2009.02.18(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -5.0℃
おはようございます。
南牧村は昨日以上に冷え込んでおります。
現在かたじ屋母屋内では、我が家の暖房器具薪ストーブくんが真っ赤な顔をして出力エネルギー全開運転中です。おかげで住民は凍えることなく薪ストーブくんに寄り添って暖を取ることができるのです。
「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となれば也」-暦便覧-ということで、大体今日あたり2/18ごろから、二十四節気でいうところの「雨水」となるようです。
ご存知の方が多いとは思いますが、せんえつながら解説をさせていただきますと、"空から降るものが雪から雨に替わる頃、深く積もった雪も融け始める。春一番が吹き、九州南部ではうぐいすの鳴き声が聞こえ始める。"というふうに一般的には解説されているようです。
昨日あたり、木工房かたじ屋の作業場前に枝を広げるアンズの木には、中型の野鳥が長時間にわたってさえずり、まとわりついていましたが、なんていう名前の鳥だったんでしょうか?気になります。
毎年のことですが、この時期とくに2月の声を聞くたびにここ南牧村に移住を決意した当時のことを思い出します。何もわからずただがむしゃらに突っ走っていたのかもしれません。まったく意中にはなかった南牧村という山間の地域、どうしてこの地を選ぶことになったのか、今となっては不思議と感じることさえあります。
五年前の今頃、この古くて大きな民家の大改造真っ最中だったんですね。やっぱり今と同じように母屋の庭先にはスイセンの葉が無数に突き出していたのを思い出します。
しばらくぶりに、このこらむのもとになっている5年前の雑記「南牧村・移転計画2004①~⑥」を読み返してしまいました。あらためて感じさせられるのは、5年前からアホなことばかり書いていたということ、そしてエネルギーとパワーがあったんですね。何もわからないまま飛び込んでいたんですね。
私の夢の為に家族を巻き込んでとびこんだ見ず知らずの土地、あふれるほどの希望と理想の裏側にはいいようもない不安が常につきまとい、これでよかったのだろうか?考えると押しつぶされそうな不安が常にあったのかもしれません。家族には辛い思いをさせるものかと必要以上に力んでいたように思います。
あと1ヵ月と数日で丸々5年経過しようとしているかたじ屋一家。私の神様に守られ、試され、導かれて過ごしてこれたことに家族一同感謝なのです。
文中に出ていました5年前の雑記「南牧村・移転計画2004①~⑥」←をクリックすれば移動します。
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -5.0℃
おはようございます。
南牧村は昨日以上に冷え込んでおります。
現在かたじ屋母屋内では、我が家の暖房器具薪ストーブくんが真っ赤な顔をして出力エネルギー全開運転中です。おかげで住民は凍えることなく薪ストーブくんに寄り添って暖を取ることができるのです。
「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となれば也」-暦便覧-ということで、大体今日あたり2/18ごろから、二十四節気でいうところの「雨水」となるようです。
ご存知の方が多いとは思いますが、せんえつながら解説をさせていただきますと、"空から降るものが雪から雨に替わる頃、深く積もった雪も融け始める。春一番が吹き、九州南部ではうぐいすの鳴き声が聞こえ始める。"というふうに一般的には解説されているようです。
昨日あたり、木工房かたじ屋の作業場前に枝を広げるアンズの木には、中型の野鳥が長時間にわたってさえずり、まとわりついていましたが、なんていう名前の鳥だったんでしょうか?気になります。
毎年のことですが、この時期とくに2月の声を聞くたびにここ南牧村に移住を決意した当時のことを思い出します。何もわからずただがむしゃらに突っ走っていたのかもしれません。まったく意中にはなかった南牧村という山間の地域、どうしてこの地を選ぶことになったのか、今となっては不思議と感じることさえあります。
五年前の今頃、この古くて大きな民家の大改造真っ最中だったんですね。やっぱり今と同じように母屋の庭先にはスイセンの葉が無数に突き出していたのを思い出します。
しばらくぶりに、このこらむのもとになっている5年前の雑記「南牧村・移転計画2004①~⑥」を読み返してしまいました。あらためて感じさせられるのは、5年前からアホなことばかり書いていたということ、そしてエネルギーとパワーがあったんですね。何もわからないまま飛び込んでいたんですね。
私の夢の為に家族を巻き込んでとびこんだ見ず知らずの土地、あふれるほどの希望と理想の裏側にはいいようもない不安が常につきまとい、これでよかったのだろうか?考えると押しつぶされそうな不安が常にあったのかもしれません。家族には辛い思いをさせるものかと必要以上に力んでいたように思います。
あと1ヵ月と数日で丸々5年経過しようとしているかたじ屋一家。私の神様に守られ、試され、導かれて過ごしてこれたことに家族一同感謝なのです。
文中に出ていました5年前の雑記「南牧村・移転計画2004①~⑥」←をクリックすれば移動します。

どらごんふりゃいどの
我が家も山中湖村の田舎者ご一行様との恒例の交流会をとても楽しみにしていますよ。今年は新たなメンバーが加わったようですのでなおさらですね。
やまねこどの
今はまったくないとは言いませんが、移住して間もないころのことです。子供たちは大人が心配するほど環境の変化に左右されるものでもないようです。(個人差はあると思いますが)逆に自分たちの置かれている環境を楽しんでくれているようですので、今のところ成人して後にネチネチとつつかれる心配はないだろうと踏んでいます。
こう気温が上がったり下がったりすると体がおかしくなるねぇ…。
朝一で湖畔まで下りてみたんだけど、久々に水際が氷でキラキラ光ってた。http://fujiyama7.exblog.jp/
富士山も冬らしい秀麗な姿でした。
4年前に頂いた年賀状。
今でもちゃんとファイルしてあるよっ!
達成感というか充実感と言うか、そういった類のエネルギーに満ち溢れた葉書だったね。
以来、毎年お邪魔するのが我が家の好例行事となり、かたじ屋さんの母屋が年々改良を重ねる姿を見るのも楽しみの一つです。
色々大変な事もあるだろうけど、これからも『南牧の』かたじや として頑張ってくれる事を期待して止みません。
「私の夢の為に家族を巻き込んで・・」
この部分のフレーズが気になりました。5年たってもこのような思いに駆られるのですね。子供の心身の成長は著しく、5年前とはうって変わった意識となっているのかもしれませんね。
これから多感な思春期の真っ只中にさしかかってゆきます。
まさか「おとうさん。あの大事な時期、わたしの人生ルートの選択肢を制約しましたね。」とは長ずるに及んで言い出ださないとは思いますが・・。申し訳ない。もう子供が成人した男の老婆心でした。 合掌 やまねこ 拝