいけませんよ。早く行って、お願い!」の一言で向かいの河原に向かいました。先刻よりドンド焼きの火が燃え盛り酒も飲んでいい調子になった見たこともないご老人が「お前ナントカ製鉄の技術者だろう。俺は知っている・・」。私はこの近隣に自己紹介をした記憶はないのですが、「ご挨拶が遅れまして・・」と平身低頭でした。 教訓:みんな自分をよく知っている。まさか俺のことは知らんだろう。と思っているのは俺だけだ。
       合掌  やまねこ  拝

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このページは、katajiyaが2009年1月15日 06:51に書いたブログ記事です。

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