2010.01.27(水) あなたの少年少女時代の記憶はムービー?

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2010.01.27(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -4.0℃


きりりと引き締まったけさ。

かたじ屋母屋横の池は全面凍結。
薄氷ですのでスケートは無理です。

まあ、あの小さな池で滑ろうなんて考えているのはこぐまくんくらいのもんですけど・・・。



おはようございます。
南牧村は本日も晴天の気配、空気は澄んで気持ちがいいのです。

子供たちが2階雑魚寝の間から降りてくる再に、布団の中から引っ張り出してくるオレンジ色の湯たんぽをひとつ失敬して、まだ熱いくらいのお湯でゴシゴシと洗顔。

お湯で洗われ、油分が落とされたせいでちょっと突っ張った感覚の顔面がなんともさっぱりします。

布団の中にある間は、じつに保温性に富み、朝まで十分に暖かさを保ってくれるのですが、布団から引っ張り出して放置しておくと、あっという間に冷えてしまいます。

なんといってもスピードが勝負なのです。



うろ覚えの記憶の中から、似たような一瞬の光景を呼び起こすことがあります。

呼び起こされた光景にはくすんだような赤い色の、表面がビロードのような生地に覆われた角が丸くなっているアンカ?たぶん電気アンカだったような気がしますが、もしかしたら30年以上前の記憶ですから豆炭やらなんかをいれて使うタイプだったかもしれません。

確か全体に丸い穴がたくさんついていて、寒い夜にはこれを布団の中にもぐりこませていたような覚えがあるのですが、なんとも頼りないほどの記憶で、ムービーのように流れてはくれずに、場面場面の切り取られた記憶がパッパッとよみがえる程度なのです。



断片的に浮かんでくる東北秋田での暮らし。
たしか、台所の隣の部屋には大きな石油ストーブがあって、あさ子供たちが起きてくるころには家の中がぽっかぽっかに暖かかったような気がします。

今から思えば、両親たちは早くに床を出て、ストーブに火を入れ、暖かくしていてくれたんでしょうね。

毎朝届く牛乳配達員の配る瓶入りの牛乳は、取りに行くのが遅れたりすると、瓶の紙蓋が凍りついた牛乳に押され、うえからかぶせられていた薄紫色のセロファンのようなビニールごと持ち上がっていたもんです。

なんだかそれが嬉しくて、ときには完全には凍結していない固めのシャーベット状牛乳をほじくりだしては砂糖をまぶして食べた記憶は鮮明なのです。

よくやったのはミカン。

ミカンをよく外に置いて一晩越して、冷凍ミカンを作って食べましたね~。
そういえば最近、冷凍ミカンを食べていません!

電車に乗って遠くに出かけることもなくなりましたし、だいたい今でも駅の売店で冷凍ミカンなんて売ってるんでしょうか?ちょっと溶けかかった時の食感がたまりませんでした。

とまあ、脈絡のないようなあるような虫食い状態の文面となりましたが、思い出し始めると、どこかで繋がっているらしく、つぎつぎつぎつぎといろんな場面が思い浮かんできてしまいます。

おなじ30年前のことでも、遊んだことや悪さしたときのことは"くっきり・すっきりトリニトロン!"のごとく、鮮明なムービーとしてよみがえるんですから不思議なものです。

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やまねこどの

西表にも安物の三本立て映画館があったのですか・・・・。たしかアメリカ領だったんですよね。その頃は。

<三本立安映画館の座席シート>
昭和30年代。ありましたねえ・・安映画館。「◎◎シネマ、◎◎劇場、テアトル◎◎」などなど。よく東映の時代劇で「笛吹童子」なんかをやっていた。たしか主演は東千代之介か伏見扇太郎だったと思う。ガキ共と連れだって見に行き上映中に主題歌のメロディーが流れてくると「ヒャリコヒャラレロ、ヒャリコヒャラレロどこで鳴るのか不思議な笛だ・・」と大声で合唱していました。煙草の煙がチンダル現象で映写機からの投影を映し出していましたね。この映画館の中央部分に座席シートが壊れシート部分が外されて背もたれだけとなっている席がありました。館主が修理せず長期に渡り放置していたのです。この席はベストポジションでしたので上映中に席のない観客が通路から「すみません。すみません。」と小声で言いながら他の客の膝の前を横に移動して件の席まで到達していったのです。観客席後方から立ち見をしていたガキ連は判っていました。暗がりでしゃがんでみてもシートがないので着席出来ないことを・・。大人を含めて周囲の人は「クック、クック・・」と噛み殺し笑いをしていました。着席不可と判った当人は再び「すみません。すみません。」と小声で言いながら今度は反対側の通路に向かって去って行きました。無念やるかたなかっただろうと思いました。このような人が1本の上映中に一人はいました。このオンボロ映画館のトイレには大用のBoxが3ケ所ありましたが何故かいつも使用中でした。中から出てきた変なおじさんに声をかけられたことが何回かあります。今から考えるとホモ、変態の類の輩だったのでしょう。子供だったので分からなかった。今だったら110番ですよね。
<あんか>
「丸い穴がたくさん付いていた・・」ちょっと記憶にないなあ。土を焼いた底面四角、高さ30cmぐらいで中が空洞のものなら「アンカ」ですよ。豆炭の着火したものを灰の中に数個いれて布団をかけて寝ました。潜り込んで寝込んでしまい一酸化炭素中毒になったことがあります。
<冷凍ミカン>
映画館や劇場で売っていましたね。なんで冷凍するのか分からなかったが今は見かけませんね。あまり美味いとは思わなかった。
いづれにせよ映画と共に子供の頃の記憶がありますね。
      「ムービー」で懐かしさに浸るやまねこ


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このページは、katajiyaが2010年1月27日 06:10に書いたブログ記事です。

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