2009.10.09(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 11.0℃
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 11.0℃
大事を取っての判断は一昨日の晩、まずは中学校が緊急連絡網を使って各家庭にまわされ、間もなく小学校も緊急連絡網で各児童の家庭に連絡。
台風の直撃が予想される状況で南牧村の小・中学校は臨時の措置として休校を決定!いつの時代もこういう臨時の休校で喜ぶのは子供たち。親は?といえば、え~やすみになるのかよぉ~!というものなのかもしれません。
すくなくとも少年時代に台風銀座・奄美に暮らしていた私としては、そのスピードと予想雨量から南牧村の地形では風の影響はさほど出ないと判断していましたし、上陸してからの通過は速く午前中にはすっかり遠ざかってしまうと考えていましたので、『やったぁ~!』と喜ぶ子供たちを横目に『この台風で休みかよぉ~。』と心でつぶやきです。
一夜明けて、雨はそれなりに降っていましたが特に雨足が強くなることも無く、ましてや豪雨や強風などはまったく無いままに通過予定時刻を過ぎていったここ南牧村では、拍子抜けしそうなくらいにあっさりと台風をやり過ごすことがでました。
降り続いた雨のせいで、目の前の南牧川はそれなりに増水し川幅一杯に流れ下ってはいますが、あの岩が見えているということはさほどの水量ではないことは一目瞭然です。
午後からは薄日も射し始め家内のピアノ教室は予定通りにレッスン開始。暇をもてあましていたと見え、レッスンにやってきた子供たちはひとしきりかたじ屋前農道2号線や母屋前で遊んでから帰宅。
雨に備えて、作業場前に積み上げられていた製材での切り落とし材にかけておいたブルーシートを干すために、農道脇のガードレールに縛り付けようとする私をもてあそぶように、こっちを仮止めして反対側を縛ろうとするともう一方が風に飛ばされ、今度はこっち側を仮止めして急いで駆け足しながらもう一方にたどり着き、いざ縛りつけようとするとまた反対側がふわりともちあがり・・・・。
6回もこんなひとり芝居のようなやり取りをしなければならない程度の返しの風が吹きましたが、なんてことも無く今回の台風は行ってしまいました。
地形がなせる業です。怖いのは風よりも雨のほうでしたから、平地のような風による被害というのはそれほど心配は要らないのかもしれません。
けさはすっきりと晴れそうな気配を感じます。
朝の気温も一段と冷え込んで、秋本番の様子に変わってきています。こうなってくるとあさのストーブが恋しくなってきてしまうのです。 あ~、火が恋しい季節です。

Ristenpartどの
釜ゆでにされた携帯にはなんの落ち度も無かったはずなのです。配属された主人の失態の詰め腹を切らされたと言うことですね。さぞかし無念であったと思います。
携帯うっかりですね。
私も最近、朝の出勤時に携帯の事件を目撃しましたよ。
燃えたわけじゃないですが、ホームで電車に駆け込もうとした
男性。乗ったのはいいですが、胸のポケットの携帯が
乗り込む寸前にポトリと落ちて、そのままホームと電車の
隙間に落ちたのです。
電車の中の男性の青ざめた顔、そのまま電車は出発してしまいました。
おそらく、戻って駅員に拾ってもらったと思いますが。
スルリと落ちることがあるんですよね。
そうでなくても、浮気がバレて奥さんに携帯電話を
釜ゆでされてしまった俳優がいたような。
携帯自身も災難なのでしょう。
では。
<地球温暖化、日本は亜熱帯になった>
たしかに日本の気候は変わって来ているね。昔の台風はこうではなかった。日本へ上陸すると猛烈なスピードでオホーツク海方面へぬけた。台風一過の青空が鮮烈な印象なのはそのせいだと思います。あっという間に青空がくる。よく母親が「雪のあしたは裸で洗たく」と言ってました。春に来る台風並みの台湾坊主のことです。最近の台風も後から発生したものが先に発生した台風を追い抜くというのもある。コースも九州直撃というのが少なくなった。南方に似てきたんだね。季節の境目というのがはっきりしなくなった。いつ梅雨が明けたのかもわからない。あと20年もしたら冬の暖房もいらなくなるのでは。
<消防団>
みんな生業のかたわら団員を担っているのですね。それと主たる活動は消火活動ではなく防火活動なのですね。よいことです。健康管理も同様ですが予防が非常に重要です。防火点検も各戸訪問した際には一応目視チェックもやった方がいいですね。ただ訪問シートに捺印するだけでは・・・。それと消防団と本チャンの消防署の業務接点は明確になっているのでしょうか。消防団の存在意義が重要なら消防署の体制の合理化も検討することも考えてはどうでしょうか。スウェーデンには消防署が存在せず民間の消防団がすべて消防防火活動を行っています。
<下肥リサイクル>
数日前台風前のよどんだ天気でしたが病後のリハビリの為、近隣の沢筋の農道を散歩しました。畑の横の道をゆっくり歩いていたら物凄い下肥の匂いがしてきました。よどんだ湿気のある空気でしたので風で臭気が取り払われず往生しました。ふとあたりを見回すと隣りもまたその隣の畑も多量の下肥が散布されていました。もう既に昭和の遺物となっているはずのこの人造肥料がいまだに活躍しているのです。このあたりの人たちは何と環境維持に理解が深いのだろうと感心しました。人造の汚物は通常浄化槽経由で浄化され放流されますが100%の浄化は不可能です。本法であれば大地に帰りかつ肥料として役にたちます。このような気高い思想をもって古代よりの環境保全と肥料調達を追及してきた当地の人々に改めて畏敬の念を抱かざるをえません。最近道の駅の駐車場に当地に貢献した人の石碑が建てられましたがこのような古来からのリサイクルに精進してこられ今なおその存続に注力を惜しまない人の石像も検討すべきと考えます。
今後の日本の環境問題と食糧自給問題を思考するやまねこ