2010.05.18(火) 懐かしの玄米ご飯。

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2010.05.18(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 12.0℃


けさも南牧村はグッド・コンディションをキープしております。

引き続き動きの無い、どっしりとした日差しがはやくから差し込み、風は全くといってよいほどありません。あたたかさを感じる朝は大変過ごしやすく、素足で踏みしめる杉の床板が心地よく感じるようになってきました。

おはようございます。





お米が炊き上がる香ばしい匂いが台所から漂ってくるかたじ屋母屋。

昨日は炊飯器の「玄米炊きコース」で、本日はステンレスの鍋を使っての直火で玄米炊きに挑戦です。



私が少年だったころ、我が家では糖尿病を患っていた父親のためだったのか、今で言うヘルシー志向だったのか、毎日毎日玄米ご飯を食していたものです。

子供ながらにあの玄米の色のついた炊き上がり、独特の匂いがとてもいやで、特に朝炊けた玄米ご飯をジャーの保温機能を使って保温した夕食の玄米ご飯の特有の匂いがとてもいやだったことを思い出します。

白いご飯が無性に食べたくなったものです。



先日九州の両親から届いた30キロもの米袋には、まだ精米されていないいわゆる玄米が詰まっており、『精米機で精米して食べてね。』ということなのです。

ふと、あのころの玄米尽くしのころが思い出され、家内と『玄米ご飯で食べてみようか。』ということで意見が一致。

さっそく昨朝、炊飯器の「玄米炊きコース」の指示に従ってセットしてスイッチオン。



やがて、いつもの朝食の時間間近となっても炊き上がる気配がまったく無い炊飯器に不信を抱いた家内は取扱説明書を引っ張り出して「玄米炊きコース」の詳細を確認です。

すぐに素っ頓狂な声をあげた家内。

『えぇ~!玄米炊きって2時間もかかるんだって~!』

さぁ大変です。子供たちはすでに食卓にスタンバイ。すっかりいつもの炊飯時間と同じ感覚でいた家内は大慌てなのです。

急きょ、前日に頂いてあった菓子パンを食卓に並べ、焼き鮭にぬか漬けとお味噌汁で菓子パンをほお張って朝食を済ませた子供たち。玄米ご飯を楽しみにしていた次女真子は恨めしそうな顔を残しながらの登校となったのでした。



肝心の玄米ご飯は、いつもの朝食時間から大幅に遅れて炊き上がり、私も大幅に遅い朝食。

ずいぶんと久しぶりに目の前にした玄米ご飯は懐かしい特有の香りをゆらゆらと漂わせ、不思議と食欲をそそります。

子供のころはあれほどいやだったはずの玄米ご飯がおいしそうに見えてくるのですからまったく不思議なものです。

まだ湯気の立つ玄米ご飯を箸ですくい口の中に。モグモグモグモグ・・・。

噛むほどにうっすらとした甘みと香ばしさが広がってきます。プチプチとした玄米ならではの食感とこの甘さはなんでしょう!ご飯ってこんなに甘いものなのか!とあらためて実感です。

普段の3倍近く噛み込むせいか、食後の満腹感もいつもより数段しっかりとしたものがあり、大変満足でありました。

家内はすっかり気に入った様子で、けさは東北地方で江戸時代のころから行われていたという玄米の簡単でおいしい炊き方を試してみることに。

ついつい口を挟みたくなる私も朝から台所に入り浸り、火の加減を担当したのですが、ひっきりなしに蓋を開けては覗き込む行動が裏目に出たようで、炊き上がりはいまひとつ。あきらかに火加減と、時間を待ちきれないで何度も蓋を開けたのがその原因だったようです。

でもこの炊き方ならとっても手軽に美味しく玄米ご飯が炊けそうです。私が手を出さなければの話ですが・・・・。

玄米ご飯が美味しいと感じるようになったのも、年齢が関係しているのかもしれませんね。

コメント(7)

かたじ屋どの
<13階段の絞首刑で落下しないアゴ>
うーん。王貞治か。やはり彼がエラチャンピオンかな。エラが張っているほうがアゴより絞首刑失敗率は低くそうだ。逆に昔の横綱「隆の里」の様にアゴがなく絞首刑が成り立たないタイプもいる。
       死刑はやはりギロチンに限ると思うやまねこ
    

やまねこどの

そういえば王貞治氏も相当なものですよね。マラソンの高橋尚子さんもしっかりしたアゴの骨格をしています。やはり玄米なんでしょうか?

かたじ屋どの
<昔の人の顎力は玄米で鍛えられた>
最近は玄米を食べないせいかアゴやエラの張った人物が少なくなった。昔は俳優では伊藤雄之助なんかがアゴがよく張っていた。外人では西部劇のカーク・ダグラスなんかアゴ人間だね。相撲の大内山も張っていた。最近では山田邦子、スタイル抜群の美人の藤原紀香も結構なものだ。小生の中学の英語教師のエラの張り方は尋常でなく、鉄棒にアゴを引っ掛けてぶら下がっていた。
   地下鉄の向かい側のシートにエラ張りがいないかいつも探しているやまねこ

どらごんどの

麦飯と言えば、ムラサキ神田店の裏のほうに牛タンと麦飯にとろろの定食を出すお店があったのを思い出したよ。よくかよったなぁ・・・。

やまねこどの

昔の日本人にはあごの骨の張った顔つきが多かったと聞きます。食してみると分かりますが、白米の悠に3倍は噛みあわせますので自然とあごの骨も筋肉も発達したんでしょうね。

こんにちは!

玄米ご飯、美味しいよねっ!
俺んちの場合は子供の頃『麦ごはん』だったな。
母方の祖父が「健康のためにそうしなさい」って事で送ってくれていた。
最近、いろんな穀物をパックした『雑穀米』などと称する商品が多く出まわっていますが、カレーライスの時に使うとより一層美味しいって感じます。

それと、カメムシ。
カメムシが成虫で越冬するってのは昨年もここに書いたよね?
でね、その『越冬場所』ってのが問題なのよ。
たまたまその場所が民家の床下や天井裏に選ばれた場合、この時期にウジャウジャと室内に湧いてくるわけ。

今年は他の場所で越冬してくれたんじゃない?

かたじ屋どの
<下痢と脚気>
明治の日本陸軍を悩ませたのは満州で将兵が現地の悪い水を飲み下痢で次々に倒れたことだった。この対策で正露丸(クレオソート)が生まれたことは以前にも述べた。これ以外にも満州遠征軍に特有の病気があった。それは「脚気」だった。当時遠征軍には『兵隊さんには白いご飯を食べてもらおう』と軍部は内地の農家から白米を優先して供出させ満州に送った。後で判明したが白米は玄米を精製しているためビタミンB1が極度に少なかった。このため多くの将兵が脚気を患った。一方海軍は港で一度に米を積み込むため保存し易い玄米を持って行った。結果海軍将兵には脚気患者は生じなかった。美味い不味いの前に「玄米は重要」なのだ。ところで玄米の炊き具合のチェックの為、度々厨房に出入りし釜の蓋を取って覗いていたとのことだが『赤子泣いても蓋とるな』のことわざは知っていよう。先人の言には従うべきだ。それと好奇心が強いのは理解するが『男子、厨房に入るべからず』も忘れてはならない。
       いまだに御飯の炊き方を修得しようとしないやまねこ

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このページは、katajiyaが2010年5月18日 05:33に書いたブログ記事です。

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