2009.05.19(火) 秘技「二飛び・五着の石」

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2009.05.19(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 12.0℃



けたたましいほどの野鳥の鳴き声。

降り注ぐ朝の光に誘われるようにして玄関を出てみると、思いの外冷たい空気がほっぺたをさすっていく今朝の南牧村・磐戸地区の僻地かたじの地。

放射冷却と思われるあさの冷たい空気は、本日の好天を予感させるすがすがしさがあります。

それにしても・・・・つんつんつんつんのびきった庭先の松の枝先はなんとも締りがないのです。『庭の植木は当方が管理するゆえ、手をつけることはまかりならん!』という約束を大家さんと交わしておりますので手出しができないでいますが、なんともみっともなく感じるものなのです。

のびきったその枝先の塔の部分のそのまた先っぽには赤紫色をした小さな花のようなものがプチッと咲いているのを発見。もしかしたらあれは花なのでしょうか?他の枝先の塔の部分には、よ~くみると小豆大の松ぼっくりに似た形状の物体がびっしり。あれは松ぼっくりの卵たちなのでしょうか?

ここかたじ屋の周辺ではこのところの気温上昇に伴って、あちらこちらで野いちごの類が真っ赤に熟して、放課後にピアノ教室のレッスンのためにやってきた子供たちのおやつとなっています。鳥たちも熟しているのを良く理解しているようで、前日の夕方に見回りをして明日が食べごろと判断し楽しみにして翌日秘密の場所を訪れると一足先に食べられていたなんて事はしょっちゅうなのです。

そういえば子供のころは、サルビアの花を抜き取ってはうしろから吸い付いて甘い蜜をチュッチュ・チュッチュ食していたもんですが、いまでもやっているんでしょうかね。さつきかなんかも花を引っこ抜いては蜜を吸ったものです。

それから、なんという植物だったのかは思い出せませんが、大きな花びらをつける植物。その花びらを一枚抜き取ると粘着性が高かったのかおでこにぺたりと貼り付けて『コケコッコ~』なんていいながらニワトリのトサカをまねて遊んだりしたものです。


先日の夕暮れ時、こぐまくんをつれてかたじ屋前を流れる南牧川の川原に下りて散策。水切りの技を見せてくれとせがまれての"秘技2飛び5着"の離れ業を披露。尊敬のまなざしで感嘆の声を上げるこぐまくんに父親としての満足感を味わっておりました。

『みたかっ!こぐまくん。親父はすごいだろー!ぬわっはっはっは』こんなことくらいしか自慢できないのです。

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ルート45どの

秘伝というのはめったなことではお見せすることはできないのです。一子相伝だからこそこぐまくんには伝えていかねばならないのです。貴殿もどうやらなかなかの使い手のようすですな。ちなみに私の水切りにはこんな逸話もあるのです。

あれは確か東北は十和田湖でのこと。
湖のほとりから鋭くなめるように投げ込まれた楕円の平たい石は、水を切る回数を勘定していた者がその勘定をあきらめてしまうほど湖面を切り続け視界の彼方に消えていったと・・・・。後日反対岸の草むらの中からその楕円の平べったい石が見つかったらしいという逸話。

ちと話がでかくなりすぎたかの。

どらごんふりゃいどの

「オオバコの草相撲」。いやぁなつかしいですね。私も本当によくやりました。学校の帰り道強そうな奴を目を皿のようにして探しては対戦。勝てばそのまま勝ち抜きで何度も対戦です。だんだんと繊維がちぎれ今にも切れそうな奴で勝てたときのあの興奮!

やまねこどの

いい歳こいての水切りは結構面白いものです。意外と大人になっても技量が落ちていないことに気が付くはずです。『俺って結構やるじゃん!』てな感じです。

藤沢周平の小説の話かと思えば 水切りの話でがんすか。んだども その『二飛び·五着の石』という佐藤家秘伝の技、一度 お見せ願いたいものでがんすな。 ここだけの話 拙者も水切りの腕には 覚えがござる。あの頃 磐戸宿界隈で『水切りのヨシ』といえば泣く子も黙ると恐れられたもの。磐戸橋の下から投げた石が 鳥の様に水の上を舞って 千原橋の下で見つかったという逸話もござった。···ちと 話がでがくなりすぎたかの。

地元で活動するお年寄りのサークル『花を守る会』が、毎年サルビアを3株プレゼントしてくれます。
たいてい郵便受けの根元に植え、長い間その赤い妖艶な花を楽しんでいるのですが、やっぱり引っこ抜きたくなります。
昭和育ちの習性とでも言うべきなんでしょうか…。
今の子もやるのかなあ?
ちなみに、ウチのHalはやりますよ。katajiyaのチビッコ達は?

オシロイバナをビニール袋に集めてしばしモミモミ…。
綺麗な紫色の汁で絵を描いたことも合わせて思い出しました。
あと、オオバコ相撲とかな…。

<水切りの技>
東京の下町を流れる人工水路「新中川放水路」が完成する前は川状態ではなく土地を掘って細長いバカでかい水溜り(「川堀」と呼んでいました。)ができていました。これがいくつも並びやがて江戸川と荒川につなげていったのです。このバカでかい池は付近の子供たちの格好の遊び場となりました。夏はプール代わり、冬は5センチほどの氷が張りその上を恐る恐る歩いたものです。この池でよくガキ共が大勢で「水切り遊び」をやりました。みんな平べったい石を選んで2飛5着に挑戦していました。中には野球ボールのような石でも1飛び3着ぐらいできる技を持ったガキもいました。なつかしい。
               合掌  やまねこ  拝

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このページは、katajiyaが2009年5月19日 06:06に書いたブログ記事です。

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