2010.06.26(土)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 19.0℃
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 19.0℃
2日間にわたって、盛夏のような暑い日が続いた南牧村。
けさは少し鈍い空模様となりました。
しっかりとした雲が空を覆い、日ざしはありません。
鳥たちのさえずりもまばらに聞こえてくるばかり、時が止まってしまったかのように一瞬、シ~ンと静まり返るかたじ屋母屋は"さたでぇ~!"の朝を迎えています。
おはようございます。
平日のような子供たちの慌しさがない土曜日の朝というのは、なんだかゆっくりとしていて、PCの前にて画面を見つめ、何の脈絡もなく江戸時代の風物などを捜し求めてあさから渡り歩いたりしております。
いっこうにペンが進まず(タイピングというべきかもしれませんが。)また、江戸時代の庶民の暮らしを紹介しているサイトをのぞいたり、今度はペットボトルロケットの作り方などを紹介しているサイトを真剣になってのぞいて見たりと定まりません。
いかんいかん!もうこんな時間になってなってしまった。
最近の私の頭の中には、「やりたいこと」と、「やらなくてはいけないこと」がごちゃ混ぜになって巡回しており、「やらなくてはいけないこと」をこなしながら頭の中では、「やりたいこと」「やってみたいこと」が妄想のように浮かんでは消え、消えては浮かんでを繰り返しております。
「やらなくてはいけないこと」をこなしていくだけで、一日の大半があっという間に過ぎてしまうような錯覚を言い訳にして、「やりたいこと・やってみたいこと」に手がつけられていないかのような気になってしまっています。
ただの言い訳ですよね。
ひとつづつ、ひとつづつ、出来ることから少しづつ前に進んでいかなければ、夢のような「やりたいこと・やってみたいこと」は夢のまま。
踏み出してみると、そこに新たな展開も生まれてくるかもしれません。
まだまだ、馬鹿馬鹿しいことにも挑戦できるはずなのです。
晴れ晴れとした顔をして、夢を語ってみましょうかね。
自戒の念を込めて。

かっぱどの
あさの貴重なお時間に毎度覗いていただきありがとうございます。急がないと、遅れちゃいますよ、電車。
どらごんどの
どらごんどのの、何かの役に立ちたい!だれかを楽しませたい!心をやわらげるお手伝いになれば!子供たちに伝えたいものがある!という、外見からは想像しがたい(余計なお世話じゃ!だよな。)純粋な気持ちが、どらごんどののさまざまな活動の源のひとつなんでしょうね。「よきサマリヤ人の譬え」は、我もかくありたいと思う一方、じつに自分自身の弱さを実感させられるお話です。
お互いやれるだけやってみましょうや。
やまねこどの
「口が滑る」とよくいいますが、気をつけなければいけませんよね。取り返しがつかなくなることもあるようですから・・・。
かたじやどの
私などは、どうも物事に対し億劫になってますよ。
こまま緊張感もなく「川の流れのよぉ~に♪」などと、かまえていたらナマケモノのような動きになってしまう恐れアリです。
かたじや殿より先を行っているわけですね。
かたじや殿は先を見ているわけです。
ナンカ、訳の分からぬ比較になりましたか(笑)
心身共に健康な証ではないでしょうかね。
時間となりましたので、そろそろ出勤スタンバイといきます。
今日、自分のブログでも触れたのですが、『聖書』。
最近になって、学校の授業として学んだ『聖書』という概念が抜け、新たな気持ちで読み物として聖書を読むようになったんだよね。(敬虔な信者のみなさんには失礼にあたるかな?)
じっくり読んでみると、特にイエスのたとえ話など実に感動的でドラマチックな場面が多々ありますね。
人としての在り方、人としてやるべきこと、自分は何を…。
読みながら自分を見つめることができる。
身体的な理由で夢を断念した若いころ、聖書を読みながら思っていた事を思い出してみると、
『俺はいったい何がしたいんだろう?』って思ってたな。
でも今は『今の俺には何ができるんだろう?』って思いながら読んでる。
人生の半分が過ぎた今、今まで学び習得してきたものをいかにして世の中の役に立てるか。色々な経験をどれだけ子供たちに伝えてやることができるか。
『今の俺には何ができるんだろう?』
気が付けば、今まさに人生のターニングポイントのど真ん中に立っているような気がするんだよね。
あんまり居心地はよくない…。
かたじ屋どの
<やってはならないこと>
「やらなくてはならないこと」があるのに「やりたいこと」に手を付けてしまう。良くないことはわかっている。しかし「やってはならないことに手を付ける」ことも時としてある。「言ってはならないことを言ってしまった・・」数少ないがなぜか記憶から離れることがない。
言ってはならないことを言い女房殿に頭の上がらないやまねこ