2010.01.21(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 5.0℃
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 5.0℃
けさのコーヒー係は私となり、キッチン前のカウンターに置かれたコーヒーメーカーにマグカップで5杯分のコーヒーをセットしていると、ふと、"聞き慣れない"と思えてしまう音を私の耳がキャッチ。
音の正体は西側に張り出された台所部分の屋根・トタン屋根をかすかに叩く雨音です。なんだかしばらく振りに耳にした雨音はかすかで弱弱しいものでしたが、ずいぶんしばらく振りに聞いたような気がしたのです。
けさの、ちっとも寒くないまろやかな空気は、どうやらこの雨を落っことしている雲が低く膜をつくっているせいのようです。
おはようございます。
全国的に暖かくなった昨日・一昨日の余韻を引きずったように、けさの南牧村は暖かい朝となりました。
上空には低く灰色の雲が這い、ゆっくりと流れています。
夕方からはまた、冬の気配に戻って行くそうですから、油断は禁物です。なんてったって大寒ですからね。
『何でも許してくれるけど、なんだか私に真っ直ぐに対してくれていない!』と子供ながらに感じているのかもしれません。
『学校に行っても、せっせと先生たちの気をひこうと、関心を示してもらおうと、私だけに向いてもらおうと、わがまま三昧を試してみるけれど・・・・。やっぱり私に真っ直ぐに対してくれていない!』
『みんなの中の一人の存在でいいんだけど、たまには視線を外せないほどに真っ直ぐに向き合ってほしい!本気で私に向いてほしい!』
幼い子供たちはみんな、見て!・・・私を見て!・・・私だけを見て!と心の中で思っているものなのです。そしてほんとうの意味で真っ直ぐに向いてくれる大人に対しては、疑いもなく信頼を寄せ、注がれる愛情を遠慮することなく吸収していきます。
大人が示す上手にあしらうような対応を敏感に感じとって、幼子の本能で『この人は本気で向いてくれていない!』と識別しているのです。うまくあしらったつもりでいる大人のほうが実は幼子たちに選り分けられているのかもしれません。
団体の中に居たり、家族という中でいたりすれば、いつもいつもその子供にだけ注目し真っ直ぐに向き合うというのは難しいものです。
よく注意を払い、必要なタイミングに、まばたきもできないほど真っ直ぐに向き合ってあげることが大切です。
ときには真っ直ぐに向き合って叱り、ときには真っ直ぐに向き合って遊び、ときにはたっぷりと褒めてあげられればグットなのです。子供たちはそんな瞬間を味わうことで十分に満たされ、信頼を寄せることができるのです。
大人の上手な対応ではないのです。
必要なのは、その子にだけ向き合っている瞬間を作ってあげて、その子の心の中の満たされていない部分を柔らかく包んであげるだけでいいのです。難しいことを必要としているのではなく、いつもはついでになって斜な向き合い方しかできなかったものを、ときどきでいいから足を止め、幼子の『私だけを見て!』という心の声に耳を傾けてあげられればきっと安心すると思うのです。
わがままで手に負えない子。
周りとは違う変わった子。
みんな心の中には、年齢に見合った小さな心を持っているのですから、見つけてあげたいですね。

やまねこどの
お気遣いに感謝!
<そーですか>
いつものこらむのテーマにしては唐突感がありましたので、貴兄の家族のことと勘違いしました。何か最近あったのかな?と。丁度中学進学後のお子さんがいますしね。
感受性の鈍ってきているやまねこ
やまねこどの
誤解のないようにご説明しておきます。
とくに我が家のことを書いたわけではありません。
接する機会のある低学年の小学生たちから感じたことを書かせていただきました。家庭環境やら、親の幼稚化、大人の役割忘却症などなど。
<女の子を持った父親の避けて通れぬ道>
思春期に入った女の子の父親に対する感情は特別です。母親とか同性なら別ですが「私だけを見て・・」というのは反語表現にも相通じるものがあると思います。「放っておいて・・」にも受け取れるのではないでしょうか。私の娘二人の経験からすれば、ある距離を置きそっとしておくのがベターかと思われます。
最近結婚で来訪した次女と久しぶりに向き合って話し込んだやまねこ