2010.05.12(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 12.0℃
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 12.0℃
一昨日夕刻からの宵越しの弱い雨は、ほぼ一日中ダラダラと降り続き、きのうの夕方からは雨脚がパワーアップ。
日も暮れて夜の気配に包み込まれた頃からは本降りとなった雨。
その後はどの程度降っていたのか夢の中に到達してしまった私には知る由もありませんが、朝の気配からしてかなり遅くまで降り続いていたように思われます。
見上げた空にはまだ、雨を降らせたと思われる灰色の雲が厚く空を覆い、西の空から青い空が追い立てるように雲たちを押しのけ始めています。
山肌に絡みつく綿菓子のようなモヤは沢伝いに立ち上がって、明るくなってきた朝から逃れるように空に上っていくのが見えます。なんだかのっそりとした動き。
たっぷりと降った雨のせいで、けさの空気は水蒸気の密度がかなり高く感じますが、不思議と不快ではありません。なんだかしっとりとして気持ちがよいほどですし、なにより「本日は晴天なり!」という気配がビンビンと伝わってきていますので、濡れた空気も心地よく感じているのかもしれません。
おはようございます。
来たる5月16日・日曜日は、私も所属する南牧村消防団第九分団の今年度2回目の火防活動日の予定となっております。
今年度から、これまで第九分団では数年来封印されてきたと思われる、戸別に配布する消防団特製「月割り捺印欄付き・防火お札」の巡回捺印が再開されることになり、月一での招集がかかりました。
これまで村の消防団としては、継続してこの「月割り捺印欄付き・防火お札」の全戸配布と毎月の火防戸別訪問および確認印の捺印を奨励してきていたようなのですが、すくなくとも私が第九分団に所属してから一度も我が分団では行ってきたことがありませんでした。
理由はよく分かりませんが、漏れ聞くところによりますと、やはりなんといってもこのお札のご利益に対する懐疑心。(こんなことやって何の意味があるんだよぉ~。)
はたまた他分団に比べてこなさなくてはならない戸数の多さに対する不満、訪問しても留守宅が多く対応に困るなどなどいろいろなご意見があるようなのですが、やはり一番の理由と考えられるのは「面倒だ!」の一語に尽きるのではないかと推察しています。
村の消防団という組織に属していて、何がしかの報酬を得て活動していながら、全体の方針に対して拒否をし続けるというのはいかにも九分団らしいといえばらしいのですが、全体を束ねる方々にしてみればまさに"目の上のたんこぶ"。 扱いの厄介な分団だったことだろうと思います。
すくなくとも組織の中に属しているからには、公式の会議なりの場において主張するものは主張し、大いに意見交換をして内容を煮詰め検討したのちは、全体の方針というものが示された以上は自分たちの本意に沿わない部分があったとしても全体の方針を守っていかなければならないことはある程度の大人であれば理解できるだろうとおもいます。
どうしても納得がいかないのであれば、答えは簡単!
やめればよいのです。
やめることなく、報酬も頂くということであれば決まった以上は守っていかなくては、組織として成り立ちませんね。
自分たちが束ねる立場の側だったらどんなにやりづらいことかと、想像してみるのも良いかもしれません。
決まった以上は不服があっても守りながら、継続してお札の必要性や戸別巡回の意義や現状での現場の大変さや効果のあるなし。そもそも何のためにやるのか?などなど大いに議論し意見を交わしてみてはどうかと思います。
全体を束ね、運営を任されている方々も、安易に『昔から続けていることだから・・・。』とか、『伝統だから・・・。』と片付けてしまうことなく、すでに分団の配置されていない地域が出てきたり、人的にもやりくりが難しくなってきている現状をしっかりと見極めて、本当に必要なことならばしっかりとした理由付けを説明し、納得してもらう必要があると思うのです。
ダラダラと続けて、さほど効果の無いことならば止めると判断することも選択肢の中に入れておかなくてはいけないと思います。
まあ私は、第九分団・分団長および副分団長から『あっちの地区のハンコ押しにまわってくれ!』と言われれば、『ガッテン、承知の助でぇ~い!』と詰所を飛び出し、道草しながらまわるつもりですけどね。

匿名どの
コメントありがとうございます。
また機会がありましたらぶらりと覗いてみてください。
「 南消第九」につきましては、やはり少々略しすぎのような気がしないでもありませんが、十分に伝わっておりますのでご安心くだされ。
かたじやどの
もうお休みになられ、夢の中かとおもいますが、こんばんは。
昨日、前橋は一日中強風の中にあり、夜は部屋にいても肌寒くなり、この時間(午前2時過ぎ)は少し暖を取っている有様です。
なかなか定まらぬ天候が続き作物への影響が心配になりますね。
南消第九(略し過ぎ?)のこと、お気遣いも、もどかしさも、多々あるのでしょうね。ご苦労様でした。
「戸別巡回」・・仕事とは違う動きは、使命感みたいなものも必要になりますよね。
その辺のこともわかっておられる「かたじや殿」でしょうから
ストレスも備蓄されているかとお察しいたします。
ひょっこりひょうたん島のドン・ガバチョの歌。
「今日がダメなら明日がある。明日がダメならあさってがある。どこまでいっても明日がある・・・
ドンドンガバガバ~ドン・ガバチョ」
明日は誰にでも平等にやって来ます(^0^)
やまねこどの
「霊験あらたかな火防お札」とは、わたくし流のジョークのつもりでありまして、毎年年度の頭に各地区の分団が一戸一戸に配布している火の用心をキャッチコピーとした縦長の小さなポスターのようなもののことです。
下のほうには毎月見回りの度に確認印を押せるようにマスが書き込まれております。
かたじ屋どの
<消防団は宗教団体か>
霊験あらたかな防火お札の配布と捺印管理・・消防団の本来業務か?なんか総会で僧侶の読経がある当地の水道組合に似ているな。貴兄の言うように組織集団なのだから組織の総意に基づき行動すべきと思うが、問題はその「総意」がどの様な論理でかつ経緯で組織の中で確認されたのかが気になる。「そもそもこのご時世にお札で防火を計ろう」なんて価値観が底流にあるとすれば戦後どころか江戸時代もまだ終了していない。恐らく自民党同様の長老支配の構図が消防団にもありそうだ。旧来の因習にとらわれている爺さん共がお札から脱却できないなら、その理念に同調するものが氏子会みたいな組織を作り祭り同様宗教行事として個別に行動すればよいのだ。大体消防団なんだから貴兄のような若手もいるだろう。なぜ「個別巡回の意義」なんかが議論とならないのだろう。「昔からやっていることだから」なんて言う若い団員がもしいるとすれば当地は「限界集落」どころか「限界終了集落」と言わざるを得ない。
お札はキョンシーの額か牡丹灯籠だけでよいと思っているやまねこ