2010.04.05(月) かたじ屋農園再開なるか?

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2010.04.05(月)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 6.0℃


雲が広がっています。
鈍い雲が南牧村の上空を覆い、どんよりとした空気が地上を包み込んでいます。

おはようございます。
母屋の玄関を出るとすぐに、まったりとした湿度を感じるけさ。
お天気はくだり坂ということなのでしょうか?

よく晴れた昨日でも、流れる空気にはまだ冷たさが仕込まれており、体の中からポッカポカという季節にはなりきれていないような感じなのです。

二十四節気の上では今日から「清明(せいめい)」の入りとなり、清浄明潔!地上には百花が咲き競う季節がやってくるということだそうです。

ちなみに暦便覧の記述によりますと
「万物発して清浄明潔なれば、此芽はなんの草と知れる也」という表現になっています。

すがすがしいほどの風が吹きぬけ、見渡せばあらゆる草木が芽吹き、花を咲かせ、葉を広げて生命の輝きをもっとも感じる季節といったところでしょうか。





しばらく振りに、まだまだ枯れ色の支配する裏山にぶらり。

実際に足を踏み入れてみると、遠くからでは分からなかったたくさんの緑が、枯れて果てて地面を覆う枯れ草の間から芽吹き、葉を伸ばしているのがよく分かります。

蕗はもうすでに小さいながらもまあるい葉を伸ばし、タラの木には先端に赤紫色の芽がふくらみを増し、気の早い蕨はすでに数本身を屈めるように柔らかな茎を持ち上げて、にこ毛を光らせています。

絡みつくように地を這いながら伸びる野いちごの茎も、『いまのうち!』とばかりにその勢力を拡大するべく八方に茎を伸ばそうとしています。時期には子供たちの格好のおやつとなりますから野いちごの勢力拡大には目をつぶることとします。

数年来、この裏山での野菜作りを放棄してきて久しいのですが、この耕作放棄地をなんとか耕して、野菜作りの真似事を再開したいものだと常々思うのですが・・・・。

なかなか手をつける間もなく月日が過ぎて、やがて秋が来て、あっという間に冬が来て・・・の繰り返しなのです。

仕事のほうが一段落ついたころ、その気が残っていたら遅まきながらでも裏山に出かけてみようかなとおもっています。・・・・今年こそは。

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やまねこどの

おはようございます。

「和民」の看板は駅前で毎日横目にしていましが、由来までは・・・見落としていました。

それから、「笑」は取るものでなく振りまくもの・・・・(苦)

ヒネリに苦しむのノリマキかな。
お・そ・ま・つ

かっぱどの
よく勉強されていますね。感心しました。ところで居酒屋チェーンで「笑笑」というのがありますが、やはり中国の漢詩集から取ったんですかね。「和民」というのは社長の名前(姓)から来ているようですけど。       漢字のすっかり弱くなったやまねこ

やまねこどの

(山が笑う)・・・・

正しくは「山笑う」で、俳句では春の季語になっています。
山の木々が芽吹き始めて、色とりどりの芽が出て来るさまを
表しています。

元の出所は、中国の漢詩集「臥遊録」の・・・
春山は笑うが如く
夏山は滴るが如く
秋山は装うが如く
冬山は睡るが如くからです。

正岡子規の作品で「故郷やどちらを見ても山笑う」があります。(何故か憶えていて・・・。)

かっぱどの
<山が笑う>
擬人化表現だと思いますが、初耳です。「臍が笑う」「膝が笑う」など人体を擬した表現は知っていますが。擬人化はロマンがありますよね。ディズニーの作品に多いですね(禿山の一夜)。森を夜彷徨っていたら大木が話しかけてくるなんて最高です。
       不思議の国のアリスが好きなやまねこ  

かっぱどの

山が笑う季節。
実際には山は声を出して笑ってはおりません。が、聞こえてこない笑いに人間は腹のそこから誘われてしまいますね。なんかだ知らないけれども嬉しくなり、ソワソワして、誘われるように表情が緩んできます。

やまねこどの

やまねこどのの言い分拝読いたしました。対極にある側の言い分も聞いてみたいものですね。

かたじやどの

「生命の輝きをもっとも感じる季節」・・・詩人ですなぁ~。
こらむを読んでいていつも場景が浮かんでくる所以なんでしょう。

これも匠のなせる技・・・いやいや「巧み」オッソルベシ!!


「山が笑う」と言いますが、ホント笑いますよね。
人間の感性と表現力は、実に豊かなものと感心させられます。
もうじき、南牧にもそんな時期やって来るんですね。

 
しかし・・・山が笑い出すと、そこいらじゅうから笑い声が
こだます訳だから、毎日うざくないっすかッ?

かたじ屋どの
<農家の戸別所得補償制度>
貴家に野菜の耕作放棄地があるなら是非、悪名高い表記制度の活用を勧めたい。「私は耕作地を所有していますが国の減反政策に協力し現在放置しています。この耕作可能地が本来生産可能な農産物に値する所得の機会損失分を国は補償してください」と申請すればいいのです。一般のサラリーマンが定年退職しても一切の所得補償をしない国はこんなバカな制度を作り農家を保護しているのです。秋田の八郎潟の干拓地の農地転用は難しいがだからと言ってそこに住んでいる人に所得補償をするというのは理解し難い。そこいらじゅうで国税が無駄に使われている。
    日本の食糧自給率なんか全然心配していないやまねこ 

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このページは、katajiyaが2010年4月 5日 06:12に書いたブログ記事です。

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