2010.03.31(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -2.0℃
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 -2.0℃
おはようございます。
けさも季節はずれの?冷え込みで朝を向かえたここ群馬県の南牧村(なんもくむら)。長野県の南牧村(みなみまきむら)ではありません。
ときどき大きな勘違いをしたままトラックバックの通知を送ってくるサイトがありまして、確認のためにのぞいて見るとどうやら長野県の南牧村(みなみまきむら)を取り上げたサイトや、南牧村(みなみまきむら)に関連があると思われるサイトからのトラックバックということが多々あるのです。
それにしてもいろんなところで、いろんな人がこのこらむを覗いているもんです。
けさもすっきりと晴れている群馬県の南牧村。
うす雲が西の空に架かってはいますが、ほぼ快晴といってよいほどの朝となりました。
昼夜等しくなっているこの時期、あさもすっかり明るくなりましたし、夕刻もずいぶん日が長くなってきています。
夕刻の6時30分といえば、少し前まではすっかり夜色に包まれて、月のでていない夜ならば手探り・足探りで歩を進めなければならなかったほどですが、昨夜あたりは日が暮れていても薄く墨をのばしたように、まだまだあたりの輪郭が確認できるのです。
そんな夕刻には南牧村を立ち、東京は足立区の家内の実家に向かう予定のかたじ屋一家。
あすは昨年の春に亡くなった義父の命日。
命日にはお墓に行ってあげたいという義母を乗せて、あすは茨城県までお墓参りということになりますので、明日のあさは「あさのこらむ」をお休みさせていただくことになります。
よい天気になるといいのです。

かたじやどの
ホント、一区切りと言った感です。
なにやらホッとしたようで、どこか寂しいような・・・親なんですね。(笑)
「どんな風に育っていってくれるのやら」と前をみているうちが、親の華であり、親子の成長期なのでしょう。
こうして振返ってみると、そう想われます。
やはり、桜だけは注意が必要ですな。
前橋は昨年より2日遅く、4月1日の開花でした。
これからしばらくは、カレンダーとにらめっこ状態になります。星尾地区方面は新緑の時を狙います。
かっぱどの
かっぱどのにはようやく一区切りといった感のご子息の卒業かと思われます。
私なんぞはまだまだこれから。
さぞや感慨も大きかったことと思います。
どんな風に育っていってくれるものやら・・・。
どらごんどの
家内の実家にある私の作った義父の住い(俗名:仏壇ともいう)に置かれている義父の写真は、どこに立っていてもこっちを見ているような視線を感じるという摩訶不思議な写真なのです。
なんか食べていると、ジッとうらやましそうな視線を・・・。
やまねこどの
くっくっくっく。
おこらないおこらない!
かたじやどの
4月ですね。
ご長男の入学おめでとうございます(^o^)!!
なにやら、こちらまで当時のことが思い出され、ワクワクしてしまいます。
今でも教材の細かなパーツにまで、名前を書いたり貼ったりしているんですかね?嬉しくも、まぁ~大変な準備ですよね。
あとは、入学式をまつばかりですか。
先月の25日、息子の大学卒業式の折
にわかに、幼稚園の卒園式のことが思い出され、当時は「よくここまで成長して・・」などと目をウルウルしたものでした。
そして早や、その子も成人し卒業。
この日は、今まで子の成長を願う式から、成長を感謝し振返る式となりました。
かたじやどのは、その時どんな思いにふけるのでありましようか・・・。
「卒業写真」に「あなたは~私の~青春・・そのもの~♪♪」
・・・・・と、一度は言われてみたかった、かっぱ巻。
こんばんは!
もう1年ですか…。
早いもんだねえ。
お義母さんや娘夫婦そして孫たちの声に、遠い空の彼方にいらっしゃるお義父さんも、さぞやお喜びになる事でしょう。
かたじ屋どの
<みなみまき村>
表題の村は長野県佐久にあり高原野菜の栽培などで活況を呈している。しかし、元はと言えば貴兄在住の村に生活居住していた一部の人たちが当地の将来に限界を感じ佐久に未来を求め峠を超え移住したと聞いた。戦前のことだろうと思うが当時決意した移住団の勇気には敬意を表する。昔、英国から新天地アメリカにメイフラワー号で渡ったキリスト教徒を思い出す。貴兄の移住決断もみなみまき村に移住した人たちの決意にも尊敬以外の言葉は見当たらない。
最近尊敬するものが見つけられないやまねこ
<一回忌>
小生も昨年6月に没した実母の一回忌を東京の霊園でやらなければならない。僧侶への布施でまた怒ることになりそうである。
仏事の非合理性、非生産性を嘆くやまねこ