2009.02.19(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -0.5℃
おやっ?
朝一番で玄関のカーテンを開けると、目の前に見える我が家の愛車ルシーダくんの屋根にはうっすらと綿帽子。川の向こうに見えている「まちなか」磐戸宿の住宅密集地各屋根にも、うっすらと綿帽子です。
未明の現象でしょうか?それとも夜明け近辺での現象だったのでしょうか?
けさも、冷え込みを覚悟していましたが体で感じるよりもずっと高い値の外気温はマイナス0.5℃。肌で感じる風はもっと冷たく感じるけさの南牧村です。
おはようございます。
2009年2月19日が始まりました。6:30からのラジヲ体操はすませましたでしょうか?今朝もさわやかな空が早い時間から広がっています。
ハッと気がつけば、すっかり文章らしきものはキーボードからPCモニター上で作ることに慣れきってしまっている私。ちょっとしたメモ書きをするために鉛筆を握り白い紙に向かってみて・・・・・、漢字が出てきません!
ちょっとした漢字が思い出せないことがたびたび起こっています。すくなくとも皆さんよりは脳みその引き出しが少ない私ですから、当然仕舞っておける漢字の数も少ないはずなのですが、それでも頭の中が真っ白のまま書きたい漢字がどうしても浮かんでこないことが多すぎると感じています。
これは間違いなく自分の手で書く機会が少なくなってきているせいだろうと思います。まさか老化の現象であるはずがありません。なんといっても若干43歳の青年ですからそんなはずはないのです。
ただ最近、漢字が思い浮かばないことと並んで気になっていることは、物忘れの多さ。
作業場から母屋にカタログ内の金具寸法を確認しに戻ったはずの私は、何がどう脳内で行き違ってしまったのか、母屋に上がり亀田製菓の「ハッピーターン」小袋サイズをポリポリポり、コーヒーカップに残っていた飲み残しの牛乳入りコーシーをがぶ飲みして、再び黄色い高級長靴に両足を突っ込んで作業場に帰還。
作業を再開して間もなく、取り付ける金具の寸法がわからないことに気がつき、ようやく先ほど寸法を調べに母屋に向かい、成果のないまま人差し指と親指の先っぽにハッピーターンの甘しょっぱい粉を付けて帰っていたことにハッと我に返る始末なのです。
そんな自分にものすごく腹が立ち『おまえ!何しに行って来たんだよっ!』と誰もいない作業場でぼやくのですから情けなくなってきます。
そして再び母屋へ・・・・。
これに似たような事案が、最近になって数多く確認されている私かたじ屋。『そうだ!』とばかりに台所に向かっても、到着してみると何しに来たのか思い出せない・・・・。
これは私だけなのでしょうか?40代になると誰もが経験していることなのでしょうか?なんだかちょっと不安になります。やはりもっと脳を鍛錬して脳内の活性化を図らねばならないと、真剣に考える最近なのです。
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -0.5℃
おやっ?
朝一番で玄関のカーテンを開けると、目の前に見える我が家の愛車ルシーダくんの屋根にはうっすらと綿帽子。川の向こうに見えている「まちなか」磐戸宿の住宅密集地各屋根にも、うっすらと綿帽子です。
未明の現象でしょうか?それとも夜明け近辺での現象だったのでしょうか?
けさも、冷え込みを覚悟していましたが体で感じるよりもずっと高い値の外気温はマイナス0.5℃。肌で感じる風はもっと冷たく感じるけさの南牧村です。
おはようございます。
2009年2月19日が始まりました。6:30からのラジヲ体操はすませましたでしょうか?今朝もさわやかな空が早い時間から広がっています。
ハッと気がつけば、すっかり文章らしきものはキーボードからPCモニター上で作ることに慣れきってしまっている私。ちょっとしたメモ書きをするために鉛筆を握り白い紙に向かってみて・・・・・、漢字が出てきません!
ちょっとした漢字が思い出せないことがたびたび起こっています。すくなくとも皆さんよりは脳みその引き出しが少ない私ですから、当然仕舞っておける漢字の数も少ないはずなのですが、それでも頭の中が真っ白のまま書きたい漢字がどうしても浮かんでこないことが多すぎると感じています。
これは間違いなく自分の手で書く機会が少なくなってきているせいだろうと思います。まさか老化の現象であるはずがありません。なんといっても若干43歳の青年ですからそんなはずはないのです。
ただ最近、漢字が思い浮かばないことと並んで気になっていることは、物忘れの多さ。
作業場から母屋にカタログ内の金具寸法を確認しに戻ったはずの私は、何がどう脳内で行き違ってしまったのか、母屋に上がり亀田製菓の「ハッピーターン」小袋サイズをポリポリポり、コーヒーカップに残っていた飲み残しの牛乳入りコーシーをがぶ飲みして、再び黄色い高級長靴に両足を突っ込んで作業場に帰還。
作業を再開して間もなく、取り付ける金具の寸法がわからないことに気がつき、ようやく先ほど寸法を調べに母屋に向かい、成果のないまま人差し指と親指の先っぽにハッピーターンの甘しょっぱい粉を付けて帰っていたことにハッと我に返る始末なのです。
そんな自分にものすごく腹が立ち『おまえ!何しに行って来たんだよっ!』と誰もいない作業場でぼやくのですから情けなくなってきます。
そして再び母屋へ・・・・。
これに似たような事案が、最近になって数多く確認されている私かたじ屋。『そうだ!』とばかりに台所に向かっても、到着してみると何しに来たのか思い出せない・・・・。
これは私だけなのでしょうか?40代になると誰もが経験していることなのでしょうか?なんだかちょっと不安になります。やはりもっと脳を鍛錬して脳内の活性化を図らねばならないと、真剣に考える最近なのです。

<ラジヲ体操/ラジオ体操>
S30年代の商店の看板によくこの「ヲ」がよく使われていたような気がする。(西岸良平:「三丁目の夕日」)
<漢字が思い浮かばない>
御説のように紙に字を書く機会が少なくなってきているからでしょう。パソコン入力での漢字変換の多用の弊害です。昔は「憂鬱」とか「薔薇」なんかの複雑な文字は書けなかったが最近は汎用漢字もなかなか思い浮かばなくなった。「チ゛」というカタカナもあまり使わないね。
<物忘れ>
これは歳のせいだろう。作業を複数同時進行させている時に発生しやすい。女房殿は特に危険。ガスを使っているのを忘れて洗濯物を干しに行っている。小生などはトイレに大便と小便を同時進行させようとして入ったのだが片方だけでもう片方を忘れて出てくることがある。・・・情けない。
小生の義母などは「トイレはどこだっけ?」と毎日つぶやいている(認知症)。早晩「私は誰?」と言うようになるだろう。
合掌 やまねこ 拝
ルート45どの
なんだなんだ!なんか気になりますね。思い出したら一稿寄せてください。それにしても30代でその現象はまずいような気が・・・・。
どらごんふりゃいどの
がははははっ!おぬしもそうであったか。なんだかうれしいねぇ、なかま・なかま!
30代の僕も近頃 そういうことが よくありますよ。スーパーに来てみたものの、一体 何を買うつもりだったのか思い出せなかったりとか。今も、何か書こうと思ってたんですけど···思い出せないので 出直して来ます。
んなこたぁオイラも同じだっ!
まったく持って情けなくなる程、漢字が書けません。
しかし、これは文明の利器を使って暮らす我々にとって、宿命とでも言うべき事。
昨今話題の「漢字検定」も、たしか中学の時に必修で受けさせられたのを覚えていますが、確か2段か3段くらいまでは合格していたと思うんだよね。でも、今受験したら悲惨な結果になる事は明白。
細かい字は見えなくなるわ、漢字は忘れるわ…。
どうしたもんかねぇ?