2009.06.05(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 17.0℃
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 17.0℃
「霧の南牧」・・・・なんか、故石原裕次郎さんあたりが6枚目のアルバムの最後の曲あたりにしっとりと歌い上げていそうな曲の題名か?と思わせるフレーズです。
おはようございます。
けさはそれほど濃くはないものの、霧に包まれた早朝の南牧村。山の中腹辺りから真っ白く寝そべっているいつもの靄(モヤ)とは趣が違います。これはあきらかに霧と呼ぶべき様子です。
朝の高めの気温と大気中の高濃度水分が作り出した現象なんでしょうか?難しいことはよく分かりませんが・・・・。
けさの朝刊には昨日の足利事件容疑者釈放に関連する記事を数箇所で見つけることが出来ます。私ごときがあーでもない・こーでもないと言葉を差し挟めるような出来事ではないことは重々承知の助なのですが、当時の警察・検察・司法にまで翻弄された男性の人生・17年にも及ぶ自由の剥奪、その間を生きていかなければならなかったご家族・身内・友人の気持ちを想像するとなんとも表現の出来ないものがあります。
当時、事件に関わっていた警察関係者のコメントの中にはしきりに『その当時の可能な限りの捜査方法だったと思っている。当時の判断に間違いはなかった。』という内容のコメントを取り上げるメディアの報道、刑を言い渡した最高裁判事のコメントも『当時の判断に後悔はない。』というものがあわせて報道されています。
朝刊紙面・社会面左下の一画に興味深い記事が載っています。
寄稿者は帝京大学名誉教授(法医学)の石山昱夫さん。抜粋するのが難しいので全文を貼り付けてみたいと思いましが、紙面を画像処理してあるようで文字として認識できませんでした。すんません。
代わりに全文を書き写してみたいと思いますので、興味のある方は読み進んでみてください。下記、「続きを読む」のリンクをクリックすれば移動しますので。
以上。
あ~、飴が降って・・・もとい!雨がふってきました。
題 「科警研の技術 拙劣の一語」
≪足利事件で科学警察研究所(科警研)のDNA鑑定が誤ったということで、再審事件となるという報道に接して、DNA鑑定の導入に多少は関わった筆者としては、真に遺憾なことであるが、十数年前に予感していた事態が露呈したという感が強く胸を打ってくる。ただ、DNA鑑定の本質に誤りはないわけで、要するに科警研のDNA分析の技官の腕が拙劣であったの一語に尽きるのが残念なのである。その腕がどの程度のレベルであったかについて、足利事件には関係はないが、筆者が経験した一例を挙げておく。
今から十数年前になるが、ある地方で幼女が2人殺害される事件があった。現場に落ちていた血痕で、科警研がDNA分析をしたところ、幼女と容疑者のDNAが検出されたという結果になった。これに基づいて、警察と検察庁による容疑者の逮捕が妥当とされたが、担当の検察官は科警研のDNA分析結果に満足せず、筆者の研究所のDNA鑑定を求めた。
警察から届けられた血痕は、脱脂綿5ミリに付着した緑色がかったという代物で、科警研のMCT118という分析法では不可能と分かったので、ミトコンドリアDNA分析を実施したところ、2人の幼女のDNAは検出されたが、容疑者のDNAは検出されなかった。
この後、検察庁は「筆者の鑑定結果と科警研の結果が矛盾しない。」との証言を裁判所で行うように要請してきたので、疑問に思い、裁判所に科警研から出された資料を見て驚いた。拙劣極まる分析結果と技術力だった。分析の失敗を繰り返していたのだ。足利事件の分析もそのレベルのものであったに違いない。
DNA液を電気泳動する際に用いられるゲルプレートが均一にできているか否かが結果を支配するのだが、それを理解していなかったようだった。均一でないとDNA分子の区分が悪くなり、正確でない結果を読み込む。そうすると、「DNA一致」という結果も誤って出てしまう。おそらく足利事件も失敗したゲルプレートを分析に利用し、「同一」と誤判断したと思わざるをえない。
このレベルでも、当時の警察の技官は「DNA分析が完成した」と宣伝し、裁判官も検察官も信じ込んでしまった。DNA鑑定という「証拠」があれば、それ以上に捜査する必要もないと信じ込んでしまうだろうし、手抜きの判決が出ることもあるだろう。
現在は、進歩した国際基準の鑑定方法なので、科警研も難しいゲルプレートを作製しないで済むので、科警研の技官もホッとしているのではないか。≫

どらごんふりゃいどの
科警研自体も取り締まる側に比重があるわけでしょうから、どうしても心情として警察の意向に応えたいと傾くことは当然といえば当然。結果、中立性が疑われるような判断をしてしまう可能性は十分に考えられますよね。
記事中にもあったようにDNAの鑑定そのものに問題があるわけではなく、その鑑定を利用している側の認識にDNA鑑定は絶対だ!という認識が充満してしまうことに問題ありです。裁判所までが疑ってかかる姿勢を持たなかったら間違いも起こるかもしれません。人為的なミス・作業過程でのミスは起こるものとして疑ってかかり証拠を検証することは人を裁く立場にいるプロとしては絶対必要だと思います。
確かに昨今の犯罪捜査は科学捜査の飛躍的な進歩によりその検挙率が上がっている。これは我々一般市民にとっては歓迎すべき事なのだが、今回のように一歩間違えると取り返しの付かない事になるという事も合わせて受け入れなければならない。
DNA検査は犯罪捜査のみならず私の携わる自然科学の分野でも大きな役割を果たしている。
植物の突然変異による奇形と自然環境の関りなどを解明する時にあってはDNA検査は必要不可欠。
世界でもトップクラスの判定制度を誇る我が国の検査レベルも、様々な分野での試行錯誤の上にあるものと言える。
今回の冤罪事件も今後のためにしっかりと精査する必要があると思う。
私としては冤罪を掛けられ投獄されていた菅家さんには心底お気の毒だと思う。もし自分が冤罪で投獄されたらと思うとゾッとする。
しかし、今回の事例によって、犯罪捜査のあり方に大きな楔を打ち込んだことは間違いない。
科学捜査を基にした司法判断をより慎重にし、冤罪を防ぐという事を念頭にしっかりとした裁きが出来るように努力して頂きたい。
願わくば、今後の菅家さんの人生が平穏で幸せな物となるを…。