朝のこらむ 01の最近のブログ記事

2010.01.30(土)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -3.0℃


このところ月(Moon)に関する内容が多いように感じていますが、けさも冒頭に触れておきたいと思います。

なんといっても今日は満月。
ほかにも望月とか十五夜なんていう呼び方もあるようですし、英語で紹介しますと「Full Moon」というのだそうです。

昨晩は澄んだ夜空の中、あたりが暮れ色に閉ざされるにしたがい、東の山の上からポッカリと大きな"だいたい満月"が姿をあらわし、目にした人の足を止めたのではないかと思います。

お見事な輝き具合に、部活から帰宅した長女愛子に作業場から連れ出された私かたじ屋も、農道二号線の延長線上に浮かぶ"だいたい満月"に見とれてしまったほどなのです。

あたりがすっかり闇に包まれた時間には、作業場から母屋までのスロープでさえ、ライト無しでは歩行困難になるのですが、このところの月明かりに足元はくっきりと浮かび上がり、昨晩などは村の上空に白色蛍光灯が点灯しているのでは?と思ってしまうほどにあたりは白く浮かび上がっていたのです。

満月ももちろんきれいなものですが、やっぱり少しだけ満たされていない2~3日ほど手前の姿なんていうのもおもむきがあるもんです。

けさもすっきりと晴れている南牧村。
今晩の月はさぞかし見事な十五夜となりそうです。

それでは、よい週末をお過ごしください。
2010.01.29(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 0.0℃


大寒の夜長を、藤沢周平「よろずや平四郎活人劇」でしばし息抜きし、ピアノの間にできた縁側の手あぶり火鉢のなかで赤々と熾る炭火を楽しみ就寝となった昨夜。

火鉢を離れるにあたり、かざせばまだ熱風を感じる熾き火の上から火鉢の中の灰をかぶせ、埋もれ火にしてから離れたのですが、けさその埋もれ火を掘り起こしてみると赤々とした炭火がちゃ~んと姿を現してきたのです。

すごいもんです。

「よろずや平四郎活人劇」の文中にも、<前の晩灰の中に埋めておいた火を掘り出して・・・・>という記述があるように、赤く熾きている炭火は灰の中に保存しておくことでかなりの時間長らえることができるようなのです。

なんてことはないのですが、この灰の中から掘り起こすというのは、なんだか宝物を掘り出すような気分となり、ちょっとしたワクワク感があるものです。

ネズミやリスが食べ物を隠しておいて、あとで掘り出しては楽しむというのも同じような感覚があるのかもしれません。けっこうネズミやリスなどの野生動物たちも『たしか、このあたりに埋めたはずだな~。』なんて考えながら、ワクワク胸を弾ませながら掘り出しているのかもしれません。





おはようございます。
けさの南牧村は晴れ!雲はまったく見当たりません。

気味が悪いほどに暖かかった昨日は日中の外気温が日陰でも15℃超。とても大寒の最中とは思えないような一日となりました。

はるか、西の方角に見えている遠い山並みの白い山肌は、すっかり融けてしまった様子で、けさの眺めに雪の面影すら残っておりません。ついこの間まであんなに冷え込んでいたのが嘘のような気候です。

さて、如月はどんな月となるのでしょう?
2010.01.28(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 1.0℃


昨夜、作業場を出る時間に頭の上にのぼっていたのは宵待ちのお月さん。
あさってには満月を迎えることになりますので、わずかに満たされない部分が見た目でも分かるお月さんです。

「衣類乾燥機の日」と制定されている本日。(誰が決めたのかと言えば、日本電機工業会なる団体が決めたのだそうです。)

南牧村の空模様はいたって平穏であります。
やや薄めの雲の塊が西から東へと目視速度3.2キロメートルで移動していることを除けばいたって平穏、穏やかな様子です。

どうも天気予報では、本日やや崩れるらしいとの予報でしたが、南牧村に限って言えば、曇りが続く程度で雨になりそうな気配は感じられないけさとなっております。

念のために自転車に飛び乗って登校して行った長女愛子には、雨具を携帯させておきましたが、結果やいかに!



おはようございます。

最近、世紀の大発見ともいえる大変な発見をしてしまいました。
私としましては、居ても立ってもおられず誰かに聞かせたいという気持ちで落ち着かないのです。

一体それは何事なのか?
簡単に言えば、食べ合わせの妙。



先日頂いたばかりの沢庵漬けは、待ってましたとばかりに消費され、あさのご飯のお供に、昼のラーメンのお供に、夜は晩酌のお供にと大活躍です。

昨年とはまた違った味となっていますが、今年のものは今年のものでこれまた旨いのです。

何の気なしに、これまたよそから頂いたチーズなんぞと卓に並べて毎晩の日課でもある晩酌をこなしていた私かたじ屋は、ふとチーズをかじったついでに、半分かじったまま小皿に残っていた健康そうな歯型が残る沢庵もパクリ。

まだしっかり口の中にはチーズが残っていましたので、沢庵とチーズは口の中で融合することになったのです。

『ん・・・・?』

なおも食べ合わせた二種の食材を念入りにかみ合わせてゴクリ。

『ムムッ!』

こんどは急いで沢庵を一枚小皿に取り、その上にチーズをトッピングしてパクリ!です。

またまた口の中でこの二種の食材をよ~くかみ合わせてみると・・・・。やはりそうなのです!気のせいではないようです。

『なんじゃこれ~!すっごい旨いじゃないか!』

さっそく子供たちにもこの秘伝の食い合わせを伝授。
子供たちの反応も『うっま~い!』の連発です。

かくして世に言う、「チーズと漬物の食べ合わせは実に旨い!」大発見は成し遂げられたのでした。

もちろん漬物というくらいですから、白菜漬けなんかでも相性はばっちりなのです。チーズは市販されているプロセスチーズでもクリームチーズ系でもOK、ただしカマンベールは個人的にはあまり相性がいいとは思えませんでしたので、好みになろうかと思います。

『ええ~!チーズと沢庵?』と眉間にシワを寄せて軽蔑に近いまなざしを向ける方もいらっしゃるかもしれませんが、これがなんともいけるのです。

ビールにも合いますし、日本酒なんかでもばっちりなのです。
もちろんワインでもOKです。

ぜひともお試しあれ!
2010.01.27(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -4.0℃


きりりと引き締まったけさ。

かたじ屋母屋横の池は全面凍結。
薄氷ですのでスケートは無理です。

まあ、あの小さな池で滑ろうなんて考えているのはこぐまくんくらいのもんですけど・・・。



おはようございます。
南牧村は本日も晴天の気配、空気は澄んで気持ちがいいのです。

子供たちが2階雑魚寝の間から降りてくる再に、布団の中から引っ張り出してくるオレンジ色の湯たんぽをひとつ失敬して、まだ熱いくらいのお湯でゴシゴシと洗顔。

お湯で洗われ、油分が落とされたせいでちょっと突っ張った感覚の顔面がなんともさっぱりします。

布団の中にある間は、じつに保温性に富み、朝まで十分に暖かさを保ってくれるのですが、布団から引っ張り出して放置しておくと、あっという間に冷えてしまいます。

なんといってもスピードが勝負なのです。



うろ覚えの記憶の中から、似たような一瞬の光景を呼び起こすことがあります。

呼び起こされた光景にはくすんだような赤い色の、表面がビロードのような生地に覆われた角が丸くなっているアンカ?たぶん電気アンカだったような気がしますが、もしかしたら30年以上前の記憶ですから豆炭やらなんかをいれて使うタイプだったかもしれません。

確か全体に丸い穴がたくさんついていて、寒い夜にはこれを布団の中にもぐりこませていたような覚えがあるのですが、なんとも頼りないほどの記憶で、ムービーのように流れてはくれずに、場面場面の切り取られた記憶がパッパッとよみがえる程度なのです。



断片的に浮かんでくる東北秋田での暮らし。
たしか、台所の隣の部屋には大きな石油ストーブがあって、あさ子供たちが起きてくるころには家の中がぽっかぽっかに暖かかったような気がします。

今から思えば、両親たちは早くに床を出て、ストーブに火を入れ、暖かくしていてくれたんでしょうね。

毎朝届く牛乳配達員の配る瓶入りの牛乳は、取りに行くのが遅れたりすると、瓶の紙蓋が凍りついた牛乳に押され、うえからかぶせられていた薄紫色のセロファンのようなビニールごと持ち上がっていたもんです。

なんだかそれが嬉しくて、ときには完全には凍結していない固めのシャーベット状牛乳をほじくりだしては砂糖をまぶして食べた記憶は鮮明なのです。

よくやったのはミカン。

ミカンをよく外に置いて一晩越して、冷凍ミカンを作って食べましたね~。
そういえば最近、冷凍ミカンを食べていません!

電車に乗って遠くに出かけることもなくなりましたし、だいたい今でも駅の売店で冷凍ミカンなんて売ってるんでしょうか?ちょっと溶けかかった時の食感がたまりませんでした。

とまあ、脈絡のないようなあるような虫食い状態の文面となりましたが、思い出し始めると、どこかで繋がっているらしく、つぎつぎつぎつぎといろんな場面が思い浮かんできてしまいます。

おなじ30年前のことでも、遊んだことや悪さしたときのことは"くっきり・すっきりトリニトロン!"のごとく、鮮明なムービーとしてよみがえるんですから不思議なものです。
2010.01.26(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -1.0℃


昨晩の月は、上弦の弦がふくらみを増した蒼白き月となりました。
煌々と照らされた地上では、あらゆるものがしっかりとした影を見せて、静まり返っていたのを見たでしょうか?   ちょっと一服、玄関を出た私は目撃しました!

けさの南牧村は、白ぼけた上空に雲らしき影を見ることはありません。おそらく日中は真っ青な空色に覆い尽くされるのではないかと推測します。

さて、おはようございます!
今日も体調万全、やや理想体重をオーバーしてはいますが好調を維持している私かたじ屋。

・・・・すみません!つい、うそを書いてしまいました。「やや」というのはあきらかな嘘でした。正直に書きますと・・・。
「今日も体調万全、かなり理想体重をオーバーしてはいますが好調を維持している私かたじ屋。」となります。お詫びして訂正させていただきました。





我が家がこの地に来たときから、庭先の片隅で放置され、傾いたまま野晒しにされ、溜まる雨水は濁り、舞い込む枯葉は何年にも渡って重なってすっかり土となっていた円形の刳りぬき椚石。

寸法は高さ1尺3寸(およそ400ミリ)、円の直径1尺8寸(およそ550ミリ)、刳り抜かれた内寸直径は1尺2寸9分(およそ390ミリ)。

形状としては臼の形を想像していただければよいかと思います。

聞くところによれば、その昔昔、雨水を溜め込んで金魚なんぞを飼っていたらしいという刳り抜きの椚石。

我が家の住人にも振り向かれることなく、庭先の片隅でひたすら野晒しに耐えていたのですが、昨日午前中を持って、かたじ屋母屋内「ピアノの間」御用達の手あぶりの火鉢として大出世を果たしたのでした。



以前からこの刳り抜きの椚石の存在には気が付いていたのですが、なにせ薄汚れて苔生していましたし、ちょっと動かした感触としてとてつもなく重いことを感じ取っていましたので、なかなか利用してみようという気が起こらなかったのです。

玄関土間に鎮座する、やはり刳り抜きの角椚石には、この時期午前中は熾き火がくべられ、冷え冷えとした広い土間空間を柔らかく暖めてくれていたのですが、やはり冷え冷えとした「ピアノの間」にはな~んにも無いのです。

そんな時私の脳裏に浮かんできたのが、あの薄汚れて野晒しとなっていた円形の刳り抜き椚石でした。



昨日の午前中、こなさなくてはならないデスクワークを片付け、請求書、見積書等々をクライアントに届けてから、お昼までに少々残る時間を利用して、例の円形の刳り抜き椚石を庭先の隅っこからゴロゴロゴロゴロ転がして引っ張り出し、何十年にも渡ってこびりついた汚れ、苔、泥をきれいさっぱりに洗い落としたのです。

よく晴れた一日でしたので、お昼休みの間ゴロンと転がしたまま乾かしておくだけで、午後一にはすっかり乾き、家内と2人で目的の場所「ピアノの間」に向かっていざ出発!です。

距離にしてわずか20メートルほどの距離でしたが、これがなかなか大変なのです。とにかく思い!間違えました変換ミスです。「とにかく重い!」でした。

家内と2人で抱えてもとても持ち上がるような代物ではありません。

考えた末のアイデアは、搬入の再に製品の養生をするためにとってある毛布。この毛布を床に敷きその上になんとか転がして乗せてから2人で引っ張って移動という案だったのですが、これが思いの外楽チンなのです。

ずるずる引っ張っていっても床を傷つけることもありませんでしたし、毛布は床の上をよく滑るのです。なんなく目的地「ピアノの間」に到着し、あれやこれやと配置を検討です。

『もうちょっと手前にしてみようか。』

『ウ~~~ン・・・・。』

『まわりにこうやって椅子を並べてみたら?』

『なんかちがうなぁ・・・。』

『縁側に置いてみよっか!』

『ヨイショ・ヨイショ。どうかな?こんな感じで。』

『・・・・・・(ふたりそろって)いいねぇ~!』

ということで、鎮座する位置も決まり、晴れて篩いにかけられた白い灰を敷き詰められて終了となりました。

今朝はさっそく、薪ストーブで出来上がった出来立てホヤホヤの熾き火を入れてもらい、なんだか嬉しそうな刳り抜きの丸椚石。長い間の不遇を恨むことなく、これからの椚石人生を活躍していって欲しいものです。

家の中の手あぶり火鉢っていいもんです。満足・満足!
2010.01.25(月)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -3.0℃


週も明けて月曜日の南牧村から、おはようございます。
けさのかたじ屋上空はおおむね晴れ、空気は冷やされてそれなりに冷たい肌触りを感じます。

庭先のドラム缶の中には、昨夕までくすぶり続けていた焚き火のなごりがまだ残っていると見えて、白い灰の近くまで手のひらをかざしてみると、ほんわかとしたぬくもり。




2カ月あまりに渡って、かたじ屋前の薪小屋脇に放置され続けていたケヤキの巨大な玉切り材。

2尺5寸角(755ミリ)はあろうかという巨大なケヤキの玉切りは、長さ5尺(1510ミリ)のものが2玉転がっていたのですが、昨日の午後、こぐまくんと2人で(正確には1人と1匹)薪用の長さにチェーンソーカットして、さらにこまかく割りクサビで割り込んできれいさっぱりと片付けてしまいました。

内部にはおおきな洞ができており、半分はふけてスカスカとなっているせいで、銘木屋さんからお払い箱となった材なのです。

仕事用の材には当然使えませんが、薪としては十分すぎるほどに利用価値がありますので軽トラくんで運んではきたのですが、一玉積んだだけで軽トラくんが限界となるほどの重量に、薪小屋横っちょに降ろしておくだけで精一杯。

降ろした地点からは、押しても引いてもウンともスンとも言わないほど巨大で重たいケヤキは手をつけるにはかなりの決心が必要だったのです。


5尺長さの玉を更に薪用の長さに玉切りするに当たっては、目立てしたばかりのチェーンソーを刃渡り一杯にカットしても材の半分にも届いていないために、反対側からまたまた刃渡り一杯にカット、真ん中に残っている届いていなかった部分は真上から刃が届くところまでカット。

最後に残る下からの部分は、てこの原理を応用して巨大な材を少し、また少しと浮かせてはかいものを挟み込み、6回ほど繰り返してあと一押しでゴロンと転がるあたりまでかいものを高くしてから一気に最後の一押しをかませて『ドッサーン!』。

ようやく1/4回転させて、残りの部分をカットして、一玉終了です。

ふたつの巨大なケヤキの大玉からは薪用の長さが8玉分とれ、それぞれの玉に割クサビ用の割筋をチェーンソーで付けてからクサビを叩き込みさらに6分割。

さらに6分割された材を薪として使える大きさにするためにまたまた6分割。これでくべられる大きさとなるのです。それも我が家の薪ストーブにくべられる薪材としてはかなり大きいほう、これ以上こまかくするのは至極面倒なので、かなり大きく木取りです。




さっぱりと片付いた薪小屋横には、チェーンソーの切りくずが山のように溜まり、これを掻き集めてはドラム缶の中でくすぶらせていたのです。

まだほんわかとぬくもりが残るドラム缶。
さっぱりと片付いたかたじ屋母屋前の庭先と薪小屋横っちょ。

昨日の格闘が夢のようなのです。
2010.01.23(土)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -1.5℃


おはようございます。
"さたでぇ~!"を迎えた南牧村上空は、いまのところ低い雲に覆われ、辺りはこの時間にしては薄暗く感じる朝となりました。

東の山並みの上に雲の切れ間があり、すでに明るさを感じる山並みの向こうからの光を下から浴びてうすくオレンジ色に光っているのがなんとも不思議な光景を見せてくれています。




本日木工房かたじ屋は、めずらしく現場仕事ということになっておりまして、朝からちょいと忙しない状態となっているのです。

早朝から積み込みをして、現場での設置作業がほぼ一日かかる予定。
無事に予定通りに設置できるといいのですが、ちょっと不安・・・・。

以前にも書き込みました近隣の町の高等学校・校舎内に設置する大きな掲示板の制作から設置までを依頼されての作業ということになります。

これから朝ごはんをしっかり頂いて、早速作業場に下りていきたいと思います。
それでは本日はこれにて。

よい週末をお過ごしください。
2010.01.22(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -0.5℃


おはようございます。
辛うじて朝の外気温マイナス圏を達成している、けさの南牧村です。

体感としてはあんまり寒くは感じません。
もちろん個人差があると思いますので、あくまでも私の感覚としてあんまり寒くは感じないということですので、人によっては身も凍るほど寒い朝だと感じる方もいらっしゃるかもしれません。

ご判断は自己責任にてお願いします。




いよいよ始まりました!通常国会。

作業場内のラジオから流れてくる予算委員会の質疑応答に立つ野党議員先生方の質疑は、その多くが『新聞によりますと・・・・』とか、『報道によりますと・・・・』とか、『関係者の話によりますと・・・・。』などのオンパレードです。

『総理のお母様からの・・・・。』とか、『逮捕された石川議員の・・・・。』とか、『小沢代表の元秘書の・・・・。』の決まり文句も、質問席に立つ議員、立つ議員、判で押したように尋問に命をかける"若き検事見習い"といった具合に、己が質疑になかば酔いしれたご様子。

およそ、予算委員会の中での、国家の仔細を詰め合う会議の場とは思えないような内容に終始している様子を聞きながら、『この人たちは何しに国会の場に来ているんだ?』と、疑問を感じるほどです。

聞いている一般ピープルの私のほうが、なんだか恥ずかしくなってきます。

きのうは偶偶("たまたま"ってこんな漢字なんですね。びっくり!)だったのか、追求のソースももっともらしく聞こえてはいましたが、いずれも根拠に薄い報道ベース・関係者の話によるとベースですから、それ以上突っ込んでいけないでいるのがラジオからでもよく分かります。

その程度のことを突っ込み、穿るくらいなら、黙って司直の判断、成り行きを見ていたほうが良いのではないかと思います。まだ何が真実なのかさえ分かっていない段階ですから、報道ベースに舞いあがっている場合ではないと思います。

それにしても内容が安易で幼稚過ぎるのです。
近所の井戸端じゃあるまいし、ゴシップ雑誌片手ににわか仕込みの演説をぶっているようなものです。

もっと与野党合致して真剣に討議しなくてはならないことがたくさんあるだろうにと、ラジオ傍聴席の私は少々しらけ気味の昨日でした。

きょうはもう少し建設的な、国家の将来を睨んだ闊達な質疑応答が聞けるでしょうか?
あんまり期待してませんけど・・・・。
2010.01.21(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 5.0℃


けさのコーヒー係は私となり、キッチン前のカウンターに置かれたコーヒーメーカーにマグカップで5杯分のコーヒーをセットしていると、ふと、"聞き慣れない"と思えてしまう音を私の耳がキャッチ。

音の正体は西側に張り出された台所部分の屋根・トタン屋根をかすかに叩く雨音です。なんだかしばらく振りに耳にした雨音はかすかで弱弱しいものでしたが、ずいぶんしばらく振りに聞いたような気がしたのです。

けさの、ちっとも寒くないまろやかな空気は、どうやらこの雨を落っことしている雲が低く膜をつくっているせいのようです。

おはようございます。
全国的に暖かくなった昨日・一昨日の余韻を引きずったように、けさの南牧村は暖かい朝となりました。
上空には低く灰色の雲が這い、ゆっくりと流れています。

夕方からはまた、冬の気配に戻って行くそうですから、油断は禁物です。なんてったって大寒ですからね。




『何でも許してくれるけど、なんだか私に真っ直ぐに対してくれていない!』と子供ながらに感じているのかもしれません。

『学校に行っても、せっせと先生たちの気をひこうと、関心を示してもらおうと、私だけに向いてもらおうと、わがまま三昧を試してみるけれど・・・・。やっぱり私に真っ直ぐに対してくれていない!』

『みんなの中の一人の存在でいいんだけど、たまには視線を外せないほどに真っ直ぐに向き合ってほしい!本気で私に向いてほしい!』

幼い子供たちはみんな、見て!・・・私を見て!・・私だけを見て!と心の中で思っているものなのです。そしてほんとうの意味で真っ直ぐに向いてくれる大人に対しては、疑いもなく信頼を寄せ、注がれる愛情を遠慮することなく吸収していきます。

大人が示す上手にあしらうような対応を敏感に感じとって、幼子の本能で『この人は本気で向いてくれていない!』と識別しているのです。うまくあしらったつもりでいる大人のほうが実は幼子たちに選り分けられているのかもしれません。

団体の中に居たり、家族という中でいたりすれば、いつもいつもその子供にだけ注目し真っ直ぐに向き合うというのは難しいものです。

よく注意を払い、必要なタイミングに、まばたきもできないほど真っ直ぐに向き合ってあげることが大切です。

ときには真っ直ぐに向き合って叱り、ときには真っ直ぐに向き合って遊び、ときにはたっぷりと褒めてあげられればグットなのです。子供たちはそんな瞬間を味わうことで十分に満たされ、信頼を寄せることができるのです。

大人の上手な対応ではないのです。

必要なのは、その子にだけ向き合っている瞬間を作ってあげて、その子の心の中の満たされていない部分を柔らかく包んであげるだけでいいのです。難しいことを必要としているのではなく、いつもはついでになって斜な向き合い方しかできなかったものを、ときどきでいいから足を止め、幼子の『私だけを見て!』という心の声に耳を傾けてあげられればきっと安心すると思うのです。

わがままで手に負えない子。
周りとは違う変わった子。
みんな心の中には、年齢に見合った小さな心を持っているのですから、見つけてあげたいですね。
2010.01.20(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -1.5℃


日中は春先のようなぽかぽかの陽気に包まれた昨日の南牧村。
青くて高い空が猫額な南牧村の上空に広がって、お昼休みには訳もなくブラブラと農道二号線を散策してみたくなりました。

まだまだ気を緩めるわけにはいかず、ほんとうの寒さはこれからが本番だ!と引き締めながらも、陽気を楽しんだ私かたじ屋でありました。

今日はさらに暖かくなるんだそうです。日中の暖かさはなんとも嬉しくなるものです。

おはようございます。
けさもどうやら快晴らしき空模様です。

まだ明け切っていないせいで、白ぼけた色をしていますが、朝5時過ぎの空にはまだたくさんの星たちがきらめいていましたので、空気は澄んでいるものと思われます。

テレビやラジオでも取り上げられていますのでご存知だろうとは思いますが、今日20日は大寒の入り。

1年でもっとも寒さが厳しき時期となります。ということは、この大寒があければこんどは寒さが徐々に緩んでいくということですから、最後の正念場といったところでしょうか。




・・・・・・むむっ。
なんか今朝はな~んにもネタが浮かんできません!

乾燥した毎日が続いているせいでしょうか?私の脳みそまで枯渇してしまったのかもしれません。ネタ帳を開いてみましょう。

あーそうそう、そういえば、この村に移住してきてから加入した、村のCATV回線を利用してのインターネットサービスとメールアドレス。

インターネットは引き続き利用させていただいておりますが、2年程前から民間のサーバー領域のレンタルを利用することに伴って、自前のアドレスを取得し、HPもメールも自前のアドレスを入手できるようになりましたので、ほったらかしにしてあった「〇〇@nanmoku.ne.jp)」のメールアカウントを閉鎖してもらったのです。

それまでは毎日毎日、飽きもせずに送りつけられてくる意味不明・解読不能・チャンチャラおかしい・等々の、いわゆる迷惑メールが大量に届き、まとめて削除するという無駄な作業が続いていたのですが、旧メールアカウントの閉鎖に伴い、ほとんどといってよいほど迷惑メールの類が来なくなったのです。

新たなメールアドレスももう十分に浸透した頃合でしたので、とくに不具合も不自由もなく移行完了で、なかなか調子はよいのです。

まあ考えようによっては、あの大量の迷惑メールの山の中から、意味を持った有効なメールを嗅ぎ分けていく作業もまた面白かったといえばそうなので、最初の頃はちょっとだけ「つまんない!」という気分があったこともまた真実なのです。

まあ、でも暇な人たちがいるもんですよね。
なんとかクリックして開いてもらおうと、ありとあらゆる知恵をかき集めたような件名には、ときに笑ってしまうような努力を感じるものもありましたが、何をやっている人たちなんでしょうか。

一度、その仕事場とやらを覗いてみたいような気もします。

2010.01.19(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -2.0℃


おはようございます。

けさも明るくなってきた上空には一片の雲もありません。
きのうも一日中、真っ青な澄みきった空が広がっていたここ南牧村は、連チャンの快晴となりそうな気配。

まだ十分に温かい、というよりも熱いくらいの湯たんぽを片手にぶら下げて洗面所に。
洗面台の玉チェーンにぶら下がっている黒いゴムの栓をキュキュっと閉めて、湯たんぽのキャップを開けて逆さまに・・・。

ちょうど顔を洗うのには都合のいい湯量&湯加減。
両手でお湯をすくい上げ、ゴシゴシと髭面をこすれば『はぁ~~~、さっぱり!』となります。

仕上にタオルできれいさっぱり拭きあげると、髭面の皮膚が少しつっぱったような感触に心地よさをかんじるのです。   ここで、ニベアでも塗ってやればしっとりツヤツヤのお肌になるんでしょうが、この髭面にニベアというのはいかにも不似合いということでニベアはお預けです。




この村にある独自の放送設備は村営のTV局を筆頭にインターネットサービス、付随するメールアカウントサービス、TVも自前の放送番組を持ち、週替わりで最新の村内時事ニュースやお知らせなどを提供してくれますので、毎週楽しみにしている方が多いのではないかと思います。

我が家も番組内容が入れ替わる火曜日になると、昼食後12:30にはチャンネルを5番(なんもく・ふれあいTV)に合わせ、『今週はなんだろうね。』という感じで期待に胸を膨らませながら見入っております。

以前は番組作りもそれほど変化のない、いたってオーソドックスな手法で制作されていたようにおもいますが、このところの編集や制作手法にはなんだか斬新な手法がそこかしこで見られるようになり、画面の切り替え方や差込方に『おぉ!かっこい~!』と、思わず拍手です。

なんだか民間の放送局並みの番組作りに感じる場面もあり、『なんもくTV、なかなかやるな。』と、一人唸っております。

その時期その時期、村内や村に関係のある行事、出来事をタイムリーに紹介してくれますので、家に居ながらにして臨場感を味わうことができるのです。

驚くなかれ!年に何度かは、民放の放送局でももっとも緊張するというライブTV(生放送)さえこなしてしまうのですから、満足な機材が十分に整っているとは言い難い山村の小さな村のTV局としては、よくがんばっているなぁと感じています。

もうじき、朝日新聞の最終ページ・テレビ欄に、「5チャンネルなんもくふれあいTV」という欄が登場することも夢ではないのかもしれません。そりゃ、ちと無理か・・・・。
2010.01.18(月)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -5.0℃


このところ、3日ほどでしょうか、家内のほうが早く起床しています。

目覚ましの音にはすばやく反応をしているのですが、なんだかぬくぬくの布団から出られずに一足遅れて2階雑魚寝の間を後にしてしまう私かたじ屋なのです。

昨晩は9時を待たずして、薪ストーブの前で昏睡状態に落ちてしまったこぐまくんを無理やりトイレに連れて行き、そのまま寝かせるために2階に連れて行ったのはいいのですが、不覚にも私まで一緒にそのまま寝入って今朝を迎えてしまいました。

おはようございます。
月曜日の南牧村はしっかりとした冷え込みの中スタート。

一番先に寝てしまったこぐまくんは、もうろうとしたまま起床して現在一階薪ストーブ前、長座布団の上に転がっております。

先日沖縄でおこった、水温低下による仮死状態のまま浜辺に打ち上げられた魚のような状態で突っ伏したままピクリとも動きません。あっ、いまお尻がピクっと動きました!どうやら生きているようです。




よく言えば大胆、でもどう考えてもなんにも考えていないと言わざるを得ない家内の薪投入術。

私がいつも担当している朝のストーブ薪投入なのですが、前述しましたようにこの数日は家内のほうが先に起床しているために下に下りると薪を投入してくれているのです。

けさの薪投入はあまりにも大胆。
わずかに残る昨晩からの熾き火に対して、いきなりのドデカイ薪の投入という暴挙に出ていたのです。

慌てて降りていったときには遅く、空気工を全開にしてもなかなか燃え上がることができずにくずぶっている我が家の薪ストーブを発見です。

苦しそうにあえぐ薪ストーブをなだめ、投入されているドデカイ薪を動かし、小振りの薪を間に挟みこむことによって燃え上がりを活発にさせたい私。

ようやく元気を取り戻して、空気口からの新鮮な空気を一杯に受けてゴーゴーと唸りを上げ始めた薪ストーブは徐々に温度を上げ始めたのでした。

あのままドデカイ薪で稼動していたら、不完全な燃焼が続いて、なかなか温度が上がらなかったことは想像にたやすい状況。まったく大胆不敵というか、どうやったら効率よく温度を上げていけるかなんて考えていないのです。

「空気の流れを考えて投入するべし!」とは、幾度となく教えてあるのですが、なんせ知る人ぞ知る天然〇〇と人に言われるほどの家内ですから、しようがないのかもしれません。




現在は、すっかり勢いを取り戻した我が家の薪ストーブ。
これでもかっ!というくらいに元気よく燃焼しておりますので、とりあえずはめでたしめでたしということになりますかね。
2010.01.16(土)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -4.0℃


ちらりと雪が舞ったのか、外はほんとうに薄っすらと、すっぴんに一重の白粉でも撫でたように、うす~く積もっています。

はやくも前回の土曜日から一週間、またまたやってきました今週の"さたでぇ~!"ということで、南牧村は土曜日を迎えております。

おはようございます。
頻繫にしがまっこ(こおり)の姿を見るようになってきたこの頃。
目の前を流れる南牧川の川岸にも両岸に巾50センチほどの透き通った氷がところどころ張るようになり、川の流れから切り離されて溜まりとなっている箇所では、かなり厚めの氷が形成されつつあるようです。

日の当たらない向こう岸ですので、これからますます氷は厚くなり、完全に下まで凍りつくと小さな小さなスケートリンクとなるのです。

何でなのか分かりませんが、道路上でも川岸でも、氷結した箇所を見つけるとなぜか勢いをつけて滑り込み、ツ・ツ―っと滑ってしまいます。人間が持っている本能なのでしょうか?凍っているところを見つけるとなぜか滑ってみたくなっちゃうのです。

その距離が長くなればなるほど意味もなく嬉しくなってしまい、とくべつ急いでいるわけでもなければ何度となくスタート地点に戻っては勢いをつけて走りこみツ・ツ―。

こんどは凍りついたぎりぎりの地点から滑り込みぎりぎりの所まで挑戦。

そこがアスファルト上なら、氷とアスファルトの境い目あたりまで滑り、最後にアスファルトでつんのめるまですべることができてこそ出現したミニミニ・スケートリンクを制覇した満足感を得ることができるのです。

この、力を使わずに自分の体を移動させることができる「滑る」という行動には、子供に限らず大人までをも惹きこんでしまう不思議な魅力があるように感じます。

例えばかたじ屋前をはしる農道二号線。
車もたまにしか通らず、人通りもまばらなこの道路上にも、今の時期は条件が揃えばかなり嬉しくなってしまいそうなほどの、巾こそ広くはありませんが長さは十分な黒々と光るミニミニ・スケートリンクが出現します。

登校・登園時には我が家の娘たちとこぐまくん、そして長靴を履いてエプロン姿の無精ひげがむさ苦しい、ややイチロー君に似た風貌の(イチロー君ごめんなさい!)中年男が人目を気にしながらもやはりツ・ツ―!

ときにはお散歩でよく通る、しかめっ面の無愛想なあの年配者のおじさんまでが、ジッと氷結した地点に視線を送り、しばし思案。やがて少しかがめた腰つきでそれなりに助走をつけて走り込みツ・ツ―!っと「滑る」という魅力に捕まってしまう光景を見てしまうこともあるかもしれません。

いまのは、あくまでも想像の範囲を脱していませんのでご理解ください。

さて、今年の農道二号線ミニミニ・スケートリンクはどのくらいの規模のリンクとなるのでしょうか、長靴も最新モードの、しかも¥2980-と大いに奮発して準備は万端、楽しみなのです。
2010.01.15(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -6.0℃


昨日よりもさらに冷え込んだ今朝の南牧村はジャジャ~ン!氷点下の6℃を記録いたしました。
空気も乾燥して、玄関を一歩外に出ると鼻の奥のほうがツーンとしてくる朝の気配のなか定刻の観測に行ってまいりました。

薪小屋測候所までの道程に、だらしなくとぐろを巻く散水用のホースは、カチンカチンに凍りついてそのまんまのかたちで持ち上がり、四つ割にされて干されていた白菜は、ゆうがた玄関内に入れ忘れていたせいで今朝は固く凍りついています。・・・大丈夫なんでしょうか?

おはようございます。
一年のうちで一番冷え込む時期に入った南牧村。もう数日で大寒なのです。

そんな寒さの中、朝っぱらから所用がありますので、けさはご挨拶のみとさせていただき失礼をさせていただきますことご容赦願います。それではこれにて。
2010.01.14(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -3.5℃


今朝はやや冷え込みましたが、山梨県は富士山麓・山中湖村の比ではないようです。
昨晩の山中湖村ホテル・フジヤマ周辺の外気温はマイナス15℃だそうです。一体どんなところなんでしょうか?まるでシベリアです。

山中湖村に比べれば可愛いような冷え込みとなった南牧村は朝の気温マイナス3℃。うす雲が広い範囲に広がって、明けぼけた空の色なのか、うす雲の色なのか見分けがつかないでいるけさ。

おはようございます。
絶え間なく細い水量で流れ落ちる水で、池面は常に動いているはずなのですが、けさは凍り付いています。

なにもかもがジッと動きを止めてこらえている季節。
ただひたすらこの時期をやり過ごそうとしているんでしょうね。

ここかたじ屋から目に映る木木たちは、そのほとんどが葉を落とし、あるいは常緑の木木たちは青青とした葉を広げながらも活動自体は停止しているように見えます。

風に吹かれればなすがまま、雪に降られれば黙って被り、だるまさんこ~ろんだ!で動きを止めているようにも見えます。もしかしたら、私が視線をそらした隙にかゆい所をポリポリ掻いているなんてことはないんでしょうか?案外、ありえるかもしれません。




先日、農道二号線脇に育っている胡桃の木を、一本切ってもらえないだろうかと頼まれた私かたじ屋。

『お安いご用でさっ、だんな!』ってな具合で、さっそく愛用のチェーンソーを片手に土手側に降りてゆきます。

径にして9寸丸位でしょうか。
なんでも胡桃の木は、なめこだったか、なにかのきのこ類を種付けするのにいいのだそうで、土手から飛び出して川原の上に広がった枝枝を、川原に落とさないように切ってほしいということでしたので、ロープで枝先を結わえ付け、滑車をガードレールの柱に取り付けて農道側に引っ張りながらの伐採です。

張り出した枝先に結わえ付けたロープ。
胡桃の木によじ登り、太く張り出した枝伝いに猿のように上へと移動する私。眼下には土手の地面は無く切り立った崖のそのまた先、はるか下方に川原の石ころたちが見えているだけ。

さすがにちょっと怖くなってきます。
このまま枝が折れちゃったら・・・。とか、手が滑ったりなんかしたら・・・。

よからぬ想像をしてしまい、思わず雑念を振り払うように頭を振ります。

まあなんとか震える手足を押さえつけながらの高所作業となりましたが、無事にロープを結わえ付けて地上に生還。

さっそく滑車に通して、ロープを頼みに来たおじさんに力の限り引っ張ってもらいながら9寸丸の幹にチェーンソーを入れていきます。

なにもかもが枯れて、動きを止めている季節。
当然木木たちも仮死状態かと思っていたのですが、どっこいその内部では脈々と生命の営みが続けられていたのです。

幹に倒したい方向への受け口を作ってみると、なにやらじんわりと水が染み出してきたのです。気にせず受け口の反対側から追い口を切るとその水の量がどんどん増えてくるのです。

なんだかよく分からないけど・・・・すごい!

まさに今、命ある胡桃の木を切ったのだ!というなんともいえない罪悪感に似た感情が胸の中にゆっくりと湧き上がり、『さぞかし痛かっただろうなぁ・・・・すまん。』と心の中で呟いたとき、9寸丸の胡桃の幹は予定通りの方向にビシビシビシという音と共にゆっくりと倒れ、川原への落下はなんとか避けることができたのでした。

その切り倒された幹の小口から、そして切り株の小口からは噴出すが如く水が流れ出てくるではありませんか!驚きなのです。

今まで何度と無なく生木を伐採したことはありますが、これほどまでに水が噴出したことはありませんでした。滴り落ちる程度か、ジワァ~と染み出す程度でしたからその勢いに驚いてしまったのです。

あんなにも水を吸い上げて、蓄えていたんだなぁとおもうと、なんとも申し訳ないような複雑な気分なのです。幸いにもひとつの根元から股別れした一方だけの伐採でしたので、もう一方は残してあり、きっとこの季節を過ごして暖かくなったら、またいつものように大きな葉を広げ、花を咲かせ、たわわにぶら下がる実をつけてくれる事だろうと思います。

それにしても、木はすごいのです。
2010.01.13(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 0.5℃


おはようございます。
南牧村の磐戸地区・かたじの地は、マイナスの朝を脱してわずかにプラスの0.5℃を記録しています。

空は雲の多い、東北地方の冬のような空模様です。
まだ外がうす暗いせいかも知れませんが、まるで東北地方の、鉛色に垂れ込めた冬空のように映ります。

あたりが明るくなってくれば、今よりもう少し明るい空になってくるのかもしれません。

いつものように、朝の"牛乳入りこーしー"を喉から流し込みながら、燃え盛る薪ストーブの前で朝ズバッ!の画面を眺めていたら、あっという間に時間が流れ、外はすっかり明るくなってきました。

再び外の様子を確認してみると、東北地方の冬空に見えていた空はずいぶん明るさを取り戻し、低く流れる雲も切れ切れとなって、はるか上空の青い空がところどころ望めるようになっています。

パラパラと小さな氷の塊が上空から落ちて、冷え切った大地で融けもせずにコロコロと転がっている明るくなってきた今朝のかたじ屋周辺なのです。




きょうは長女愛子の通う中学校では「スキー教室」だそうで、自前のスキー板とブーツ、ストックにウェアー一式をお気に入りのバックに詰め込んで登校です。あっ!念のため説明しておきますが、スキー板とストック・ブーツはお気に入りのバックには詰め込んでいません!ウェアー一式のことですので・・・・。

私が小学校の頃は冬の間にスキー週間のような期間があり、たしか二週間くらいだったでしょうか、体育の授業はすべてスキーということになり、体育のある日は無理やり2時限くっつけての授業で、見渡す限り真っ白な校庭や校内にあるちょっとした坂道を利用してレッスン。

スキー週間の後半はみんなでバスに乗って、近場のスキー場で一日中スキーをしていた記憶があります。

やはり秋田の豪雪地帯・鹿角盆地でしたので、アルペンスキーやノルディックが盛んだったようで、小学校にはスキー部のようなものがあり、放課後には校門の前の急勾配の坂道にポールを立てて練習している子供たちの姿や、小学校の敷地内をひたすらノルディックスキーで走っている姿が当たり前のようにあったものです。

近くの中学校・・・・たしか、尾去沢中学校?には、校庭のすぐ隣の山の斜面にジャンプ台があり、冬の季節になると、ジャンプ台から鳥人間のように板をはいた人間が飛び出してくるのを飽きもせずに眺めていたのを思い出します。

スキーのジャンプ競技というのは、東北の子供たちにとって特別な存在だったような気がします。

おなじウィンタースポーツの中でも別格、なにか無性に興奮を覚える一段高い敷居の手の届かない競技だった記憶がありますね。

ときどき流れる日曜日の某NHK。
ジャンプの中継などがあると、食い入るように画面に釘付けとなってしまうのは、いまでも自分の中に流れ続けており、不思議な高揚感をもたらしてくれるのです。

一度だけ、小学生の頃よく行った隣町の町営スキー場にある競技用のジャンプ台から飛び出したことがあります。

あの頃は怖いもの知らずだったんでしょうね。
巾の狭い階段をひたすら登って登って登って。

ジャンプ台のアプローチバーンなかほどで振り返ったときの眺めは、いまでもはっきりとよみがえります。

まるで谷底に向かって真っ逆さまにのびて先端が滑り台の先っぽのようにそりあがっているジャンプ台。そこから先のランディングバーンがまったく見えないのです。

恐れ知らずの少年かたじ屋は、アプローチバーンなかほどの高さで決心して踏み出したのです。手に持っているのは・・・・プラスティックでできた青いソリ。そうです!ちいさな子供たちが子供ゲレンデでお父さんと一緒に乗っているあのソリなのです。

友人と三人で行ったいつも行く町営スキー場。
ひょんなことから、『あのジャンプ台から、ソリで飛んだらどうなるか?』という話題になり、ためしにやってみるべ!という話になったような記憶があります。

友人二人はランディングバーンの下りからブレーキゾーンの上り勾配になったあたりで待機。飛ぶのは少年かたじ屋でした。

踏ん張っていた両足を離し、安っぽいソリの中に収納。ソリ前端からのびる白い手綱のような紐をしっかり握りしめて滑り出した青いソリは、新雪のせいでいまひとつ乗り切れないスピードのまま、それでもあの勾配ですから徐々にスピードを増してそのままカンテ(踏み切り台)に突入。そしてジャ~ンプ!

ほんの一瞬の空中散歩でしたが、その瞬間はふわんと空中に投げ出されて宙に浮いている感覚です。今にして思えばただただ落ちていくという構図だったのかもしれませんが、忘れられない感覚のひとつですね。

そこから先はどうなったのか?と言えば、まあ、悲惨な結果とだけお伝えしておきます。
簡単に説明しておきますと、着地と同時に青い"空飛ぶソリ"は粉々に砕け散り、あの長くて真っ逆さまなランディングバーンを友人二人がまつ地点までひたすら転げ落ちた少年かたじ屋でしたが、不思議と怪我は無かったようです。

もう二度とできません。
2010.01.12(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -0.5℃


いつもの時間からすると、ずいぶん暗さが残る今朝の南牧村。
薄暗い中、上空に目をやれば、なんとなく湿度を含んだうす雲に覆われている気配を感じます。

地上の空気は柔らかさを含んで、このところ続いていた張り詰めたような冷気は感じません。昨晩の足元から這い上がってくるような夜気はどこへ行ってしまったのでしょうか?

おはようございます。
お天気お姉さんの「根本くん!」は、午後からは雨か雪が降るかもしれないとの予報をたてていますが、ここ南牧村も雪の予報に該当するのでしょうか、気掛かりなのです。

どうせ降るなら深深と降る雪を希望しているのですが、どうも時間帯からして雨となるかもしれません。




県内の某高等学校、校内にいくつかある大きな掲示板。
県産の杉・桧を使用しての制作依頼を受け作業中の木工房かたじ屋。

高さ寸法1000ミリでその長さはなんと10メートルのものが1基と、長さ約5メートルのものが2基、そして1.5メートルのものが1基ですから、かなり大きい掲示板の制作です。

既存で、同じ寸法の掲示板が校内各階の廊下に設置されており、経費節約のためか、既存掲示板の撤去をせずにそのうえからかぶせるかたちで設置するのだそうです。これが思いの外面倒なのです。

依頼は隣町の森林組合からのものですから、当然使用する材料は荒木での支給となり、板面に使用する杉板を削って仕上て、分決めをして、オス・メスの実(さね)加工を施し、面取り加工をしてから板面下地材に45度の斜め張りでジグザグに貼り付けていくのです。

できるだけ設置現場での加工を無くすために、できる加工はすべて作業場でこなしておき、現場では組み立て・取り付け程度の作業で済むようにしておかなくてはなりません。

もちろん10メートルもの長さの掲示板を一体で作ってしまっては運び込むことができませんので、すべて2400ミリほどのパーツにして搬入・組み立ての予定でいるのですが、それでも結構なサイズなのです。

既存の掲示板の上から嵌めこみするわけですから、寸法のほうもかなり正確に作っておかなくては後が面倒となります。

最近とくに物忘れが激しくなってきていると危機感さえ抱いている私の脳みそをフル回転させて、あらゆる条件を想定、仕上がりと納まりの状態を慎重に確認しながら進める作業。失敗は許されない作業ですから軌道に乗るまでは緊張しますね。

とにかく、きちんとしたものを制作して、無事に搬入ができるようにしなくてはいけません。

以上、納まりに若干の不安が残る作業場からのリポートでした。


2010.01.11(月)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -3.0℃


おはようございます。
なんだかやけに静かなかたじ屋母屋なのです。

薄暗い外の景色には、真正面に並ぶ山並みの一番高いあたりに沿うように、おぼろげな三日月がぽっかり。   やけに静かな朝となりました。

そうかっ!
子供たちは、きょうまで三連休だったのだ!
どうりでいつも起きて来る時間になっても物音ひとつしないわけです。

ところで今日は何の日かと思いきや、国民の祝日「成人の日」でありました。どうも、祝日を日付で記憶してしまっている年代の皆さんにはしっくりと来ないところもあろうかと思いますが、今日が成人の日となっているようです。

本当なら1月15日、我が家の次女真子の生まれた日が成人の日だったはずなのですが、2000年からは1月の第2月曜日なんていうややこしい設定になってしまったのです。いいんだか、あまりよくないんだか・・・・よくわかりません!

そんな国民の祝日と言えども、私かたじ屋には単なるいつもの月曜日扱いとなり、薪ストーブの前でトドのようにだらぁ~んとしている子供たちを横目で見ながら、仕事場に下りてゆかなければなりません。

まったく、つい数日前まで冬休みでだらだらしていたのに、また三連休などとは休みが多すぎるのだ!まったく・・・ブツブツブツブツ。

そんなわけで、なんだか機嫌が悪い私かたじ屋は、文句タラタラと書き込んでしまう前に早めに切り上げてPC前から離れたいと思います。

まったく・・・・。
2010.01.09(土)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -2.0℃


本日は土曜日。
またの名を"さたでぇ~!"。

一日ごとに、澄みきった南牧村の夜空に浮かぶ月はそのかたちを変えて、数日前には下弦の弓張月だった姿も、昨晩あたりにはあと少しで三日月というところまで変化してきています。

来週の週末には新月を迎えますから、この一週間は細くなっていく月の美しい姿を見ることができそうです。

おはようございます。
けさの南牧村は、とくにどうということも無く、変わり映えのしない寒い朝となりました。
寒いといっても外気温はマイナスの2℃程度ですから、特別寒いというほどでもありません。

体というのは慣れるもので、秋も深まる頃のかたじ屋近辺が朝の気温5℃に近づいただけでも、ものすごく寒くなったような気がしたものですが、連日のマイナス気温を体感するようになってくると、だんだんと当たり前になって、零℃の朝などはあたたかな朝という表現に変わってくるものなのです。

そいういえば南国の島・奄美大島で暮らしていた頃、思い出してみれば冬の気温が10℃になるなんていうことはまれなことで、それはそれは寒く感じたものです。

プラスの10℃で『寒い!』なんて騒いで、家ではストーブやら炬燵やらが用意されていたのですから、あの頃の私がいきなりこの地に来たとしたら・・・・おそらく仮死状態に陥り、冬眠という手段を本能的にとっていたのではないかと思います。

島の子供たちで雪を見たことのないというのは当たり前、島民のほとんどの方が雪を見たことも触ったことも無いという暖かな島だったのかも知れません。

北は北海道から南は沖縄まで、考えてみれば実に多様な環境が混在する島国ニッポンなのです。

2010.01.08(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -1.0℃


しばらくぶりに、今日は何の日だろう?と思いつき、調べてみました。

本日1月8日。
1989年(昭和64年)の同日から、今の元号である「平成」が正式に制定された日なのだそうです。へぇ~~!という感じです。

前日である1月7日の朝に昭和天皇の崩御が伝えられ、時の内閣による臨時閣議の末に、あの「大化」から数えること247番目に当たる元号「平成」が誕生したのでした。めでたし・めでたし。

ほかには、伝説のロックの王様エルビス・プレスリーやデビッド・ボウイの生まれた日ということになっているようで、たまに調べてみると面白いものです。




おはようございます。
ここ南牧村はけさも乾燥した冬の朝を迎え、中年時代に突入した私にとっては、お肌の乾燥を防ぐ意味でも晩酌の日本酒が欠かせない季節なのです。ちなみに燗はいたしません!夏でも冬でも常温がよろしいのです。

適量であれば血流を良くし、お肌に張りと潤いをもたらしてくれる、お米から作られる日本酒は塩焼きされた魚なんかを肴にちくりと呑むのがいいですね。できれば、たわいも無い話題をのらりくらりと交わすことのできる相手がいるとなお旨いのかもしれません。




かたじ屋前、農道二号線を毎日毎日、茶と白の2匹の小型犬を連れて散歩する馴染みのおじさん。

我が家がこの地に越してきた頃からほぼ毎日目にしてきた光景だったのですが、年を越して最初にお会いしたおととい。いつも連れている2匹の小型犬のうち白のおチビちゃんが見当たりません。

おや?と思いながらも、作業場の前でいつものように軽くご挨拶です。

すると、おじさんのほうから切り出してきたのですが、話を聞いてビックリするやら痛ましいやら、なんともとんでもないことが昨年暮れの散歩道で起こったことを知り、なぐさめる言葉もありません。




農道二号線はお散歩のおじさん・おばさんだけではなく、犬を連れての散歩の方も毎日の日課のように通り過ぎ、ほぼ決まった顔と決まった犬が首輪からつながった紐で主と飼い犬の関係を保ちながらゆき過ぎて行きます。

以前から気にはなっていたのですが、なかには飼い犬の紐を放って散歩する飼い主もいるようで、時折飼い主の姿が見えないなか、いつも通る中型犬だけがウロウロとうろついていることがあったのです。

さすがに中型犬くらいの大きさになると、ちょっと怖いような気分になるものです。またその中型犬の気性も激しいような印象でなおさらのことなのです。




いつものように、いつもの時間に、農道二号線を2匹の小型犬を連れて散歩するおじさんは、これまたいつものように道沿いにある東屋で休憩。ゆっくりとした時間を楽しんでいたときだったそうです。

おじさんの視界に、あの放し飼いにされた中型犬の姿が飛び込んできたのです。

東屋でくつろぐおじさんの足元には茶色の小型犬、中央の台の上には白の小型犬が一緒になってくつろいでいる状況。
とっさに足元の茶色の小型犬を抱きかかえて、飛び込んできた放し飼いの中型犬から守ることができたのですが、台の上に飛び上がった放し飼いの中型犬は容赦なく白の小型犬に噛み付き攻撃。

目の前の出来事ですが、どうにもできなかったのだそうです。

無残に噛み裂かれた白の小型犬は背骨が折れ、肺に穴が開くほどの傷を負い、駆け込んだ病院でも処置のしようが無く死んでいったのだそうです。

毎晩毎晩、おじさんの布団の中にもぐりこんでは一緒に寝ていたというその白の小型犬。
おじさんにとってはわが子のように可愛がっていたわけですから、落胆はさぞかし大きかったことだろうと思います。

出来事の一部始終を話し終えたおじさんのメガネの奥には、悲しみの表情。
何年にも渡ってなついてくれていた飼い犬ですから当然です。

何でこんなことになっちゃうんでしょうかね。
2010.01.07(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 0.0℃


只今午前6時を少し過ぎたあたりです。
南牧村の上空には下弦の月がまだ煌々と輝き、まわりにチラホラと星が残る薄暗い朝。

東の山並みの上だけが少し白んできているのがよく分かりますが、目を落としてみるとまだあたりは薄墨の世界です。空気はかなり乾燥していると見え、母屋の前に待機する愛車ルシーダ君には一点の霜も張り付いておらず、拭き上げたようにテカテカと光って見えます。

こんな時期はお肌の管理にも気をつけなければいけません。




そういえば千昌夫さんの前妻名もシェパード、ジョーン・シェパードさんだったと記憶しています。

けさの報道で繰り返し流れていたのは「シー・シェパード」。
似ているようですがまったくの別物です。

シー・シェパードの今年の妨害船は、黒塗りのまるでバットマンカーのようなデザインの船で、こんな悪名が流れなければ私としては一艘くらいは欲しいような気もするカッコいい船なのです。

この船を操って、体当たりまがいの妨害行為を繰り返していたバッドマン・シップが、本当に衝突事故を起こしてしまったらしいという報道をネット上で確認したのは昨晩。

実際の事故はきのうの明け方、日本時間で午前3時ごろということですからいろいろと事実が伝わり始めた頃でしょうか。

昨晩の時点では、日本の水産庁側とシー・シェパード側では言い分がまったく食い違っていたのですが、けさの報道ではオーストラリア側での報道にかなりの訂正が入ってきているのに気が付いた方も多いのではないかと思います。

日本側の説明や内容は天邪鬼的な視点から冷ややかに眺めてみても、さほど変わりはなく一貫性を感じますが、オーストラリア報道機関を通じたシー・シェパードの説明には昨晩とは大きな違いがありますね。

昨晩のネット上の報道内容から、例のバッドマン・シップは、エンジンを止め停止している状態にあり、この状態に対して日本側の調査船「第2昭南丸」が突っ込んできたという内容の発表をしていたのです。しかもオーストラリア国営の放送局がです。

水産庁の対応は早かったですね、間もなくしてネット上には、日本鯨類研究所提供の動画と画像が出回り、その動画にはあきらかに後部からスクリュー全開の水泡が立ち前進しているバッドマン・シップの様子と、対抗して水攻撃と警告音を発し続ける「第2昭南丸」の様子が映し出されていました。

いまだに双方言い分に大きな食い違いがありますが、一貫しているのはお互いに非難合戦に徹していること。

是非は別として、私個人的な感想としましては、日本国民であるからという贔屓目を差し引いても、バッドマン・シップ所有のシー・シェパードさんたちは、ちょっと演出が過ぎているように感じますね。なんか、勘違いをしているのではないかと思ってしまいます。

『私たちは正しいのだぁ~!だからなにやっても許されるのだぁ~!』
では、通用しません。




余談ですが、あのヒーローモノの映画に出てきそうなバッドマン・シップ「アディ・ギル号」。
どうも大道具さんが3日がかりで作り上げた"ハリボテ"の可能性があるんだそうです。

いくらなんでも、それはないか・・・・。
2010.01.06(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -3.0℃


おはようございます。
2010年の初こらむは、ずいぶんとのんびりさせて頂いて今頃からの書初め?となりました。

とにかく、今年もネタ不足にあえぎながら、ますます窮屈になる諸環境に配慮を怠らずに、なんとなく続けてみたいと思っています。お暇ができたときにでも是非覗きによっていただければ嬉しいのです。

あらためまして、本年もよろしくお願いいたします。




昨朝にはすっかり雪景色となっていたかたじ屋周辺でしたが、思いの外上昇する気温の前に、午後にはほぼ全滅となった幻の銀世界。

川の向こうや、更に上流側に遡る地域には、きっと名残が残っていると思われますが、ここかたじの地はいつも早々に融けてなくなってしまうのです。

ちょうどガードレールの影が映ったあたりだけは、影の大きさのまんま白い雪が最後まで残っていましたが、それも時間の問題。とうとうすっかりと消えてなくなってしまった今朝のかたじ屋周辺です。




昨年暮れに、頂きモノの大根6本をナマコ壁が見事な蔵の入り口下屋の下にぶら下げて1ヶ月以上が経過していますが、その後の大根たちの行方が気になっている方はいらっしゃらないでしょうか?

そんなことがあったの?
という方もいるかもしれませんが、たしかに大根6本を干したのです。

何のためかというと、もちろん大根の漬物を作ってみたい!からに他なりません。して、その結末はというと・・・・。

蔵の前の下屋に吊るされること10日あまり、寒風に晒され程好くしなびてくたくたになった大根は、アラ塩と昆布とタカの爪が適量敷き込まれたプラスティック製の樽にぎゅうぎゅう詰めに押し込まれ、更に上からアラ塩と昆布、タカの爪をこれまた適量まぶされて内蓋の上から重石となる川原の石を乗せられて放置です。

コップに半分ほどの呼び水を回し入れることを忘れてはいけません。

それから4~5日だったでしょうか?
呼び水と塩に誘われるように、大根内部から染み出してきた水分と昆布の旨み成分が融合し、これにタカの爪がピリリとした風味を演出。内部の水分を十分に出した頃を見計らって、重石を外して中の様子を確認です。

本当ならば樽の中に四重・五重に大根を敷き詰めて、一重ごとに塩・昆布・タカの爪と敷き込んで行きたい所なのですが、なんせ頂いた大根が6本と少数なために我が家の樽では底の方に詰め込んでいくと一重にしかならなかったのです。

上下を入れ替える作業をする必要も無く、とりあえずは裏返して更に重石をして2~3日放置後、重石を軽めのものに交換してまたまた数日、じっと我慢の私でありました。

一切の甘味料を入れていない甚だシンプルな大根の塩漬けを作りたかった私は、前文に書き込みましたように、大根以外には塩と昆布とタカの爪のみという味付けでトライしてみたのですが、そろそろ味も染みこんできた頃合を見て取り出した大根漬けのお味は・・・・・・。

うんめぇ~~~!でありました。

塩加減ばっちり、昆布の旨みとタカの爪の切れ味がマッチして、市販されているような不必要な甘さの無い塩漬け大根が完成したのです。これは日本酒のアテにもご飯のおかずにもばっちりなのです。

ただ、問題は、数量に悲しいほどの限りがあるということ。
これを子供たちに好き勝手に食われてしまっては、あっという間になくなってしまうことは目に見えているのです。

まったく手出しをさせないというのも親としては独り占めしているようであまりに傲慢であることは私でも理解できます。器に盛られた小口切りの大根漬けを、ひとたび子供たちが口にすれば、あとは千手観音のように背後から次々と手が伸びてくるのは必死の環境下で、すこしでも長くこの大根漬けを味わうにはどうしたらよいものか、思案中の私なのです。

今のところは小出しにする。
カウンターでチビチビと隠れるように一杯やる。

その程度の愚案しか思い浮かんできませんが、喫緊の課題と考えています。
とくにこぐまくんの鋭い鼻には要注意なのです!

2010年7月

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