2009.06.15(月) 準備はいいかな?いいともっ!

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2009.06.15(月)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 16.0℃


激しい勢いで天から落ちてきた大粒の雨。
土砂降りとなった午後。

その土砂降りも長く続くことは無く、急にやんでみたり日が射してみたり、また降り出してみたりと不安定な空模様が続いた昨日日曜日。

けさは何事も無かったかのように澄ました気配で、東の空に残る灰色の雲の切れ間からときおり日差しなんぞを送り、『晴れよっかな~、くもろっかなぁ~?』と思案中の様子。

地上は湿度たっぷりの朝となり、昨日洗われて干されていたこぐまくんの運動靴は一夜明けても生乾きの状態です。さてと、新しい一週間が始まりましたよ南牧村は。

おはようございます。
今朝の南牧村は、晴れになるのか、はたまた愚図った天気になるのか、はっきりとしない天候でのスタートとなりました。




今話題の盲目のピアニスト辻井君とはレベルが違いますが、我が家の家内もピアノを弾くことを職業としています。

もちろん辻井君の場合は同じピアノ科でも最初から演奏家になることを目標とするピアノ科の中でもエリート中のエリートだけが入ることができるコース。そのコースの門を叩くだけでも桁違いの技量が要求されるという難関です。

これほど大きな技量の差があってもやはりプロの端くれです。たとえ小学生たちの前での15分程度の演奏のためであっても、傍から眺めている私がこんな早い時期から練習を始めるのか!と思ってしまうほど準備に時間と労力を割くのです。

小学生に聴かせるからといってちょろちょろっと練習して、本番で時間こなすことも十分にできるはずなのですが、やはり彼女の中には子供たちにできるだけいい演奏を聞かせてあげたいという気持ちが強いのです。

選曲の段階からあれこれ悩み、この曲は子供たちにはちょっと難しいだろうか?こんな曲も聴かせてあげたい!なんて悩みながら選曲し、日々練習をしている姿勢というのはものづくりをしている私からみても音楽に関してはプロの端くれであることを認めざるを得ないものがあります。

規模の大小には関わらず、人前で演奏を聞いてもらうということは相応の準備が必要なのです。演奏する側が楽しむということもメンタルな部分では重要なことですが、とかく独りよがりとなっていることが多いような気もします。

たった15分の演奏のためでさえ、こんなにも準備に時間を割き、技術的にも自ら要求するのですから、少なからず吹奏楽に関わっている私かたじ屋としてもおおいに考えさせられるものがあります。

きょうは朝の業前ボランティアとして子供たちにピアノの音色を聴いてもらう、地元南牧小学校の「音楽集会」当日です。早めに出かけて指を慣らすために練習をしておかなくてはいけません。

あっ、ちなみに私じゃありませんから誤解の無いように!
だれも誤解するわけないか・・・・。

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どらごんふりゃいどの

お忙しい中、コメントをありがとうございました。

ご指摘の辻井君ですが、私は高校は新潟。大学は・・・大学は・・・東大と東京芸大に何度か入ったことがあるくらいで、あとは島の赤灯台なら何度も釣りに・・・。

私のことではないっ!お怒りはごもっともです。
確かに家内の後輩にあたりますが、辻井君クラスになるとピアノ科でも特殊なコースで、はじめっからプロのピアニストになるためのレッスンを受けるんだそうです。

sshahaどの

『いろいろなかたちで子供たちが何かを感じてくれたのだとすればとても嬉しいことです。ありがとうございます。』とは家内の弁。

お子さんの感想にあった『かっこよかった!』というのはもしかして後ろでカメラを手に立っていたイチローに似たおじさん・・・もとい!青年のことかもしれませんねぇ。

やまねこどの

冒頭からピアノ弾きは私ではないと分かっていたとのこと、なぜ分かってしまったのか不思議でなりません。ちなみに私の手はよく「シラウオのような・・・」と形容され、手のひらを見た人には『お公家様ですか?』と間違われることもあるほどなのです。しかし、太い!

たしか奥様は辻井さんと同じ学窓ではなかったですか?
同じくピアノ講師を務める家内が、辻井さんのニュース見ながら
「あっ!katajiyaさんの奥さんと同じ学校だよ、この子!」
って言ってました。

盲目のピアニストと言えば、私の場合は梯 剛之さんを思い浮かべます。http://kakehashi-takeshi.com/JA/index.html

彼が盲目の日本人として始めて世界レベルのコンクールの重い扉を体当たりで開きました。
梯さんに続く辻井さんの入賞で我が国の音楽レベルもさらに高まったと思っています。


1つのガイドラインとしてのコンクールには大きな意味があると思いますが、やはりコンクールの順位だけでそのプレーヤーの価値を決めるのはあまり好きではありません。

街角で演奏するプレーヤーの音楽に魂を鷲づかみされる事だって多々あるわけですから…。

四の五の言っても、やっぱり音楽は『魂』で表現するもの。
『魂焦がして』それこそが聞き手の心を揺さぶる原動力となるんだと思っています。

大袈裟な体の動きや華美な衣装など一切無い盲目のプレーヤーの演奏からは、その『魂』が溢れ出しているように聞こえますね…。

今後の辻井氏の活躍を心から応援したいと思います。

今朝の演奏を聞いた子供達の感想
「すごかったよ!かっこよかったよ!」と感動していました。
どうもありがとうございました。。。と奥様にお伝え下さい。

<ノロケか自慢か>
ノロケとも自慢とも受け取れるピアノ論。貴兄の事でないことは冒頭から分かっています。誤解する輩なんているハズがない。第一貴兄の指は職業柄ピアノの単一鍵盤を打鍵できないほどの太さになっているにちがいないのだ。
子供たちに15分間とはいえピアノを聞かせる・・・。いいですね。算数の小数点の数の割り算のドリルをやるよりはるかにいいよ。情操教育そのものです。
      合掌  やまねこ  拝

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このページは、katajiyaが2009年6月15日 06:04に書いたブログ記事です。

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