2009.01.29(木)
自宅前薪小屋測候所気温 -1.5℃
おはようございます。
けさはなぁ~んも思い浮かびません。
枯渇するこらむネタ。老化防止のために毎朝ふりしぼるようにしてキーボードを叩く私の脳みそは搾り取られてスポンジのようにスカスカの状態となってきました。以前は絡みを気にせずに思いつくままに書き込んでいたような気がしますが、今は違います。
男子かたじ屋、やはり四十を過ぎればものの分別なるものが身についてきたようで、さまざまな方面への心配りを怠ることなく、配慮する技を身につけ始めております。
言葉を選び、なにやらオブラートでものを包み込むような表現方法まで身につけ、まるで知恵をつけていく上野公園のサル山の中年サルのようなのです。まあ、配慮を身につけるというのは決して悪いことではないでしょうから、私のような口の悪い青年にはちょうどよい進化なのかもしれません。
書き込みたいと思うこと多々ありますが、なにぶん小さなコミュニティーで生活をしているためオブラート包装の作業をしないままでは苦くてとても飲み込めないと、お叱りを頂くこともあるかもしれません。
それでも5年もこの地で生活をしていると、「良薬は口に苦し」とばかりにあの苦い粉薬をオブラートなしでサッと飲み込んでしまうような腹の据わった方々が存在していることもわかってきましたし、表立っては口にせずとも良薬の苦さを十分に理解し、その必要性も理解している方が意外なほど多いことも知ることができるようになってきたと思います。
これまた意外なことに、この村においては年齢的には若いといわれる世代の方々の多くの方々が、表には出さなくとも心中では村の将来を憂いて、事有れば馳せ参じる覚悟を持ち合わせていることを知ることができ『なかなかどうして。』という心境なのです。
地域への関わり方というのは、その年代年代によって少しづつ変化していくものだろうと思います。血気盛んな青年と呼ばれる時期、子供たちを育てる大切な時期を過ごしている時期、子育ても一息つける段階になった時期、すっかり子供たちが自立して仕事に打ち込めうる時期、仕事に一区切りをうち時間的な余裕ができて来る時期。
みな同じに関わっていくことはできませんし、そのときその年代、取り巻く環境によって優先されることが変わっていくのが当たり前なのです。地域はそのことを理解してあげることがとても重要だと思います。
状況が変わってくれば関わり方や、関わることへの重要性も変化していきますから、慌てることはないのです。その時期その年代だからこそできうる関わり方があるでしょうし、こなせる役割というのも変わっていくのが当たり前だろうと思います。
まあ、少なくとも私はそういう考え方を持っていますので修正を重ねながらも自分たちに見合う関わり方ができればと思っています。
自宅前薪小屋測候所気温 -1.5℃
おはようございます。
けさはなぁ~んも思い浮かびません。
枯渇するこらむネタ。老化防止のために毎朝ふりしぼるようにしてキーボードを叩く私の脳みそは搾り取られてスポンジのようにスカスカの状態となってきました。以前は絡みを気にせずに思いつくままに書き込んでいたような気がしますが、今は違います。
男子かたじ屋、やはり四十を過ぎればものの分別なるものが身についてきたようで、さまざまな方面への心配りを怠ることなく、配慮する技を身につけ始めております。
言葉を選び、なにやらオブラートでものを包み込むような表現方法まで身につけ、まるで知恵をつけていく上野公園のサル山の中年サルのようなのです。まあ、配慮を身につけるというのは決して悪いことではないでしょうから、私のような口の悪い青年にはちょうどよい進化なのかもしれません。
書き込みたいと思うこと多々ありますが、なにぶん小さなコミュニティーで生活をしているためオブラート包装の作業をしないままでは苦くてとても飲み込めないと、お叱りを頂くこともあるかもしれません。
それでも5年もこの地で生活をしていると、「良薬は口に苦し」とばかりにあの苦い粉薬をオブラートなしでサッと飲み込んでしまうような腹の据わった方々が存在していることもわかってきましたし、表立っては口にせずとも良薬の苦さを十分に理解し、その必要性も理解している方が意外なほど多いことも知ることができるようになってきたと思います。
これまた意外なことに、この村においては年齢的には若いといわれる世代の方々の多くの方々が、表には出さなくとも心中では村の将来を憂いて、事有れば馳せ参じる覚悟を持ち合わせていることを知ることができ『なかなかどうして。』という心境なのです。
地域への関わり方というのは、その年代年代によって少しづつ変化していくものだろうと思います。血気盛んな青年と呼ばれる時期、子供たちを育てる大切な時期を過ごしている時期、子育ても一息つける段階になった時期、すっかり子供たちが自立して仕事に打ち込めうる時期、仕事に一区切りをうち時間的な余裕ができて来る時期。
みな同じに関わっていくことはできませんし、そのときその年代、取り巻く環境によって優先されることが変わっていくのが当たり前なのです。地域はそのことを理解してあげることがとても重要だと思います。
状況が変わってくれば関わり方や、関わることへの重要性も変化していきますから、慌てることはないのです。その時期その年代だからこそできうる関わり方があるでしょうし、こなせる役割というのも変わっていくのが当たり前だろうと思います。
まあ、少なくとも私はそういう考え方を持っていますので修正を重ねながらも自分たちに見合う関わり方ができればと思っています。

やまねこどの
なにかで読んだような記憶があります。「ひげを剃らなくとも不審者に間違われることがある。」と、やまねこどのは不審者と思われたのかもしれませんね。カッカッカッカッカ!
dragonflyどの
太陽が降り注ぐゆらりとした銀世界が目に浮かぶようだね。ソリ遊びができるんだからうらやましい限りだよ。ハルくんにとっても冬の森の中の散策、動物の足跡発見、ソリ遊び父親との忘れられない原風景になるんだろうね。
<地域へのかかわり方。一考>の一考
地域社会への関わりに関する一考どころか鋭い洞察に単純思考を旨とする小生はひたすら脱帽であります。
浅薄な小生には具体的な事象しか論述するすべがありません。
(単純思考の例)
先日あるバス停にてバスを立って待っていました。
ベンチもあったのですがすぐバスがくる時間なので立っていました。そこへ見知らぬ(当たり前ですが)老人がきて話かけてきました。「お前さんそこで何をしているのか」「バスをまっています」「名前は?あまり見ない顔だな・・どこから来たのか?いつきたのか?家は?仕事は?家族はいるのか?」とたたみかけてきました。私はひとつの質問にだけ答えました。
「バスを待つのにはしゃがまなくてはいけませんのでしょうか」・・・地域との関わりはまことに難しいものです。
合掌 やまねこ 排
今日の山中湖は暖かい!
ブログネタを収集がてら家の周りを歩いてきたよ。
散歩の間、何人もの人と出合った。寒さに背中を丸めて家の中に篭ってた人たちも、陽気に誘われて冬将軍の休憩を楽しんでいるって感じかな。
子供を連れて動物の足跡を追いかけたり、ソリ遊びをしたり・・・。 冬の1日を思い切り楽しみました。