2010.06.04(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 11.5℃
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 11.5℃
少し薄いブルーに統一された、けさの南牧村の空。
一点、南西の方角たか~い位置には、白く光る下弦の月を見ることができます。
立ち昇るように縦に伸びる水蒸気の筋が、山の中腹付近から幾筋も空に向かって立ち上がっているのは、昨日の午後、雷鳴とともに降りだした雨のせいなのです。
山は水を帯びて、地表のあらゆるものが朝露に濡れ、角度の無い日の光に輝いています。
この季節には、ツユクサが小さな紫色をした花を広げ、一群となって咲きそろっている光景を目にします。細い茎や葉には、文字通り朝の露が転がるように付着して、みずみずしい印象を受けるものです。
みずみずしいといえば、年齢を重ねても、みずみずしい感性を持っていたいものですね。
楽しいときには人一倍楽しみ、感動する心を失わず、子供のような憧憬のまなざしをもって多くの出来事に接してゆきたいのです。
若いときには、40代・50代の人たちを見て、『おじさんだなぁ~』とか『すっかりおばさんじゃないか!』などなど、まるで年寄り扱いで眺めてきましたが、この齢になるにつれ、歳は重ねていっても頭の中というのはさほど変わっていないということに気が付きました。
もしかしたら変わっていないのは私だけなのか?と少し不安になることもありますが、少なくとも同じような年代の友人たち、遠く離れて元気に暮らす若かりし頃の悪友たち、私なんぞよりもはるかに齢を重ねた先輩諸氏を思い浮かべてみると・・・・そんなはずはないのです。
この地で交わりを持つことができた近しい方々も、みな接してみるとよく分かります。心の中には「少年、少女の心」を変わることなく持ち続けていることが。
齢を重ねるごとに、心の中に仕舞いこんでおかなければならないかのように誤解している方もいるのかもしれませんが、ノー・プロブレム!なのです。
自分自身を仕舞いこんでしまうのではなく、適度に出してゆくほうがよいのです。(この適度というのは重要です。)
もちろん個人差があるでしょうから、苦手な方は苦手なりに、得意な方は?・・・それなりに表に出して、ぶつけ合ってみるのもオツなものです。
他人と同じであるはずはないのです。
違っているからこそ面白い!
違っていてもお互いに違っている部分を理解し合えることはできちゃうのです。そうやって信頼関係や絆は長い時間を掛けて作られていきますよね。
鏡に向かって映る、白髪の増えた坊主頭の男は誰だっ!
『わしじゃ!カッカッカッカッカ!』

かっぱどの
なるほどそんなもんですかねぇ、ヘアカラー。最近坊主頭ながらかなり白いものが目立つようになって気にしている私です。
かたじやどの
おはようございます
白髪が目立ちはじめたら「ヘアカラー」を!
若さを保つのに外見からつくるのも大切なこと。
自らの気持ちや行動範囲を広げるお助け隊ですから。
でも、基本はかたじや殿の言われるようになると思います。
若いとき・・いえいえ、ハナタレ時代に見る40・50代のオヤジになっても自分は変わっていないですよね~♪
ではではこの辺で出勤モードにはいります。
人生にノー・プログラムのカッパ巻でした。
ムッ、ハッハッハッハッハッ!
ルート45どの
面白い表現ですね。
心の中には童心がいっぱい残ったまま、姿かたちは大人になった人間は、子供たちには「大人目線」を向けて『まだまだ子供じゃな!』な~んて言ってるのかも知れませんよね。なんだか滑稽ですね。
やまねこどの
育ちが良すぎたのかもしれませんね。決して悪意のある二枚舌・三枚舌を使おうと思って総理をやってきたお方には思えません。やんごとなき御仁ですから正直すぎたんでしょうか。
ほんと その通りですよね。 大人になって分かったのは 「子供が考えているほど 大人は大人ではない」ということ。そして ついつい忘れがちですが 子供の頃を思いかえしてみますと 子供は子供で大人が思っているほど子供ではないということです。
かたじ屋どの
<Open mind is non-problem but closed mind is big problem like befor prime minister.>
少年、少女の心は誰しも持っており、終生なくなることはない。自分自身を仕舞い込んでいる人・・いるね。どこかの国のやめた総理みたいだね。あれは無理はしていない、自然体なのだ。
総理官邸を去ってゆく前総理の後ろ姿に考えさせられるやまねこ