2010.06.03(木) 来たれ!若人。

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2010.06.03(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 11.0℃


やはり、あさはまだまだ肌寒く感じる南牧村。

毛布一枚で寝入っても、明け方には足元にたたまれている掛け布団を手繰り寄せ、しっかりと潜り込んではぬくぬく感に喜びを感じるものです。

二階・雑魚寝の間を見渡すと、エビのように縮こまって毛布に包まっている子供たち。夜中に掛けられた掛け布団は足元に固まっていたり、まるで掛け布団と添い寝でもしているかのように縦に細長く寄り添うようになっていたり。

起床のついでにそれぞれの掛け布団を直してあげると、それまでエビのように硬く縮こまっていたからだが、お湯に浸されたお麩のようにムニュムニュっと伸びてきて、そのこわばりが緩んでいくのがよく分かります。

日中は日が射して暖かな一日となりましたが、朝・晩は梅雨が明けるころまではまだまだ夏とは言えない谷あいの村・南牧村なのです。





村の奥地、めっきりと住人も少なくなり、みな高齢の方々が静かに暮らしている小さな部落の中に先日、若いカップル(といっても40前後との情報有り)が移住してきたそうです。

大きな古民家を買い上げて、大々的にリフォームしながら移住となるそうで、現在もリフォームは進行中です。

よくぞあの地に移り住んできたものだと驚くとともに、果たしてながく住み着いてくれるものなのかと、他人事ながらちょっと心配にもなります。

さまざまな下準備と情報をかき集めての移住だろうと思いますが、住んでみなければわからないことがたくさんあるもので、今までの生活の常識とは異なることや想定外の出来事も多々あることと思います。

どんな方々なのかはまったく分かりませんが、うまく溶け込んで、よい暮らしが続けられることを願わずにはいられません。

さてさて、今日も現場仕事がまっております。あまりゆっくりとPCの前に座っている訳にもいきませんので・・・。

コメント(6)

かっぱどの

この地に移り住んできたときの私には冷静ではない強い思い込みと勢いがあったと思います。冷静であったなら決断はできなかったかもしれません。若かったからこその無鉄砲が原動力となってくれたのかもしれませんよね。

どらごんどの

いつも思いますが、マメなお人ですよね。どらごんどのは。メンテナンスを欠かさないその姿勢には敬服いたします。

やまねこどの

やまねこどのも難民生活が・・・いやっ失敬!移民生活が長くなりましたな。

かたじやどの

おはようございます。

「新緑・深緑」どうぞ来年御利用ください(^0^)

こどもの椅子を触れながら見ていると、なにか作者毎の個性みたいなものが感じられるようで、ほんわかした感動に包まれましたね~。
これもご縁による、かたじや殿のおかげです。感謝・感謝!


星尾地区大上の立岩を見渡せる所の古民家に横浜から移住されている方がいて、横浜ナンバー車が止まっている時などがあり、そのギャップになにやら可笑しさを覚えましたね。

でも・・・その方を自分に置き換えて、「生活する」ことについて色々想定していくと自分にはとても「住めそうにもない」
の答えとなります。そのなかでの不安要素は主に「地域のしきたり?」でしょうか・・。
こんなことを考えていくと、もうひとつ・・・里山の景色が空気が
好きで撮影をしている自分が薄っぺく思えてもくるのです。
まっ、ここは割り切らないとキリがありませんが。

かたじや殿のコメントに重みを感じるのであります。


こんばんは!

GWからず~~~っと忙しくて、自分のブログも滞りがちです。
先日はお電話でのアドバイス、ありがとう!
お陰で木製遊具も新品時の輝きを取り戻しました。
毎度ながらケルヒャーの高圧洗浄機は凄い!

移住してきた人達、上手く行くといいね!
移住者の先輩として、色々とアドバイスしてあげてくださいね。
都会からのIターン家族に、様々な問題が待ち受けて居ることはkatajiyaさんが一番よく知っているでしょ?

シカの角、うまく出来たね!
シカの角と言えばさ、シカってみんな右利きなの知ってた?
年に1回、男鹿は角を落とすんだけど、必ず右の角から落とします。
注意して見ていると、左の角だけ残っているシカを見かけます。
私も左角だけのシカを見るまでは信じられなかったんだけど、本当でした。やっぱり猟師の言う事に嘘はない。

かたじ屋どの
<40代の若い(?)男女の移住>
東京からの移住か、それとも流れ流れて当地にたどり着いたか分からんが40代ならまだバリバリの生業を持った人だろう。今の仕事をすべて投げうって来たのなら事前調査と相当の覚悟を持って来たに違いない。しかも夫婦かどうか分からんが男女での移住だ、不倫の果ての逃避行なら格好いいが、映画やTVドラマではないし・・なんか訳ありかな。当地の役場発行の広報の最終ページに当月末の人口と世帯数が載っている。毎月10人以上の人口減少で年間100人以上となっている。あと20年弱で当地も廃村となるだろう。理由はどうあれ当地の山奥への移住、大変だがすこしでも廃村の時期を遅らせる意味で歓迎したい。昔、ブラジルに技術指導で長期出張した時現地の日系二世の人がポルトガル語の通訳で小生に付いた。彼が言っていたが日本からの移民で移住した人には内地(日本)での借金逃れが結構多いと言っていた。かつ何故か広島県人が多い。ハワイへの移住者の広島県人が「ヒロ」という町をつくったことは有名だ。佐久の「みなみまき村」も当地からの移住者がつくったという。昔から移民、移住は大変だったのだ。
     当地への移民と言われてもいいが難民と言われるのは嫌だと考えるやまねこ

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このページは、katajiyaが2010年6月 3日 06:21に書いたブログ記事です。

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