2009.12.02(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 2.0℃
きのう・今日と、全国的に見ることができる初冬の満月。
月齢でいいますと本日午後4時ごろが満々満月になるそうで、昨日も夕刻早い時間からまだ真っ白い大きな月が、東の空低いところにデンと存在感を見せておりました。
ちなみに隣町にあるホームセンターへの道すがらの観測です。
あたりがすっかり暮れ色に包まれた頃にはここ南牧村でも、真東方向の山並みの上に、まさしく"ポッカリ"と浮かぶ大きめの月を確認です。
蒼白く放つ月光は、あたりがすっかり暮れているにもかかわらず、見渡せるすべてのものに、蛍光管から発せられたような弱光ながらも恍惚をおぼえる光を浴びせて、何もかもが浮かび上がるような不思議な錯覚を感じるものです。
なんだか・・・・無性に走り回りたくなったり、『わおぉ~~~ん!』と吼えたくなってくるのは、やはり月のなせる業なんでしょうか?昔からそうなんですよね・・・私。
おはようございます。
月も見えなくなり、すっかり落ち着きを取り戻したけさ。
今夜も月を眺めに表に出てみようと思っています。場合によっては密かにかたじ屋前を走り回ることも予想されますので、くれぐれも夜の農道二号線および、南牧川川岸には近づかないようにお気をつけ下さい!吼えるかもしれません!
雲が出なければよいのですが。
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先日、無事に制作完了し某リゾートマンション14階の一室まで搬入を終わらせた大きな大きなレコード用キャビネット。
巾1050・高さ2400の扉付きキャビネットを3台ですから、横に並べると巾3150ミリにもなります。
どうしてもレッスンの時間までには戻って来れない可能性があるということで、家内を連れて行かずに、土曜休みで部活もお休みとなっていた長女愛子を助手として同行させ、早朝に出発です。
よりによってなぜに?とこぼしたくなるような朝からそぼ降る雨の中、小説でもおなじみのトンネルを抜ける峠越えのルート。
我が家で一番の働き者「軽トラくん」にすべてを積み込んで、完全なる重量オーバーでのドライブは、恐れ知らずの上信越道経由、関越自動車道を走行するという高速走行をこなして(高速道では60キロしか出ませんでした。超迷惑な車両ですよね。)一路峠道へ。
群馬県内北部、新治村あたりからはだんだんと標高が上がっていくのがよく分かり、猿ヶ京が近づいてくるといよいよ峠道らしい曲がりくねった道なりとなり、徐々に緊張感が高まります。
この度の搬入作業での最大の難所、越後へと続く峠越え。この峠を越せるかどうかが最大の難関だったのです。
幸いというべきか、降りしきる雨は気温の低下を防いでくれ、恐れていた路面の凍結という現象を見ることはなく、あとは軽トラくんの腕次第という状況です。
後ろから追いついてくる他車両にはことごとく追い抜かれ、とにかく息も切れ切れの状態で前進する軽トラくん。猿ヶ京を過ぎ、赤岩のスキー場への分かれ道を通り過ぎていよいよ峠越えは佳境へさしかかります。
この時点での軽トラくんのスピードはサバを読んでもせいぜい20キロ程度。ギアは2速で唸るようにトコトコとのぼり、一度止まったら二度と前進できないのでは思わせるような恐怖の峠越え。
額にも背中にもハンドルを握る手のひらにもじっとりとした汗が噴出してくるような、そんなドライブだったのです。
目の前に最後の茶屋跡が見えるようになり右に大きくカーブすると、たしかその先にはあのトンネルがあるはずだ!と、20年前の夏の太陽の下駆け抜けていった"新潟一号(自転車)"との旅の記憶が鮮やかに蘇ります。
トンネルの入り口がポッカリと姿を見せたときの嬉しかったこと・・・・。
記憶していたよりも少し長く感じたそのトンネルを越えるとあとは下り坂。
そのまま2キロほどで搬入先のリゾートマンションが姿を見せ、もうすっかり搬入が終わってしまったかのような安堵感に包まれたものでした。
まあ、到着してからも14階の部屋までの運搬、部屋の中でもさらに二階部分まで急な階段を運び上げると言う大変な作業はありましたが、峠越えの恐怖に比べればたいしたことはないのです。
トラブルもなく無事に現地を後にした気分の晴れやかなこと!
依頼主にも大変喜んでいただき、何よりなのです。これまでの苦労はすべて吹き飛んでしまうものなのです。
帰りの車中、手伝ってくれた長女愛子と眺めた、陽が傾きつつある山々の景色の見事なこと。
それはまさしく紅葉の真っ盛り、燃えるような山肌でありました。チャン・チャン!