2010年5月アーカイブ

2010.05.31(月)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 11.0℃


早朝のかたじ屋母屋前から見渡す風景は、山のいたるところからゆっくりと立ち昇るモヤ。

ところどころに貫けて見えている青い空を目指すように、ゆっくりと、ゆっくりと吸い上げられる水蒸気が、ぐるっと見回す山肌のいたるところから昇っていくのが見てとれます。

昨日も一日、ダラダラと舞うような霧雨に見舞われ、ジッとしていると寒いほどの天候となり、午前中の楽団練習ののち、午後からの薪作り作業を中止せざるを得なくなった私です。

さればと、読みかけの時代小説に耽り、なんともゆるりとした午後を過ごすこととなりました。



おはようございます。
週も替わり、月曜日の朝はどうやら晴れ間が広がりそうな気配を感じます。

徐々に青い空がそのスペースを広げ、東半分にとどまっていた灰色の雲たちを押しのけはじめ、急速にその勢力範囲を広げています。再び確認のためにのぞいてきて見ます。

先ほどまで東半分にしがみついていた灰色の雲は完全に撤退。替わって青い空にまっ白な雲が点在する風景に替わっています。西向きの折り重なった谷あいの向こうに見えている烏帽子岳付近には、夏のころのような真っ白い雲が今まさに湧き上がっているところ。

こりゃ、暑い一日になるのかもしれません。





まるっきり畑違いともいえないために断りきれなかった、鹿の頭蓋骨ごと切り取られた2本の角を台木にすえつける作業。

試行錯誤の末に、なんとか台木に掘り込んで据付終了となりました。

sikanotuno1.jpg

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据付を希望する台木も、依頼主が持ち込んだケヤキの大節が入った塊で、ご丁寧にもその大節の部分を掘り込んでの埋め込みを希望でした。

まずは無残に頭蓋骨の上部ごと切り取られた角を、埋め込んでいく際に座りが良いように残されている頭蓋骨部分をカットしてゆく作業。

作業場内にある機械や道具を駆使して、切り取ったり削ったりの作業は決して気持ちの良いものではありません。

おまけに削った際に出てくる粉塵の匂いがなんともいやな匂いがするのです。作業場内での作業でしたのでそのなんともいやな匂いに、無神経な私でさえ思わず嗚咽を憶えるほどです。

何度と無く新鮮な空気を吸いに外へ飛び出し、意を決して作業場内に突入してはひと削りして一目散に外へ飛び出してを繰り返しながらも、なんとか予定のかたちに削りだして第一段階が終了です。

考えてみれば、外でやればよかったのです。後で気が付きました・・・・。



形を整えた頭蓋骨上部の形状に合わせて、今度は硬い硬いケヤキの節部分を刳り抜かなければなりません。

これまた作業場内の道具を駆使してコツコツ・コツコツ頭骸骨の形状に合わせて掘り進み、手を止めて、実際に嵌め込んでみては足りない部分を更に掘り進め、ちょうど良い深さのところで第二段階が終了。

このあとは、実際の埋め込み据付を行う前に、台木となるケヤキの塊を仕上げる直前の状態にまで生地調整を行います。

すべての見える部分を徐々に番手を上げながら研磨してゆき、今回は600番まで研磨してよしと致しました。もちろんケヤキのような導管のはっきりとした材ですから研磨のたびに研磨カスを除去、導管が詰まって木目がぼんやりしてしまうのを防ぐためです。

仕上げる直前にまで研磨された台木に、いよいよ頭蓋骨ごと角を埋め込んで固定、据付となり、最後にスサを含んだ漆喰で塗り固めて埋め込み完了となります。

最後に漆喰が乾いた頃合を見て、台木に植物性のオイルを塗布。30分後に余分なオイルを拭き取り、〆に拭き上げをして終了。24時間経過ののち乾燥を確認して完了となりました。



まあ、とにかくやったことの無い作業でしたので、無事に終わって一安心です。

たいそうな作業経過を書き込みましたが、実際に時間にすると半日仕事といったところですから、それほど困難な作業でもありませんでした。

でも、あの頭蓋骨を削ったときの匂いだけはもう体験したくありません。正直なところもう勘弁してくれっ!というところでしょうか。

さすがの私も気持ち悪くなってしまいましたので・・・。

2010.05.28(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 11.0℃


外は強い風が吹きぬけ、ときおり何かが宙に舞っては地面に叩きつけられるような物音。

大きなガラス戸から覗き見た外の様子は、強い風に吹き飛ばされたせいか、雲ひとつ無い真っ青な空が広がる風景です。

少し緩んだかと思えば、また強い風が吹きぬけ、川の向こうに勢いのある枝振りを見せる大ケヤキも、ゆっさゆっさと派手に揺れているのが見えます。

風のせいなのか、なんだか肌寒く感じます。まさかこの時期にストーブを点けるわけにもいかず、早々に靴下を履きこみ、派手なフリースジャケットを着込んで防寒しているけさ。



おはようございます。
風さえなければ、気持ちがよいほどに晴れ渡った空の下、ぽかぽかの朝になるはずなのですが、この風には参ります。

風のいたずらも悪いことばかりでは無いようで、吹き飛ばされた雲たちがこのまますっきりと姿を消してくれていれば、今夜20時頃をピークとして、青黒く澄んだ夜空にはぽっかりと浮かぶ十五夜お月さんが顔を出してくれそうです。

きょうは14日の新月から数えて14日目。標準時間正午を基準とした月齢でいうところの14.1ということで満・満・満月!に当たるのです。

およそですが、午後8時ごろが真満月の瞬間ということになります。どちら様もお見逃しの無いように夜空を見上げてみてください。

ちなみに、たいへんローカルな情報で申し訳ないとは思うのですが、ここかたじ屋からですと、ちょうど川の向こう方向としては南の方角、ちょうど磐戸郵便局の上辺りに上りますのでよく見えるだろうと思います。

気分が高揚すれば「かたじ屋の遠吠え」が聞こえるかもしれません。耳を澄ませることもお忘れなく!
2010.05.27(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 12.0℃


おはようございます。

曇り空の南牧村は、時折細かな雨が降ったり止んだりと、不安定な空模様の朝となっております。

くすんだ雲が南牧村の上空を占め、ところどころ雲の切れ目から白い空が見える程度。きょうは一日曇り空の予報となっています。



本日、我が家のこぐまくんは小学校での始めての遠足です。

なんとか牧場とやらに行くそうで、ずいぶん前からウシの乳搾りをするんだ!と、みょうに張り切っております。

「遠足日和」とはなりませんでしたが、きのうまでの雨がどうにか上がり、まずはホッとしている親御さんが多いのではないかと思います。

精一杯に楽しんで来てくれるとよいのです。

少し空が明るくなってきました。家内と、村の子供たちのことやら小学校のことやら、離村してゆくお宅のことやら、なんやかんやと話をしていたらこんな時間になっつぃまいました。

さて、仕事にかかりましょう!
2010.05.26(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 15.0℃


不安定な雲が空を覆いだして、それまで差し込んでいた日差しを遮ってしまった昨日の午後。

結局不安定なまま夕刻を向かえ、合間の空に浮かぶやけに怪しげな光を放つ月を見上げて作業場をあとにした昨夜から一夜が明けました。

おはようございます。

ころころと転がるように変わってしまうこのところのお天気は、本日回復することなく、またしても真っ白いモヤに包み込まれた南牧村お得意の「天空の城ラピュタ」現象を作り出しています。

ときおり、思い出したようにパラパラと雨粒を落っことしてきてはいますが、まだ続けざまに降らせるほどの在庫が確保できていないのか、いたって散発的な降りなのです。   降るのか?降らないのか?どっちなんだ~!という感じなのです。





"元ちとせ"さんの島口のような歌声を流していたかたじ屋工房内の音響設備が、収録された全曲を再生し終わったらしく、工房内は私の仕事の物音以外に音が無くなって、静寂感が辺りを包もうとしていた時。

かすかに工房の外から聞こえてくるのは、子供たちの笑いあったり、なにやらおしゃべりしている声です。声の主は我が家の子供たち、小学生2人組みのようなのです。

声は次第に近づいてきて、私のいる工房のすぐ壁の向こうまで来たところで立ち止まっている様子に、耳をそばだて、2人の会話をそれとなく聞いていた私。

次女真子:『うわ~!こうせい(こぐまくんの俗名)、ちょっと来てごらんよぉ!』

こぐまくん:『いっぱいあるん?』

ここで、ドサッという物音。どうやらこぐまくんがランドセルを放り投げたようです。

次女真子:『なにこれぇ~!でっか~い。』

こぐまくん:『あーっ!まこちゃんいいなぁ~・・・。』

次女真子:『ほらっ!こうせい(こぐまくんの俗名)の下にも大っきいやつがあるよ!』

こぐまくん:『ほんとら~!』(若干舌っ足らずなこぐまくん)



それから15分ほどだったでしょうか、ふたりでわーわー言いながら、農道2号線からかたじ屋工房脇に入った草むらの中で興奮状態の様子が、薄いガリバリウム波板壁越しに聞こえてきます。

こぐまくん:『まこちゃん!ここ絶対にナイショにしようね!ともだちとかにおしえちゃダメだよ!』

次女真子:『うん、わかったよ。』

ぜ~んぶ聞こえている私はふたりのやり取りに、声を押し殺すように『クックックックック』。



まもなくしてふたりが、農道2号線の白線の内側をタッタッタッタ!と駆けて行く音。ほぼ同時に開け放してあった工房入り口にこぐまくんの姿が飛び込んできます。

手にはなにやら大事そうに、ハンカチの上に山盛りになった赤くてちいさな実を抱えたまま飛び込んできたのです。

その後ろでは、次女の真子がやはりハンカチの上にたくさんの赤くて小さな実を乗せたまま工房入り口付近でバランスを崩し、せっかくの赤い実をばらまいています。

『あ・あ~~~っ!』奇声をあげながら、大事そうに一粒一粒拾い集めてまたハンカチの上に。

こぐまくん:『おとーさん、これみて!』

ハンカチの上に山盛りになっていた赤くて小さな実は野いちごです。食べごろに赤く熟した実がハンカチを載せたこぐまくんの両手のひらにこぼれ落ちそうなほど乗せられていたのです。

アクシデントに見舞われた次女真子も一足遅れて作業場内に飛び込んできて、両手いっぱいの野いちごを嬉しそうな顔を満面にたたえて突き出して見せてくれます。

見れば、次女真子の収穫物の中には見たことが無いほどに大きくなった野いちごもあります。例えるならば「ゴルフボールくらいの大きさ」といった信じられないほどに巨大なものまで・・・・。すみません!ちょっとホラを吹いてしまいました。



『おおー!ずいぶんいっぱい見つけたな。どこで取ってきた?』という私の問い掛けに、一瞬ギクッとした表情を見せるふたりを眺めながら内心ニヤける私。

まさか工房の薄いガリバリウム波板壁越しに、会話が筒抜けになっていたとは知らないふたりは顔を見合わせなにやら相談しています。

こぐまくん:『まこちゃん、どーする?おとーさんならいっか。おしえても。』

次女真子:『あのね、おとーさん・・・。じゃぁ、ついてきて!』

と言い残して飛び出していった二人が案内してくれたのは、もちろんかたじ屋工房のすぐ脇の草むらです。



普段全くといってよいほど足を踏み入れることの無い死角のようなその一角には、手前に巨大な石が積み上げられていて、奥の様子はちょっと見ただけでは分からないようになっています。

その巨大な石を乗り越えてたどり着いた先には、まだこれから赤く熟す実が鈴なりにぶら下がった一大野いちご群生地が現れたのです。

こんな目と鼻の先ほどの場所に人知れず野いちごが群生していたとはまったく気が付きませんでした。

子供心に「秘密の場所」にしたい気持ちがよく分かります。

『絶対言っちゃダメだよ!あいちゃんにも(長女愛子のこと)言っちゃダメだよ!』と、誓いを立てさせられた私。

秘密の場所の仲間に入れてもらえて、ちっとばかり誇らしげな気分を味わったきのうの午後のことでした。

甘酸っぱい野いちごの味は、何十年も昔の味と全然変わっていません。あのころの野いちごとおんなじです。


2010.05.25(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 13.5℃


おはようございます。

ダラダラと降り続いていた雨もようやく上がりました!数日振りに晴れ渡った青い空が広がる南牧村から朝のごあいさつです。

予報によりますと、本日は一日晴れ!暑くなるそうです。

地表から蒸発した水分が、空気中に大量に漂っているせいか、あさからムワっとした温かさを感じます。結構湿度が高い一日になるかもしれません。体調には十分に気をつけたいものです。



土曜日の午後。

作業場で仕事をしている私の耳には、この季節になると頻繫に耳にする「シビビー」の音。

次女の真子はこのシビビーがとっても得意なのです。

シビビー?という方もいらっしゃるかもしれませんので簡単に説明いたします。

野生種に近いマメ科ソラマメ属の植物で、俗称としてカラスノエンドウとかスズメノエンドウなどと呼ばれていることが多いようです。

エンドウという名がついているように春先の花を終えるとえんどう豆のような小さなサヤと実を付けて、古くは食用として栽培されていたこともあったのだそうですが、現在では道端や耕作放棄されたような荒地で繁殖し、よく見かける植物となります。

このまだ青い実を(実が太ってまっすぐなものがよい。)サヤごと取り、片方だけ裂いて中の実を指で押し出して両の端を適当な長さでちぎって息を吹き込むと『ビービー』と音が出るのです。

それで「シビビー」と呼ぶのかどうかは定かではありませんが、かなり広い範囲で「シビビー」とか「ビービー豆」と呼ばれているようなのです。

次女の真子は毎年、このシビビーが実る時期を楽しみにしており、学校から帰るなり作業場の裏の群生地にうずくまってはできのよいシビビーの実を見つけては収穫し『びーびーびーびー』と音を鳴らし続けるのです。



土曜日の午後は家内のピアノ教室に通う子供たちで賑わい、この子供たちがレッスンが終わってもひとしきり遊んで帰りますから、かたじ屋前の農道近辺から作業場裏・母屋裏山にかけては子供たちのよい遊び場となっているのです。

次女真子が吹くシビビーの音色は、学年が下の子供たちにとって魅力があるようで、盛んに作り方から実の選定方法などを伝授してもらいみんなで大合奏です。

4~5人がいっせいに『ビービー』と音を出すわけですから、作業場にいても十分すぎるほどに聞こえるのです。

・・・・ちと、やかましい。



シビビーばかりではなく、そこらへんの草の葉を吹いて音を出してみたり、タンポポの茎で笛を作ってみたりと、子供たちは飽くことなく遊んで帰るのです。

こうして、大きな子から小さな子へと引き継がれてゆくさまざまな遊び方は、いつの世も大して変わらず、きっと受け継がれてゆくんでしょうね。

それにしてもいい音で吹きますよ。次女真子は。
2010.05.24(月)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 14.5℃


けさ一番の風景は、すっぽりと白いモヤに包み込まれた山の風景です。

ぐるりと見渡す全方向がすっぽりと包み込まれ、天空の城ラピュタの中に居るような気分なのです。

ひたすらに降り続ける雨は、昨日あさから延々と、弱いながらも降り続け、いまのところ止む気配はありません。きょうもこのまま降り続くことが予想されています。

まだ"走り梅雨"ということでもないと思いますが、まるで梅雨の時期のような空模様でのスタートとなった今週。どんな一週間になることでしょう。



おはようございます。

新葉はますますその色を深くして、徐々にまわりの緑と同化し、初々しかった一時期に比べてずいぶんと落ち着いてきているのを感じます。

この雨が上がると、また一段と緑を濃くしていくことになると思います。



我が家の前庭に耕された一坪農園に植えられた数種類の野菜たちも、この雨を気持ちよさそうに浴び、来る結実にそなえて準備していることだろうと思います。

当初植えられた苗の一部は、私の無知のせいで移植後間をおかずしてその生命力を失い、無残にも焼けたように黄ばみながら果ててしまいました。

野菜つくりなど、なにも知らない私は、農園の管理責任者家内に断りも無く、移植して間もない野菜の苗たちの根周りに一握りづつの肥料を与えてしまったのです。

後で知ったことなのですが、移植後間もなくは肥料などは与えずに、根がついた頃合に少し離れた地点、根を張って伸ばして養分を吸収するような地点に与えるようにしなければ、「肥料焼け」という症状が現れて弱っていってしまうのだそうです。

人間で言えば、コタツに潜り込み、まわりにTVのリモコンからお茶の一式、卓の上にはミカンやらお茶菓子の類を寄せ集め、まったく動かなくてもなんでも事が足りるような状況下です。

おまけに食事もすべて上げ膳据え膳で賄われた人間は、超運動不足に陥り、仕舞いには健康を害していくというメタボの典型のような状況を農園の苗たちに作ってしまったということになるようです。

根を伸ばしてゆかなければ届かないようなポイントに肥料を与え、そこまで養分を取りに伸ばす根が、やがてしっかりとした土台となっていくんですねぇ。

知らなかったとはいえ、かわいそうな事をしてしまいました。

あっという間に弱っていく苗たちに、なにが原因なのかさっぱりだったのですが、いつも通りかかるお散歩おじさんから聞かされて納得です。

もはや回復は困難と診断された数本はやむなく抜き取られ、新たな苗と差し替えられましたが、人間様はそうは行きません。

ぬくぬくと肥料漬けの日々を送っているような気がしている方が居りましたら、手遅れとなる前に自力で物事を判断し、行動してみることをお勧めします。

ある日突然、引き抜かれてゴミ捨て場に放り込まれてしまうこともあるかもしれませんので・・・。
2010.05.22(土)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 12.0℃


おはようございます。

つい先日、『本日はさたでぇ~!』などと書き込んだような気がしていたと思っていたら、我が家のカレンダーは本日を再び「さたでぇ~!」と指定していることに気が付きました。

なんと、まあ、もう一週間が過ぎていったということなんでしょうか?
ちょっと早すぎるような気がします。

昨日の快晴に元気付けられたかのように、本日も朝からよい天候に恵まれている群馬県は南牧村。

一筋の細長い雲が見上げる空を走り抜けていますが、おおむね薄いブルーの空色に尽くされているけさは、風もなく穏やかな気配となりました。



ちょいと所用があり、けさは時間がなさそうですので、けさのこらむはごあいさつ程度として席を立ちたいと思います。よい週末をお過ごしください。
2010.05.21(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 12.5℃


「万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る」~暦便覧~

あっという間に立夏の季節をやり過ごし、二十四節気の中でいうところの「小満」の入りを迎えた南牧村は、数日振りに晴れやかな朝を迎えました。

地上の草木は目に分かるほどの成長を見せて、日々生い茂ってゆくのを感じます。

とくに雨の後などは、葉の一枚一枚から細い枝先にまで、みずみずしいほどの張りと艶が現れ、活力がみなぎっているのがよく分かります。みんな生きているんですねぇ。



おはようございます。

ここかたじ屋の住人もみな無事に生きておりました。

私が起床して、あさのコーヒーをセットし終わった頃合を計ったように家内が、間をおかず長女愛子が二階雑魚寝の間から降りてきて『おはよー!』のあいさつ。

しばらく時間を置いて、いつもの起こす時間に一階からの『起きる時間だよぉ~!』の声にモゾモゾと床から這い出してくるのは次女の真子とこぐまくんです。

かすれた声で『おはようごじゃいます。』と、覇気の無い朝のあいさつ。まだボーっとしているようです。

強い日差しに眩しく光る木木の葉の色を眺めていたら、なんだか今日一日分のやる気が湧き上がってきます。

見渡す植物たちはみんな生き生きとし、空を飛び交う鳥たちは盛んに鳴き交わし、空気中にはその生命力がみなぎっているようなこの季節。

深く吸い込むと、一呼吸で3日分、二呼吸ではお得な7日分、三呼吸では更にお得な15日分の生命力を吸収することができそうな季節なのです。

それでは・・・とばかりに、たくさん吸い込んだからといって長生きすると言うわけではありませんので欲張らないように深呼吸してみてください。自然界のエネルギーをお裾分けしてもらうような気分で・・・・。
2010.05.20(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 15.0℃


この地でよく目にするずっしりと山腹に這いつくばった雨靄とは少し様子の違う、肌理の細かい整った密度の靄が、あさの南牧村に蓋をするように延々と広がっています。

弱い雨が降る生憎のあさ。

昨日・今日と続いた雨に、山の木木も草草も揺れるように葉を広げ生気を整えているように見えます。この雨は植物にとってのユンケル皇帝液(並バージョン)に匹敵するのかもしれません。



おはようございます。

比較的あたたかな気温のあさとなりましたが、雨のせいか、なんとなく薄ら寒さを感じてしまい、どこかのショッピングセンターで冬物処分大特価となり、目玉が飛び出そうなくらいに安く売られていたハデ柄のフリースジャケットを羽織ってしまったけさ。

その余りのハデさに、もっぱら自宅内での着用に限定されてしまったフリースジャケットは、全体的に暖色系。

赤やオレンジ、黄色にパープルなどが幾何学的に配色されたボーダー柄とも迷彩柄とも表現できそうなちょっと変わったデザインなのです。

本来は私の物として購入したはずのフリースなのですが、少し目を放した隙に、すまし顔をした家内がひょいと私の書斎(PCデスク付近を私はそう呼んでいる。)の椅子背もたれに掛けられているこのフリースを引っ張りあげては着込んでいることしばしばなのです。

家内の常套手段なのです。

私の衣類に及ばず、最近すっかり成長を遂げ家内と身の丈も体型も変わらないほどになってきた長女のために購入したはずのジーンズや、ちょっとお出かけに便利なお尻まで隠れるロング丈のカーデガンその他。

成長した長女愛子にしめたものとばかりに、着られそうなものは我が物顔で何事もなかったかのように拝借・着用しているのです。

被害者は更に増え次女真子にまで及びます。

いかにしても体格的におチビちゃんの次女真子ですから、衣類はさすがに無理をしても着用することができない現状、家内が目をつけたのは履物の類。

冬場になると、次女真子お気に入りスウェード地のような外側に、中がフワフワの毛でいっぱいの長靴のようなブーツのようなエスキモー民族が履いているような靴を度々拝借。

ばれるたんびに次女真子に怒られていた家内は、まったく気に留めていない様子で、隙をうかがってはせっせと履きこなしておりました。まったくいい根性をしています。



昨朝、雨の中自転車通学の長女愛子は玄関で雨合羽を着て登校の準備。
無造作に引っ掛けてあった私の仕事用の安物ヤッケを掴むと、何の疑いも無く着込み始めたそうです。

気が付いた家内に『それって、おとーさんの仕事のヤッケじゃないの?』と指摘されて気が付いた長女愛子。その無頓着さは家内譲りなのかもしれません。
2010.05.19(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 17.0℃


本日、早朝の建物火災有りて消防団出動。
先ほど帰宅せり。

少々くたびれ候。
こらむを書き込むのも億劫な気分なりて、本日はサボらせていただきたく候。

許されたし。

しからば、これにて御免!
2010.05.18(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 12.0℃


けさも南牧村はグッド・コンディションをキープしております。

引き続き動きの無い、どっしりとした日差しがはやくから差し込み、風は全くといってよいほどありません。あたたかさを感じる朝は大変過ごしやすく、素足で踏みしめる杉の床板が心地よく感じるようになってきました。

おはようございます。





お米が炊き上がる香ばしい匂いが台所から漂ってくるかたじ屋母屋。

昨日は炊飯器の「玄米炊きコース」で、本日はステンレスの鍋を使っての直火で玄米炊きに挑戦です。



私が少年だったころ、我が家では糖尿病を患っていた父親のためだったのか、今で言うヘルシー志向だったのか、毎日毎日玄米ご飯を食していたものです。

子供ながらにあの玄米の色のついた炊き上がり、独特の匂いがとてもいやで、特に朝炊けた玄米ご飯をジャーの保温機能を使って保温した夕食の玄米ご飯の特有の匂いがとてもいやだったことを思い出します。

白いご飯が無性に食べたくなったものです。



先日九州の両親から届いた30キロもの米袋には、まだ精米されていないいわゆる玄米が詰まっており、『精米機で精米して食べてね。』ということなのです。

ふと、あのころの玄米尽くしのころが思い出され、家内と『玄米ご飯で食べてみようか。』ということで意見が一致。

さっそく昨朝、炊飯器の「玄米炊きコース」の指示に従ってセットしてスイッチオン。



やがて、いつもの朝食の時間間近となっても炊き上がる気配がまったく無い炊飯器に不信を抱いた家内は取扱説明書を引っ張り出して「玄米炊きコース」の詳細を確認です。

すぐに素っ頓狂な声をあげた家内。

『えぇ~!玄米炊きって2時間もかかるんだって~!』

さぁ大変です。子供たちはすでに食卓にスタンバイ。すっかりいつもの炊飯時間と同じ感覚でいた家内は大慌てなのです。

急きょ、前日に頂いてあった菓子パンを食卓に並べ、焼き鮭にぬか漬けとお味噌汁で菓子パンをほお張って朝食を済ませた子供たち。玄米ご飯を楽しみにしていた次女真子は恨めしそうな顔を残しながらの登校となったのでした。



肝心の玄米ご飯は、いつもの朝食時間から大幅に遅れて炊き上がり、私も大幅に遅い朝食。

ずいぶんと久しぶりに目の前にした玄米ご飯は懐かしい特有の香りをゆらゆらと漂わせ、不思議と食欲をそそります。

子供のころはあれほどいやだったはずの玄米ご飯がおいしそうに見えてくるのですからまったく不思議なものです。

まだ湯気の立つ玄米ご飯を箸ですくい口の中に。モグモグモグモグ・・・。

噛むほどにうっすらとした甘みと香ばしさが広がってきます。プチプチとした玄米ならではの食感とこの甘さはなんでしょう!ご飯ってこんなに甘いものなのか!とあらためて実感です。

普段の3倍近く噛み込むせいか、食後の満腹感もいつもより数段しっかりとしたものがあり、大変満足でありました。

家内はすっかり気に入った様子で、けさは東北地方で江戸時代のころから行われていたという玄米の簡単でおいしい炊き方を試してみることに。

ついつい口を挟みたくなる私も朝から台所に入り浸り、火の加減を担当したのですが、ひっきりなしに蓋を開けては覗き込む行動が裏目に出たようで、炊き上がりはいまひとつ。あきらかに火加減と、時間を待ちきれないで何度も蓋を開けたのがその原因だったようです。

でもこの炊き方ならとっても手軽に美味しく玄米ご飯が炊けそうです。私が手を出さなければの話ですが・・・・。

玄米ご飯が美味しいと感じるようになったのも、年齢が関係しているのかもしれませんね。
2010.05.17(月)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 11.0℃


けさの天気予報を確認してちょっとビックリです。
今日はどうやらよく晴れて、暑い一日になりそうなのです。

予想最高気温は28℃となっていますので、かたじ屋母屋横の薪小屋測候所ではおそらく日陰での寒暖計の値が30℃前後にまで上昇することが考えられます。

こんな日の作業場内はトタン屋根が焼け、熱気ムンムン40℃の世界へと突入してゆくことになります。いまから覚悟しておかなければなりません。



おはようございます。

少し前までのスカッとした切れのある日差しとは違い、少し黄ばんだ絡むような濃い目の日差しが差し込むけさの南牧村。

夏の盛りの重くのしかかってくるような日差しほどではありませんが、徐々にその色が黄ばみ始めてきているように感じます。季節は初夏に入ってきているのですからそのはずです。



暑くなってくればくるほどにその本領を発揮してくる母屋。

総二階に近いつくりの築100年余りと聞いているかたじ屋母屋は、ご存知の方はご存知だと思いますが、一階の天井部分=二階の床部分が一部を残してそっくり取り払われ、大きく吹き抜けのような状態になっているのです。

高い天井は暑気を上へ上へと引っ張り上げ、暑い盛りのころであっても玄関から一歩屋内に足を踏み入れると、ひんやりと感じさせてくれるほどに快適な空間を作り出してくれるのです。

今の季節が一番中途半端と言えるかもしれません。

初夏の日差しがいっぱいに差し込むこの季節、屋外では汗ばむほどの陽気に思わず『あちーなぁ・・・きょうは。』などと呟やくような天候の日でも、母屋の中で過ごしていると薄ら寒くさえ感じて一枚羽織りたくなるほどにひんやりとしているのです。

もうじきこの天然の冷房がよく効いた母屋の空間が、快適空間となる季節がやってくることになりますが、その前にあのジメジメした梅雨を乗り切らなければなりません。



そういえば・・・・、あの大量に出現していたカメムシの「ワクサ」。いったいどこへ行っちゃったんでしょう?突然姿を消してしまいました。

ムカデの姿を確認した数日前を境とするように、激減したワクサ。毎年不思議と感じているのですがいったいどこへ行ってしまうのでしょうか。謎なのです。
2010.05.15(土)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 5.0℃


けさも寒い朝です。

とうとう薪ストーブに火を入れてしまいました。

火はこたえられませんね・・・。あったかいのです。



本日は週末のさたでぇ~!となりました。

さたでぇ~!といえば、私が子供の頃は土曜日でも当たり前に授業があったものです。

たしか半ドンといって午前中だけの授業だったように記憶しています。

この土曜日の授業が終わったときの開放感といったらたまらない嬉しさがあったものです。

もちろん給食はありませんでしたが、腹ペコのおなかを抱えて帰る自宅への道々は、翌日が休みであるという開放感に満たされ、空腹感よりもウキウキ気分の道草だったように記憶しています。

いまでは土・日休日というのは当たり前のご時勢となり、会社も学校もほぼ日本中が当然のように週末の連休を楽しんでいるようです。



昨日でしたか、お昼のニュースの中でこんな話題が流れていました。

東京都の多数の自治体で、来年度から本格的に実施される「ゆとり教育」からの転換に伴う「脱・ゆとり教育」。

ついこの間まで盛んに「ゆとり教育」を連呼していたように思うのですが、今度は「脱・ゆとり教育」なのだそうです。なにがどうなっているのか私にはよく分からないのですが、どうも国際的な学力調査によるランクが気になってのことのようなのです。(まあ、そんな単純なことだけではないと思いますが・・・。)



古くは1970年代から提唱され始めていた「ゆとり教育」。

その後、日教組、当時の文部省、時の内閣直轄の臨時教育審議会などによってさまざまな角度から審議検討が繰り返され、度重なる学習指導要領の一部改正や全改正などが行われ、一部科目の廃止や新科目の新設、授業時数の削減などが行われていたようなのです。

実際に教育現場で、一般の目にも分かるような形で現れたのが、1992年の2学期から開始された第2土曜日の休業。これを境として「ゆとり教育」がスタートしたという認識の方が多いことだろうと思います。

その後、1995年には隔週での土曜休業、学習指導要領の全改正を経て、2002年からの完全週5日制が実施されたということなのです。

もちろんそれに伴って、さまざまな「ゆとり教育」のためのプログラムが開始されることになり、この2002年をもって完全移行と判断している場合が多いようです。

結局、それから数年とたたずに、今度はゆとり教育による学力の低下が問題視されるようになり、せっかく作った子供たちへのゆとりの時間は、多くの場合私塾などへと向けられ、我が子の学力を心配する保護者たちはますます学校現場への期待を薄くしていくことになります。



ゆとり教育そのものの方向性には決して誤りがあるとは思えないのです。

問題があるとすれば、ゆとり教育とは名ばかりの学力優位、はじき出された順位への神格化、もっとも憂慮すべきはその裁量が現場サイドになく、一方的な通達によって現場が動かなくてはならなかったと言うことではないかと感じています。

もっとも大切な現場を担当する教員たちに、肝心のゆとりが無いのですからよい教育を志していても雑多な報告書類、各種アンケートに代表されるような雑務に追われ、教え・育むなんていうゆとりの教育を伝えることが叶わないでいたように思います。

大変なジレンマがあったのではないかと思います。

豊かな人格教育があってこそ、豊かな学力が予備としてついてくるのです。あくまでも予備でしかないのです。一時的な学力判断でその度にうろたえて、国際順位が去年より下がったのどうのと騒いでは教育現場に修正を求めていたのでは、なにも成就するはずがありません。

もっとしっかりと根を張って、教育方針の裁量を現場に委ねてみてはどうかと思います。うえのほうで子供たちと接することない有識者と呼ばれる方々やお役人が国際評価やマスコミを気にしながら練った作戦ではとてもよい教育を作り出すことはむずかしいように思います。



北欧の国フィンランドは、まさにゆとり教育の先駆者といえます。

完全週5日制、授業時数は日本のゆとり教育よりもはるかに少なく、いわゆる「総合的な学習」に要する時間もかなり多くとっているのです。

それならば例の国際的な学力順位というものはかなり落ちているはずと思いきや、その多くの科目において世界のトップレベルをキープしているのです。なにが違うのか?大いに学ぶべきです。

子供たちが楽しみながら学習をする、皆同じでないことを当然として、同じように進んでいけない落ちこぼれる子供たちにはたとえ義務教育の過程であっても留年してじっくりと学ばせケアしてゆくためのシステムがあり、留年するということに対してまったく偏見というものが存在していないといいます。

そして何よりも、教育方針から教科書の選定に至るかなりの細部にまで現場に裁量権が与えられ、裁量権を持つ現場スタッフは強い責任と達成感を得ることができるわけですから、さらによい教育を目指すことができるというわけなのです。

そのすべてがよいというわけではないと思いますが、多くの学ぶべきことがあるのではないでしょうか。


2010.05.14(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 7.5℃


もうこの時間には、外は眩しいほどに明るく輝き、空の青さははやくもお昼のチャイムが鳴り出しそうなほどの明るさを感じるほどです。

さまざまな種類の木木、草草が見せてくれた春の華やぎもひと段落したようで、初々しいほどピカピカだった新葉が、いつの間にか一人前の大きさに広がり、その色を濃くしていく夏の初めの光景。

差し込む日差しも力強さを増してきているのが、朝の日ざしを眺めているとよ~く分かるようになってきました。

そのわりにはこの数日、体感としてあまり温かく感じられません。風が出ていたせいなのか空気はまだ冷たさを残したままで、なかなか初夏の陽気とは言い難いものがあります。

けさも玄関を出ると、眩いばかりの日差しとは裏腹に空気はひんやり。はやくぽかぽかの陽気になってくれないかなぁ・・・・。





生憎の小雨模様のために、会場を体育館に移してはじまった今年度最初の小学校放課後ボランティアの「あそび塾」。

指を折って数えてみたら、どうやら5年目に入ったようなのです。

それもそのはず、始めたころの低学年性たちがいまでは中学生になってしまったのですから、そのくらいの年月が経過していても不思議はありません。



昨年から募集要項を変更してもらい、1~3年生までの対象だったものを1・2年生までの対象として頂き、少しは楽になるかと思いきや、昨年度の新2年生たち(特に男子)&新1年生たち(特に男子)のわんぱく坊主ぶりに振り回されてしまった感のある一年間。

あの1年生たち(特に男子)が2年生となり、新たに新1年生を迎えての今年度最初の「あそび塾」は正直なところパワーアップしたであろう新2年生(特に男子)たちをコントロールできるのだろうか?という不安が胸を翳める私でありました。



例のごとく校舎の前でたむろして待ち構えている塾生たちは、私塾長が少し早めに登場したにもかかわらず『おそいぞ!』と言わんばかりの勢いで飛び込んできては『今日はどこでやるん?』 『きょうはなにやるん?』と口々に声をかけてきます。

向こうのほうからはランドセルを左右に揺らしながら大声で叫んでいるのが聞こえます。

『か・た・じ・や~~~!』

その声を聞きながら心の中では『せめて"かたじや・さん"と呼ばんかぃ!』と呟きながらも、本能的におそらくあの勢いのまま突進してくるだろうランドセルを背負ったイノシシの子を受け止められる態勢を身構える私。

一瞬たりとも気を抜くことは許されないのです。



会場が体育館に変更になることを告げると、即座に体育館めがけて突進していく塾生たち。このまま止まることを知らずに体育館に激突するのではないかと思わせるほどの勢いにあらぬ心配までしてしまいます。

教員室の前で体育館の鍵を持って待っていてくれた教頭先生のもとに鍵を受け取りに向かおうとした時、新2年生やんちゃ坊主・四天王のひとりが駆け寄ってきて『オレが取って来る。』と言い残し、私を追い越して鍵を受け取ってきてくれたのです。

近づいてきた瞬間からどんな攻撃にも耐えられるような受身の態勢をつくっていた私はちょっと拍子抜けです。

『????なんだ?どうした?』と思っていた私のそばに来たやんちゃ坊主・四天王のひとりは『おれ、体育館係だからさ。』と私に話しかけてきたのです。

『そっか・・・ありがとうな。』というのが精一杯。体当たりを想定して構えていた天下無敵の受身の型は自然体の型に戻すよりありませんでした。



体育館の中になだれ込むちびっ子塾生たちは、まるで葛西水族館の回遊するマグロのように訳もなく体育館をぐるぐると回遊。叫び声をあげながら駆け回る子、すでに靴下を脱ぎ裸足になっている子。

この光景を目の当たりにしながら、この子供たちを率いていくことへの不安を感じないでいられる塾長などいるはずもありません。この一時間をどうやってやり過ごしていくか?私の頭の中はすでに翳んできておりました。

『よ~し、時間だから全員集まれぇ~!』と叫ぶ私。

その瞬間でした。事態は思わぬ方向へ動き出したのです。



あろうことか、あの新2年生やんちゃ坊主・四天王たちの何名かが、そして女子の2年生たちが、体育館を走り続けるマグロの子を・・・失礼!新1年生たちを確保しては私の元に集めはじまったのです。

実に衝撃的で、涙がちょちょ切れてしまいそうな光景が目の前で起こったのです。

あの恐怖のやんちゃ坊主たちが・・・・。



なんだかとっても嬉しい予想外の出来事に、確かに子供たちが成長していっていることを実感させられた今年度・第一回目の「あそび塾」でありました。

しか~し、まだ完全に防御の姿勢を崩すには早いということも認識しております。いつなんどきミサイルのような体当たり攻撃がやってきても良いように準備だけは怠らないようにしなくてはなりません。

なんてったって、新たに新1年生が入塾してきたんですからね。


2010.05.13(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 5.0℃


地上の熱が空に吸い上げられてしまったのか、けさは一段と気温が下がり、かたじ屋母屋横・薪小屋測候所では今朝の気温5.0℃を記録しております。

冬の季節の朝日とは違う、濃厚な朝の日差しが山山のうえのほうに当たり、そこだけ山が輝いているように見えるけさの南牧村です。

なんだか・・・PCのまえに座っていると、胴震いがこみ上げてくるような寒い朝なのです。



哀愁を帯びたまとわりつくようなメロディー。
あまりにも有名な映画「太陽がいっぱい」のメインメロディーです。

この曲を聴くとあの若かりしアランドロン扮する貧乏青年トムがヨットのキャビンでギラギラしながら金持ちの友人フィリップのサインを何度も何度も練習をしている印象的なシーンを思い出します。

「太陽がいっぱい」といえば上半身裸でヨットの舵を握る日焼けしたアランドロンの姿が代表的なシーンとして出てきますが、私にとっては富豪の放蕩息子フィリップを手にかけたあとの青年トム(アランドロン)が、サインを完璧に身につけるために黙々と練習していたシーンが浮かんでくるのです。

完全犯罪を確信していた青年トムは、描いたシナリオどおりにフィリップの財産と密かに好意を寄せていたフィリップの彼女マルジュを手に入れ何もかもがうまくいったと思っていたのですが・・・・。



そんな名作のなかで何度となく流れていたニーノ・ロータの「太陽がいっぱい」が入っているトランペットの楽曲集をブックオフで発見!さっそく三冊まとめて購入してきたのが過日ゴールデンウィーク中のことでした。

ペラペラとページをめくり、知っている曲を吹いてみたりとしていますが、やっぱり「太陽がいっぱい」のページに戻ってきてしまいます。

なんとか練習して最後まで吹けるようになりたいのですが、途中の店長のところから?間違えました転調のところからシャープなる記号が3つも現れ苦戦しております。

いったいいつになったら最後まで吹けるようになるんでしょうかね。
2010.05.12(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 12.0℃


一昨日夕刻からの宵越しの弱い雨は、ほぼ一日中ダラダラと降り続き、きのうの夕方からは雨脚がパワーアップ。

日も暮れて夜の気配に包み込まれた頃からは本降りとなった雨。

その後はどの程度降っていたのか夢の中に到達してしまった私には知る由もありませんが、朝の気配からしてかなり遅くまで降り続いていたように思われます。

見上げた空にはまだ、雨を降らせたと思われる灰色の雲が厚く空を覆い、西の空から青い空が追い立てるように雲たちを押しのけ始めています。

山肌に絡みつく綿菓子のようなモヤは沢伝いに立ち上がって、明るくなってきた朝から逃れるように空に上っていくのが見えます。なんだかのっそりとした動き。

たっぷりと降った雨のせいで、けさの空気は水蒸気の密度がかなり高く感じますが、不思議と不快ではありません。なんだかしっとりとして気持ちがよいほどですし、なにより「本日は晴天なり!」という気配がビンビンと伝わってきていますので、濡れた空気も心地よく感じているのかもしれません。



おはようございます。

来たる5月16日・日曜日は、私も所属する南牧村消防団第九分団の今年度2回目の火防活動日の予定となっております。

今年度から、これまで第九分団では数年来封印されてきたと思われる、戸別に配布する消防団特製「月割り捺印欄付き・防火お札」の巡回捺印が再開されることになり、月一での招集がかかりました。

これまで村の消防団としては、継続してこの「月割り捺印欄付き・防火お札」の全戸配布と毎月の火防戸別訪問および確認印の捺印を奨励してきていたようなのですが、すくなくとも私が第九分団に所属してから一度も我が分団では行ってきたことがありませんでした。

理由はよく分かりませんが、漏れ聞くところによりますと、やはりなんといってもこのお札のご利益に対する懐疑心。(こんなことやって何の意味があるんだよぉ~。)

はたまた他分団に比べてこなさなくてはならない戸数の多さに対する不満、訪問しても留守宅が多く対応に困るなどなどいろいろなご意見があるようなのですが、やはり一番の理由と考えられるのは「面倒だ!」の一語に尽きるのではないかと推察しています。

村の消防団という組織に属していて、何がしかの報酬を得て活動していながら、全体の方針に対して拒否をし続けるというのはいかにも九分団らしいといえばらしいのですが、全体を束ねる方々にしてみればまさに"目の上のたんこぶ"。   扱いの厄介な分団だったことだろうと思います。

すくなくとも組織の中に属しているからには、公式の会議なりの場において主張するものは主張し、大いに意見交換をして内容を煮詰め検討したのちは、全体の方針というものが示された以上は自分たちの本意に沿わない部分があったとしても全体の方針を守っていかなければならないことはある程度の大人であれば理解できるだろうとおもいます。

どうしても納得がいかないのであれば、答えは簡単!
やめればよいのです。

やめることなく、報酬も頂くということであれば決まった以上は守っていかなくては、組織として成り立ちませんね。

自分たちが束ねる立場の側だったらどんなにやりづらいことかと、想像してみるのも良いかもしれません。



決まった以上は不服があっても守りながら、継続してお札の必要性や戸別巡回の意義や現状での現場の大変さや効果のあるなし。そもそも何のためにやるのか?などなど大いに議論し意見を交わしてみてはどうかと思います。

全体を束ね、運営を任されている方々も、安易に『昔から続けていることだから・・・。』とか、『伝統だから・・・。』と片付けてしまうことなく、すでに分団の配置されていない地域が出てきたり、人的にもやりくりが難しくなってきている現状をしっかりと見極めて、本当に必要なことならばしっかりとした理由付けを説明し、納得してもらう必要があると思うのです。

ダラダラと続けて、さほど効果の無いことならば止めると判断することも選択肢の中に入れておかなくてはいけないと思います。

まあ私は、第九分団・分団長および副分団長から『あっちの地区のハンコ押しにまわってくれ!』と言われれば、『ガッテン、承知の助でぇ~い!』と詰所を飛び出し、道草しながらまわるつもりですけどね。
2010.05.11(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 12.5℃


おはようございます。

けさの南牧村は、この時間も弱い雨が降り続き、昨夕から宵越しの雨となっています。

どうやら今日は一日こんな弱い雨のそぼ降る状態が続きそうですので、『少しぐらいいいや!』と甘く見てしまうと風邪っぴきの元にもなりかねませんので、お出かけの際、傘をお持ちになることをお勧めします。





『谷亮子よ、お前もかっ!』
という気分で読んだけさの新聞。

各党、来る参院選に向けてなりふり構わぬ攻勢に出ているのでしょうか?

しかも本業である柔道のほうも現役として続ける意向と読み進んで二度ビックリです。

いくらなんでも国会議員という職を簡単に考えているのではないかと感じてしまいます。

『ロンドン五輪で金メダルを目指します!』とのコメント。本人の意思で出馬を決意したのだろうと思いたいところですが、なんだか人気取りの目玉に担がれているようで心配になっちゃいます。

みればあの元読売巨人軍・中畑清氏の名前も、そして往年の名投手と表現しても良い悪太郎・堀内恒夫氏の名前も・・・・。

さらには全日本プロレスの西村修氏。日本の4番を務めたこともある元近鉄~読売巨人軍・石井浩郎氏。

清風高校男子体操部出身、バルセロナ銀メダルの池谷幸雄くん(遠藤幸雄氏と同名なので個人総合もとってほしかった。)

自転車競技のアテネ五輪銀メダリスト・長塚智弘くんまでも・・・。

変わったところでは「星降る街角」で有名な敏いとう氏、「奥さまは18歳」の岡崎友紀さん、「飛んでイスタンブール」の庄野真代さん、他にも三原順子さんは検討中などなど。



いい加減な決意で立ち上がったわけでもないだろうと思いますし、なにもしない私ごときが、とやかく言うべき事柄でもないだろうと思いますが、なかには???と首を傾げてしまうような事例もあるように思います。

擁立の経緯や基準というものを知る機会がありませんのでいい加減には判断できませんが、なんだか各党ともに駒取り合戦・なんでもありっ!という様相なのです。

「いかにランクの高い著名人を担ぎ出せるか。」を競っているかのように、発表の会見ではご満悦顔の政界の重鎮方。

多数に重きを置く、民主主義の真似事のような国会運営上、なんとしてもその権力を我が物にしたい気持ちは分からなくはありませんが、ちとあさましいというか、見ている方が恥ずかしさを感じてしまうような無分別を感じてしまいます。

もしかしたら現在の日本丸の状況は、生みの苦しみの真っ只中なのかもしれません。あっちにぶつかり、こっちによろめきながら新たな芽を出し、踏みつけられ日照りに干されながら今までには無い新しい何かの誕生のために苦しんでいるのかもしれません。

生まれてくるのはなんだろう?

桃太郎か?
2010.05.10(月)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 11.5℃


週明けの月曜日、外は穏やかな空気に包まれている南牧村です。

見上げると、真上に当たる空には飛行機雲のあとのような一筋の雲。少し時間が経過して緩んでしまったような巾のある一筋。

風はほとんど感じられず、ゆるりとした朝となっています。

おはようございます。
土日の2日間、遊び呆けていたこぐまくんは家内に叱られ、現在宿題のプリントに向かってしかめっ面での取り組み中です。が・は・は・は・は!笑っちゃいますね。

年齢のせいもあるのかもしれませんが、私の記憶の中には家で宿題をやっているという記憶がまったくありません。そもそも私たちが子供だった頃にも小学校で毎日の宿題というものが出ていたものなんでしょうか?   私の記憶が無いだけなんでしょうか?

授業が終わるとひとしきり校庭で遊んだり、帰りの道草にどっぷりはまり込んだり、帰宅してもとにかく子供同士の世界の中で遊んでいたような記憶しか思い出せないでいます。

日が暮れてすっかり薄暗くなるまでひたすらに遊び呆けていたような気がしますが、宿題なんてあったんでしょうかね。どなたか記憶の鮮明な方がいらっしゃいましたらご一報ください。





裏山のすぐ手の届きそうなところにも、車で通る県道45線から見える山山の景色の中にも一際目立つ薄むらさき色をした藤の下垂花。

今がちょうど花の見ごろとなるようで、新緑で賑わう山肌の中でも一際目を引きます。

先月、こぐまくんの入学の記念にと、近くに住む同級生のお母さんから藤の鉢植えを頂きました。

まだ地植えする場所が決まっていないこともあって、鉢植えのまま母屋前の一等地でその開花時期を迎えた藤。

小さいながらもたくさんの花をぶら下げて見事なものです。大きく育っていくことを考慮して適当な場所に植え替えをしてあげたいと思っています。

やはり枝や蔓を這わせ、棚から垂れるように花を咲かせて、棚の下には赤い毛氈を敷いた縁台なんかが置いてあるといいのです。

どこかの時代劇にでてくるようなシチュエーション。2本ばかりのお団子とお茶でも出てくれば言うこと無しなのです。

まあ、棚に這わせて木漏れ日が覗けるようになるには、相当な年月が必要になることとは思いますが、そのあたりも考慮しながら適地を決めていかなければなりません。

名付けて「こぐま藤」。
どんな成長を見せてくれるんでしょうか。
2010.05.08(土)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 9.5℃


南の空たか~いところに、ぽかりと浮かぶ有明の月が白い姿を見せる南牧村は、あさの白んだ空色の中に雲ひとつ無い空模様となりました。

はやくも母屋裏にそびえる「かたぢ山」の頂き付近には、黄金色に輝く朝の日差しが差し込み、境い目をくっきりとあらわしております。   きょうはいい天気になりそうです。

おはようございます。
気が付けばさたでぇ~!のあさ。

きのうの雨が余韻を残す、しっとりとしたあさを迎えている南牧村。
予想以上に降りました。

雨上がりの夕方、ここかたじ屋付近から見てやや北東よりの山並みから南西の方角にかけて鮮やかな虹が架かっていたのを確認しました。ラッキーです。

虹はそれほど間を置かず、その姿を翳めて次第に見えなくなってゆきましたが、なんだかものすごく久しぶりに虹を眺めたような気がします。



『おとーさん!すごいよ、みてごらん!』
と、作業場の入り口から叫んでいたのは長女の愛子。

時刻は南牧標準時で言うところの18時27分。

暮れていこうとする遅い夕刻の間際でのことでした。

空を跨ぐように架かる虹の両側、元に近い箇所が鮮やかに虹色に分かれ、弧を描く上の部分はうすくなってはいましたが、こんなに目の前で、はっきりと見るのは本当に久しぶりのことです。

急かされて、腰にぶら下げたキビ団子入れから・・・もとい、携帯ホルダーから小さなデジカメを引っ張り出して画像に納めようと試みてはみましたが、残念ながらこのページで公開できるような見事な一枚が無く断念。

谷あいの山山に囲まれた小さな村の上空に架かった虹。
どうぞみなさんの頭の中で想像してみて下さい。

う~ん、ビューティフル!
2010.05.07(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 13.5℃


暦の上では、大体きのうあたりから、夏の季節の入り口付近に差し掛かったことを示す「立夏」の節気入り。

これから立秋の前日までを古暦では夏と呼んでいるようです。夏か・・・・。



おはようございます。
山肌に、まだら模様に光る新葉の群れ。

連休の後半あたりには出揃った感のある今シーズンの若葉が、気のせいか、この数日の間で少し、また少しと色を濃くしているような気がします。

かたじ屋前を流れる清流南牧川の対岸に育つ大きなケヤキ。

そのまだ勢いのある天に向かって広がる枝振りにも、小判型の若い葉が今年も一杯につき、わっさ・わっさと風が吹きぬけるたんびに右に左にと巨体を揺らしています。

うす雲の覆われたけさの南牧村は、遠い景色に霞がかかり、視界はやや不良でスタートです。

このところの好天も、さすがにここいらで一服と見え、けさは白ぼけた空模様が晴れ上がってゆく気配を感じることはできません。



今シーズン用に切り出された竹の細い釣竿はこぐまくんモデル。

現在、作業場の隅っこのほうで枯れ色になってくるのを待っている状態です。

ようやく昨年あたりには、魚が戻ってきている兆候を感じることができた目の前を流れる南牧川。今年はしっかりと魚たちが戻ってきてくれているんでしょうか?とっても楽しみなのです。

透きとおった川面に魚たちを見つけることがむずかしくなって数年が経ち、その間少しづつ自然の治癒力で元の姿に戻ろうとしている川には、まだまだ爪痕がそこかしこで見られます。

赤茶色に錆びた肌を剥き出しにする大きな鉄板は、川上に架かる小さな橋が濁流にのまれ崩壊し、流れ着いた残骸です。

川の景観には異質な存在であるせいか、一際目立って目についてしまいます。

流されて無くなっていた上流側に架かっていた小さな橋は、先日自転車で農道2号線を上った際にはきれいに架け替えられて、再び住民の貴重な通路として復活を遂げておりました。

車の通行はできませんが、自転車くらいなら通ることができる程度の簡単なつくりの橋ではありますが、あるのと無いのとでは大違いなのです。

最近架け替えられたその小さな橋を越えて、川のこちら側にお散歩の足をのばす磐戸宿の住人が増えてきているのを実感しているこの頃。

やはり便利なんですね。

まあ、できることなら、ここかたじ屋の前に残る橋脚辺りにも、せめて自転車が通れるくらいの橋を架けなおしてもらえると嬉しいのですが、架け直されて喜ぶのは我が家一軒くらいでしょうからそんなわがままが通るはずもありません。

さればなんとか、ワイヤーか太めのロープを渡して、滑車の下に人間一人が乗れる程度のカゴをぶら下げて、『あーあ、あ~~!』のターザン声をこだまさせながら向こう岸に渡れるようなスライダーを設置してくれないものでしょうか。

・・・・無理ですよね。
2010.05.06(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 14.5℃


ところで・・・・今日は何曜日?

なんだか曜日の感覚にズレを感じているけさ。

私かたじ屋も、このたびの黄金週間はカレンダーの赤い文字表示に従って休ませて頂き、2日の日曜日には午前・午後と通しでの楽団練習、世に言う「GWだよ!桜舞い散る春のプチ合宿」に参加、みっちりとしごかれてきました。

同日夕方からは、家内の実家である東京は西新井に向かったのですが、何故か上信越道にゲートインして間もなくからゆっくりとした渋滞にはまり、延々と関越道・上里近辺まで・・・。

少し走り始めたと思ったら、どうしようもないほど動かなくなる大渋滞の罠にはまってしまった『混まないはず!』と予測していた上り車線。

大渋滞の原因は関越道・寄居パーキング入り口付近での車両火災と判明。

ようやく通りかかった寄居パーキング入り口には、完全に燃え尽きてもうどこにも燃える部分が残っていないというくらいに燃え尽きた一台の乗用車らしき残骸と、たくさんの警察官や消防関係と思しき姿。

あたりはまだキナ臭い臭気が広範囲に漂っているようで、愛車ルシーダ君の内部にまで侵入してきて鼻を突きます。

この火災現場を通り過ぎると、今までの大渋滞が何だったのかというくらいにスムーズな流れとなり、快適ドライブにそれまでの渋滞によるストレスはどこかに吹き飛んでしまいました。



予定では昨日5日の夜に帰宅する予定でいましたが、この連休中にどうしてもやっておきたかった薪作りの作業が気掛かりで、急きょ4日の夜中に帰宅。昨日は朝から一日中薪作り作業に従事した私と、ときどき手伝う家内でありました。

暑いほどの日中は、かたじ屋母屋横にある薪小屋測候所の寒暖計の赤い液柱を31℃にまで押し上げ、汗だくになりながらの薪作り。

適当な大きさに割られ、山に積まれた薪を薪置き場に積み上げていくのは家内の仕事。慣れた段取りで一輪車に乗せては運び出し、ストック場へと移動して積んでゆきます。

割ってゆくペースのほうが積んでゆくペースよりも遅いために、せっかく山に積んだ薪も家内の黙々と運び出す一輪車のペースにあっという間になくなって、『また山になってきたら呼んでね!』とサッサと引き上げる家内。

なんだかちょっと悔しい私。

作業が捗ったということですから悔しがるようなことではないはずなのですが・・・『お先に!』っていう感じでやっぱり悔しいような気がしてしまいます。



なんだかんだといいながらも、予定していた分を薪割りすることができましたので良しとしますかね。

それでも、ひとシーズン分の5分の1程度がようやく作れたというところですから、まだまだ薪作りは繰り返されることになります。なんとか夏までには来シーズン分を作って乾燥させておきたいと考えているのですが、予定通りに行くのでしょうか?

ちょっと心配なのです。
2010.05.01(土)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 4.0℃


只今の時刻、午前5時34分。

長女愛子はこんな時間から朝食をほおばっております。

外はもう十分に明るく、少しぼやけ気味ですが青い空も広がっています。と思ったら、西の方角から巨大な雲の船団がゆっくりとこちらに向かって流れているのを発見です。

見るからに厚みのありそうな、骨太感のある巨大な雲。何しにやってきたんでしょう?悪さをしなければよいのですが・・・。



話は戻りますが、どうして長女愛子はこんなに早い時間に朝食をほおばっているのかといいますと、きょうは中学校の部活動・軟式テニスの大会の残りが行われることになり早朝からの集合、大会会場へと移動するのだそうです。

本来は4月の24・25の両日で団体戦、個人戦ともに消化する予定になっていたようなのですが、24日が雨の影響で中止。25日に団体戦と個人戦の一部を行って、残りは過日となった29日に変更。

ところがこんどは、一昨日である29日にまたまた午前中に雨・雨・雨・・・。

なんとか大会は始まったものの、予定していた早い時間に組まれた試合をこなしたところで中断、三度延期と相成ったのでありました。



そして今日。

西空から押し寄せていた怪しげな雲の船団もいつの間にか姿を消して、明るい日差しが一杯に差し込んでいる南牧村。

大会は近隣の富岡市にある総合運動場の10面ほどあるテニスコートを使って行われることになっていますが、どうやら今日で全試合をこなすことができそうなのです。

テニスもいいですねぇ。
みているとやりたくなってきます。

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