2009.05.18(月)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 15.0℃
週が空けて月曜日を迎えている南牧村は、あさから眩しいほどの強い陽射しに照らされて夏の時期のようなあたたかな朝となりました。
昨日の雨は南牧村でも降り続いていたのか、山と積まれている薪割り前の玉切り材も庭の木々も土もまだ濡れ色。あたりはしっとりとしています。
おはようございます。
白くふわふわの雲がまばらに見られますが、おおむね青空が天空を支配する今朝の南牧村。日に日に色を濃くしてきていた新葉の色も、気が付けばすっかりまわりの旧葉たちの色に同化して、ようやく一人前という感じでしょうか。
おととい土曜日の夜からまたまた家内の実家に向かったかたじ屋住人。
明けて昨日日曜日はあさから義父の生まれ故郷である茨城県は筑西市へと愛車ルシーダ君を走らせます。
今回の目的は亡くなった義父の希望、故郷の地にお墓を作って納骨してほしいという希望を実現するべく予定地の確認と寸法の確認。あわせて義父の生家と親戚そして義父にとっての実母(なんと今年で105歳!しかもとっても元気!)へのごあいさつ。
生憎の天気の中の出発は途中激しい雨に視界を遮られながらのドライブとなりましたが、この悪天候が日曜の朝の下り方向にもかかわらず、まったく渋滞のないスムーズなドライブをつくりだしてくれたようで私たちにとってはラッキーだったかもしれません。
現地に着くころには雨も小降りとなり、想定していたよりもかなり早く目的地に着くことができ、さっそく筑西市の管理するという霊園内を探索。義父が生前に入手してあった101番地に該当する分割地を探します。
ほどなく霊園の中央付近に義父の名前が書かれた札が立つ更地の区画を確認。事前に問い合わせをしておいた市の職員の方が分かりやすいようにと札を立てておいてくれたおかげで早期に発見することができたのです。
市の管理というためなのかよくは分かりませんが、実際にお墓を立てるためにはさまざまな手続きが必要になるようで、そのひとつには現地の区画の正確な寸法を計測してその区画内に収まる墓石の図面を提出して申請・認可を受けなければならず、実際に工事を請け負っていただく業者の方に正確な寸法を把握してもらい図面を作成してもらう必要があるのです。
小雨の降り続く中、採寸の作業は無事に終了。
早めの昼食をとって午後からは義父の親戚、今年で105歳のスーパーおばあちゃんへのごあいさつです。
足腰こそ弱ってしまい自力で歩くことはできなくなってはいますが、頭の中はしっかりしたもので冗談を交えながらの軽快な会話を続けるスーパーおばあちゃん。何年か後には日本一の高齢者なんて見出しでTVや新聞に登場してくるんじゃないかと思わせるほどのかくしゃくぶりです。
同乗していた義母にとってみれば回る先々での話は尽きないことだろうとは思いましたが、どうしても当日中に義母を東京の実家に送り届け、我が家も南牧村まで戻ってこなくてはなりませんでしたので、夕刻には義父の故郷後をあとにして出立。
来たときよりもはるかにたくさんのお土産をルシーダくんの後部荷物室に詰め込んで東京経由南牧村着は日付が変わる一時間ほど前となりました。後部シートをフラットに倒して毛布をかけて夢の中をさまよう子供たちを起こして2階雑魚寝の間へ誘導、ドライバー役でアルコールを断ってはや26時間にもなる私はご苦労様の缶ビールを一本だけご馳走になっての就寝となりました。
いや~、疲れました。
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 15.0℃
週が空けて月曜日を迎えている南牧村は、あさから眩しいほどの強い陽射しに照らされて夏の時期のようなあたたかな朝となりました。
昨日の雨は南牧村でも降り続いていたのか、山と積まれている薪割り前の玉切り材も庭の木々も土もまだ濡れ色。あたりはしっとりとしています。
おはようございます。
白くふわふわの雲がまばらに見られますが、おおむね青空が天空を支配する今朝の南牧村。日に日に色を濃くしてきていた新葉の色も、気が付けばすっかりまわりの旧葉たちの色に同化して、ようやく一人前という感じでしょうか。
おととい土曜日の夜からまたまた家内の実家に向かったかたじ屋住人。
明けて昨日日曜日はあさから義父の生まれ故郷である茨城県は筑西市へと愛車ルシーダ君を走らせます。
今回の目的は亡くなった義父の希望、故郷の地にお墓を作って納骨してほしいという希望を実現するべく予定地の確認と寸法の確認。あわせて義父の生家と親戚そして義父にとっての実母(なんと今年で105歳!しかもとっても元気!)へのごあいさつ。
生憎の天気の中の出発は途中激しい雨に視界を遮られながらのドライブとなりましたが、この悪天候が日曜の朝の下り方向にもかかわらず、まったく渋滞のないスムーズなドライブをつくりだしてくれたようで私たちにとってはラッキーだったかもしれません。
現地に着くころには雨も小降りとなり、想定していたよりもかなり早く目的地に着くことができ、さっそく筑西市の管理するという霊園内を探索。義父が生前に入手してあった101番地に該当する分割地を探します。
ほどなく霊園の中央付近に義父の名前が書かれた札が立つ更地の区画を確認。事前に問い合わせをしておいた市の職員の方が分かりやすいようにと札を立てておいてくれたおかげで早期に発見することができたのです。
市の管理というためなのかよくは分かりませんが、実際にお墓を立てるためにはさまざまな手続きが必要になるようで、そのひとつには現地の区画の正確な寸法を計測してその区画内に収まる墓石の図面を提出して申請・認可を受けなければならず、実際に工事を請け負っていただく業者の方に正確な寸法を把握してもらい図面を作成してもらう必要があるのです。
小雨の降り続く中、採寸の作業は無事に終了。
早めの昼食をとって午後からは義父の親戚、今年で105歳のスーパーおばあちゃんへのごあいさつです。
足腰こそ弱ってしまい自力で歩くことはできなくなってはいますが、頭の中はしっかりしたもので冗談を交えながらの軽快な会話を続けるスーパーおばあちゃん。何年か後には日本一の高齢者なんて見出しでTVや新聞に登場してくるんじゃないかと思わせるほどのかくしゃくぶりです。
同乗していた義母にとってみれば回る先々での話は尽きないことだろうとは思いましたが、どうしても当日中に義母を東京の実家に送り届け、我が家も南牧村まで戻ってこなくてはなりませんでしたので、夕刻には義父の故郷後をあとにして出立。
来たときよりもはるかにたくさんのお土産をルシーダくんの後部荷物室に詰め込んで東京経由南牧村着は日付が変わる一時間ほど前となりました。後部シートをフラットに倒して毛布をかけて夢の中をさまよう子供たちを起こして2階雑魚寝の間へ誘導、ドライバー役でアルコールを断ってはや26時間にもなる私はご苦労様の缶ビールを一本だけご馳走になっての就寝となりました。
いや~、疲れました。

やまねこどの
たいへん参考になるコメントをありがとうございました。おっしゃるとおりまだまだやることがたくさんありそうです。なにせ初めてのことで勝手が分からずしかも遠距離ということもありスムーズには事は進まないものです。
<納骨までは疲れるよ>
雨のなか御苦労さんでした。どうせなら1日ずれるとよかったね。本日はうって変った快晴。何度もいうがこんな日に仕事をする奴の気が知れん。・・・食傷気味ですな。
ところで私の20年前の父親死去の経験からだが納骨まではまだまだあるよいろいろ。墓の建設は業者選択が重要。大手より地元の信用がおける業者がいい。霊園側は推奨してくれるが時として霊園と業者がつるんでいる場合がある。まして発注者が遠隔地となるとなめられる。安い買い物ではないので後で後悔せぬようしたい。納骨のタイミングはいろいろあるが私の場合は49日の当日とした。僧侶の依頼、親戚関係者出席要請者への依頼、出欠確認、納骨後のお清め(場所、料理、飲み物)の準備、挨拶の依頼、お開き後の車の手配(僧侶、高齢の参加者)などなど。ところで戒名や卒塔婆の準備と交渉は終了しましたか。僧侶は領収書はくれません。葬儀屋からは絶対間違いなくとるべきです。息子さんはまだ分からないだろうが墓の場所や親戚の顔、一連の行事は是非目の当たりにさせておきたいものです。納骨がすむと一段落だが7回忌、13回忌なんてのもやらなくてはならない。仏事は疲れる。
PS)墓石に刻む文字(「〇〇家先祖代々の墓」など)は墓石業者がやってくれるが自分で書いてもいい。私は自書(半紙)した。
合掌 やまねこ 拝