2010.05.07(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 13.5℃
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 13.5℃
暦の上では、大体きのうあたりから、夏の季節の入り口付近に差し掛かったことを示す「立夏」の節気入り。
これから立秋の前日までを古暦では夏と呼んでいるようです。夏か・・・・。
おはようございます。
山肌に、まだら模様に光る新葉の群れ。
連休の後半あたりには出揃った感のある今シーズンの若葉が、気のせいか、この数日の間で少し、また少しと色を濃くしているような気がします。
かたじ屋前を流れる清流南牧川の対岸に育つ大きなケヤキ。
そのまだ勢いのある天に向かって広がる枝振りにも、小判型の若い葉が今年も一杯につき、わっさ・わっさと風が吹きぬけるたんびに右に左にと巨体を揺らしています。
うす雲の覆われたけさの南牧村は、遠い景色に霞がかかり、視界はやや不良でスタートです。
このところの好天も、さすがにここいらで一服と見え、けさは白ぼけた空模様が晴れ上がってゆく気配を感じることはできません。
今シーズン用に切り出された竹の細い釣竿はこぐまくんモデル。
現在、作業場の隅っこのほうで枯れ色になってくるのを待っている状態です。
ようやく昨年あたりには、魚が戻ってきている兆候を感じることができた目の前を流れる南牧川。今年はしっかりと魚たちが戻ってきてくれているんでしょうか?とっても楽しみなのです。
透きとおった川面に魚たちを見つけることがむずかしくなって数年が経ち、その間少しづつ自然の治癒力で元の姿に戻ろうとしている川には、まだまだ爪痕がそこかしこで見られます。
赤茶色に錆びた肌を剥き出しにする大きな鉄板は、川上に架かる小さな橋が濁流にのまれ崩壊し、流れ着いた残骸です。
川の景観には異質な存在であるせいか、一際目立って目についてしまいます。
流されて無くなっていた上流側に架かっていた小さな橋は、先日自転車で農道2号線を上った際にはきれいに架け替えられて、再び住民の貴重な通路として復活を遂げておりました。
車の通行はできませんが、自転車くらいなら通ることができる程度の簡単なつくりの橋ではありますが、あるのと無いのとでは大違いなのです。
最近架け替えられたその小さな橋を越えて、川のこちら側にお散歩の足をのばす磐戸宿の住人が増えてきているのを実感しているこの頃。
やはり便利なんですね。
まあ、できることなら、ここかたじ屋の前に残る橋脚辺りにも、せめて自転車が通れるくらいの橋を架けなおしてもらえると嬉しいのですが、架け直されて喜ぶのは我が家一軒くらいでしょうからそんなわがままが通るはずもありません。
さればなんとか、ワイヤーか太めのロープを渡して、滑車の下に人間一人が乗れる程度のカゴをぶら下げて、『あーあ、あ~~!』のターザン声をこだまさせながら向こう岸に渡れるようなスライダーを設置してくれないものでしょうか。
・・・・無理ですよね。

やまねこどの
目もくらむような断崖絶壁。底の方では濁流が流れ下る・・・。
確かにスリル満点のシチュエーションですが、「ゴンドラの下には手の届きそうな位置に流れる清流・南牧川・・・。」なんていうのもオツなものではありませんか。
京都の鴨川に張り出された納涼床のような感じでしょうかね。
かたじ屋どの
<インディジョーンズ魔宮の伝説>
磐戸宿への川の架け橋をロープでゴンドラ・・。うーん、面白い着想ではあるがいかにも川の規模と景観の迫力に乏しい。表記のハリソンフォード主演の映画に登場する川は足もすくむ断崖で茶色の濁流が流れている。橋もワイヤではなく布製のロープで竹籠が吊るされている。こういうsituationでかつ対岸の囚われの姫を救出に向かうというのであれば多少絵になる。虎のパンツを着用した貴兄がチンパンジーも連れずゴンドラの中で「アーア、アー!」と絶叫しても誰もターザンとは言ってくれないだろう。まさか入学したての大きくなったこぐま君を右肩の上に載せていくわけにはいかないだろう。かといって小生に頼んでも不可能だ。小生は現在五十肩なのだ。
かってジョニー・ワイズミュラーよりクロールが上手いと言われたやまねこ