2009.11.10(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 8.0℃
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 8.0℃
おはようございます。
けさも南牧村は曇り気味の鈍い朝の気配となりました。
なんだかお天気は下り坂なのでしょうか?空気中に重量感を感じる朝です。
『いってきまぁ~す!』の掛け声を残して、玄関の引き戸を開けて出て行った長女愛子。
間もなく出て行ったはずの長女愛子がどかどかと家の中に・・・・。
ひとりでニタニタしながら上がり込む様子を見ながら、『どうしたの?』とは家内の言葉。
なおもニタニタしながらの返事は『学校のカバン背負っていくの忘れてた!』でした。
・・・・・・あほっ!
『忘れ物ないね』の問いかけに、たしかに先ほど元気な声で『うん!』と返事をして出て行ったはずなのに、学校で必要な教科書やノートなど一切が詰まっている学校指定の通学カバンを背負っていないことに気が付いていないまま出て行ってしまうとは本当に我が娘ながら『アホっ!』としか言いようが無いのです。
あのまま気が付かないで学校まで行ったら拍手してあげたいところですが、今回は自転車にまたがって気が付いたようですから、めでたしめでたしと言うところでしょうか。
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この地域では「おてんま」という言葉で表現されている地域ボランティア。
村をあげての規模で年に数回ほど、河川の清掃であったり一般道路の清掃であったり、冬を前にして水量が減る河川のところどころに火災時の水利確保を目的としての「川止め作業」なんていうのもありまして、来る15日・日曜日の朝にはこの川止め作業が予定されているのです。
作業の内容としては、私の所属する地区の場合、目の前の南牧川対岸にあるポンプ道と呼ばれている川原へと降りていく急勾配のコンクリート坂下の付近に、有事の水利確保のために川原の石で堰のような部分を積み上げて作っていき、十分に水量を確保できるように水深のあるスペースを作り上げるというものなのです。
このような作業ともなればなおさら、そのほとんどが高齢者のこの地域、参加する意思はあっても、もはや体の自由が利かないという方も存在しますので、当然不参加ということになります。
この「おてんま」と呼ばれるボランティアでの作業には、"不参金"と称する徴収金の制度が暗黙の制度というかたちで根付いており、移住当初はボランティアでの作業なのになぜお金を取られるのか?大変に不可解と感じていたものです。
まあ、かたちとしては決まりではないと説明はしてくれますし、あくまでも参加できない側の意思というお話ではありましたが、実態はやはり「参加できなければ払うもの」という性質のもののように感じさせられたものでした。
参加して協力している人たちとそうではない人たちとの不平等感を少しでも埋めるためだろうとは思いますが、なんともイヤ印象を受けるものです。
自分たちの住む村のそれぞれの地区でのことですから、出られる場合には参加すればよいだけのことで、あくまでもボランティアでのことですので、用がある人は参加できないというのが通用していいはずなんですけどね。
これからますます高齢者の度合いも高くなり、出る気持ちはあっても参加できないというケースは増えることだろうと思いますので、こうした地域ごとの「おてんま」そのものさえ成り立たなくなることもこの先には考えられます。
もはや、地域で不参金を盾に参加者を確保するなんていうレベルではどうにもなりません。村として毎年繰り返している恒例行事を見直すべき事柄となるのだろうと思います。
どうも個人的には懲罰金のような印象があり、この不参金というのはよい印象がありません。あくまでも私個人の感想ですが、さすがに好印象を持っている住民というのもいないものかもしれませんがね。

やまねこどの
不参金は地区の会計の中に取り込まれています。ハイ!
<おてんま>
参加できなければ『不参金』?なんだそれ?我が家の地区では聞いたことがありません。そもそも「ボランティア」の意味を理解していないのだよ。だから『ここは本当に日本ですか?』と言いたくなるんだよ。みんなで協力しての川の美化・・・いいことです。でもそれはあくまで「綺麗にしたい。」「自分も協力したい」という心根が伴わなければだめだ。「協力できなければ金を払え!」は論外だ。また川の機能維持は基本的に行政の責任においてなされるべきで高齢化が進むなか「住民の皆さんでお願いします」と行政の幹部が本当に思っているのなら次の選挙まで首を洗って待ってなさい。といいたい。
追)不参金はどこに入るのだろう?国庫かなあ。気になる。
道路清掃に参加しなかったやまねこ