2009.06.16(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 16.0℃
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 16.0℃
おはようございます。
激しい雨もすっかり上がり、ヘインズの白無地Tシャツのままではひんやりと感じるような朝の気配です。山々の上部付近には激しかった雨の余韻がところどころにゆったりと寝そべっています。
それにしても昨夕から夜にかけての雷雨は激しかったでのです。
ナマコトタンで片流れに勾配をとっている作業場の屋根にものすごい勢いで体当たりしてくる無数の雨粒。
パラパラパラパラから始まって、ザーザー降りとなり、雷鳴とどろく中さらに雨足は強まっていきます。やがて作業場内のラジオの音が聞き取れなくなり、屋根に体当たりしてく雨粒の音はゴーゴーゴーゴー大音響を作業場内に響かせて来ます。
ふと嫌な予感が走った私かたじ屋は、片流れの屋根をつたわる雨水を受けている雨樋を確認するために土砂降りの中に飛び出してみると、案の定雨樋からは大量の雨水が縦樋に流れ込むことなくあふれ出しているのです。
作業場の上方には大きな樫の木が数本枝葉を広げ、常緑のために一年中作業場の屋根には大量の葉っぱと秋にはどんぐりコロコロが大量に落っこちてくるのです。
定期的に雨樋の清掃をしていなければ昨夕のような激しい雨に見舞われると、屋根に落ちた葉っぱは雨樋に一気に押し寄せて、あっという間に縦樋へ通じる穴を塞いでしまうことになるのです。
この状態を放置して豪雨に見舞われますとさあ大変!
屋根をつたわる雨水は排水されることなく雨樋を乗り越えて作業場裏になだれ落ち、掘っ立て小屋に毛が生えた程度のかたじ屋作業場内部では音もなくツーっと浸水が始まることになるのです。
昨夕のような激しさで数時間にも及ぶ豪雨ともなれば間違いなく浸水が始まり、それは瞬く間に作業場奥を水浸しにしてしまいます。以前の台風時には作業場のほぼ8割が水浸しになりあまりの浸水の量に水中眼鏡とシュノーケルを着用しなければならないほどの状況になったこともあったほどなのです。
つい・・・・出来心で・・・・うそを書きました。すんません!
激しく降る雨の中、脚立に登り樋に堆積している葉っぱを撤去。
なだれ落ちていた雨水は縦樋へ通じる穴に向かって流れ始め、無事に作業場浸水の事態を防ぐことができました。
なおも降り続く雨はその後ピークを向かえ、屋根を叩く音はド・ド・ド・ド・ド・ド・ドッ!というレベル6にまで達しこのレベルまでくると作業場内に居て底知れぬ恐怖さえ感じてくるのです。ラジオの音量を上げてもまったく聞き取れません。私の頭の中に浮かんできたのは『こういうときのためにラジオも身振り手振りを交えた放送を検討するべきではないのか?』というもの。
しかしですよ・・・・ラジオだからなぁ・・・・。

どらごんふりゃいどの
ツンドラ地帯に所属する極寒の地、最果ての僻地山中湖村ならではの体験談に、ただただ温暖な南牧村を選んだ幸運を感じております。お気の毒なこってす。
やまねこどの
私の父親も夕方になるとラジオではなくTVの前に腰掛けて、両膝の上にこぶしを置いて取り組みの動きに合わせるように『うぅっ!』とか『あぁっ!』なんて感じで言葉にならないような声を振り絞って夢中でみていましたね。思い出しました。
よ~~~~~くわかるよっ!
雨樋の掃除はついつい後回しになるね。
いとも簡単に縦樋の入り口を塞ぐ。
裏に山を背負って立つkatajiyaの工場は、絶対に屋根と雨樋の掃除を怠ってはいけない立地だもんね…。
でもね、雪が少ないからまだいいよ、南牧は。
屋根に落ちた枯葉や強風時に飛んできた小枝をそのままにして、その上に雪が積もり、想像を絶する重さを掛けながらそのまま徐々に屋根を下る。
するってぇと、小枝が爪のように屋根を削る結果となる。
んで、泣く…。
落ち葉や草との戦いは果てしなく続くのである…。
そして我々人間が勝利する日は永遠に訪れはしない…。
<樫の木の効用>
そうか。樫の木の葉は豪雨から作業場の屋根(人間)を守ってくれたのだ。ウーンやはり切らねばよかった。
<輪十の船:水中眼鏡とシュノーケルだけではだめだ。>
愛知県の木曽川の河口の三角州は「輪十」と呼ばれる。ここに住む人たちはいつも豪雨で家の中が水没するため家の天井に木船を吊るしている。貴兄の作業場にも木船が必要だろう。
<ラジオも身振り手振りだった>
昭和30年代はラジオ全盛だった。私の父は大の相撲好きでよくラジオの相撲の実況放送を聞いていた。「両者立ち上がった!栃(栃錦)寄った。寄った。土俵際!若(若乃花)残った。残った。残った~。栃右を差した。若これを切った。切った!!。」志村アナウンサー(故人)の絶叫。父は体を揺らし、こぶしを握り締めて聞き入っていました。・・・ラジオも身振り手振りだったのです。
合掌 やまねこ 拝