2010.06.30(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 20.5℃
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 20.5℃
きのうの夕方頃から激しく降りはじめた雨。
断続的に弱まったり、また激しく降ってみたりと、どうやら一晩中降り続いていたようです。
けさはようやく峠を越えたようで、次第に雨脚も弱まり、この時間ほとんどと言ってよいほど雨粒は落ちてきていません。
かなりの降水量となり、けさの南牧川は荒れております。
茶色く濁った濁流が普段の穏やかな川の流れからは想像できないような激しさで、下流の町・下仁田町をめざして流れ下っていくのが確認できます。
川底は洗われて、古く変色した川苔は剥ぎ取られ、流れが落ち着くと、また新しい苔が鮮やかな緑色で繁殖しては川の命を繋いで行くのです。よくできていますよね、自然のサイクルは。
おはようございます。
川の流れのように、こびりついた古い苔を押し流してしまわなければ、にっちもさっちもいかないと感じることが多くなっている昨今。
日本丸の行く末にも不安は常につきまといますが、身近なところでも慣例という古い苔が、激しくなりつつある川の流れのなかで、いつまでも人の心の中にしがみついている場面をよく見かけます。
状況は日々変化して、慣例が当てはまらない状況になっていることに気がついているはずなのですが、型どおりに事が進むことこそ最重要!と思い込み、波を立てることをひどく嫌う傾向があるのも確かです。
「我、物申さず。肝に含みたるを明らかにせずは美徳なり。」と押し黙り、じたばた騒いでも無駄なこととばかりに、我が事以外には素知らぬフリを。
幸いにも、この高齢化・過疎化が悪化する一方の山村には、古い苔をそぎ落とし、眩いばかりに緑色をした新苔を丹念に植え付けていく作業を、情熱を持って携わり、熱く語ろうとする方々がたくさん存在しています。
村で生まれ育った人であったり、そうではない人たちであったり、そこには垣根はありません。みな小さな山村で暮らし、それぞれが思いつくかたちで、少しでもこの村を再生するための役に立てないだろうかと立ち上がっているのだろうと思います。
いろんな形があっても良いのだろうとおもいます。
それまでの経験や人脈を生かして、村外からの新風を感じてもらえればと動き回れば、それはさまざまな方面に影響を与えることだろうと思います。
また村の中を見渡して、もっとアピールする努力をするべきと、さまざまなトライをする方々も多く存在しています。それはきっと何がしかの成果をもたらし、関わっていた多くの人たちに少なからずの達成感を感じさせてくれるだろうと思います。
大きな大きな流れの中で見てしまえば、たやすく掻き消され、忘れ去られてしまうような動きなのかもしれませんし、一地方の山村の少子高齢化・過疎化の波というのは如何ともし難いものなのかもしれません。
いまもこの村で、古い苔をそぎ落としながら丹念に、そして情熱を持って活動している多くの流れが、やがてはうねり、大きな流れとなって、眩いばかりの緑苔で川底を覆い尽くして行けるといいですね。
結果として勝負に負けてしまったサムライ・ジャパンでしたが、負けてもなお不思議な感動を残していったように思います。 選手はじめ、関係者たちの強い思いと情熱があったからでしょうね。

かたじ屋どの
コメント感謝します。過去の経緯もあろうかと思うが、とにかく当地区の水道のボスは高飛車で江戸時代の悪代官と同じ様です。「ガタガタ文句を言うならこの水を飲むな!水が出るだけで有難いと思え」ってな感じです。「腹黒代官」なんて菓子?を売っていますがこの男のために作られたのではなかろうか。こういう輩に正攻法で向かっても効果が期待できないようなので、「外堀を埋める」「真綿で首を絞める」等の施策を検討、実施し気が付いたら孤立していた・・・という形がよいのではと考えています。昔、三越の岡田茂というワンマン経営者が天皇の様にのさばり、この男の放逐を画策した役員会がある日緊急役員会で満場一致で社長解任決議し追いだしたということがあったのを思い出しました。当面役場にアプローチします。
またまた汚濁水の風呂に入り体を洗ったやまねこ
やまねこどの
簡易水道設備の場合でも、年に数回だったか、月に一回だったか、水質検査というものを村の水道管理の部署かなんかがやっています。管理は各地区で行ってはいますが最低限の水質維持というのは村の方から行政指導というかたちでできないものでしょうか?
役場が指導をするという形で、他地区の水道設備と同等程度の水道水を供給できるような管理体制をつくれないのであれば、水道設備の管理を村に移管させるとするのはいかがでしょう。
いずれにしても、料金を徴収して提供されているのですから、最低限守ってやらなければならないレベルというのがあろうかと思います。
山からの水源確保ですから、時には濁り水も致し方ない(千原水道でもたまにはあります。一昨日の豪雨クラスでしばらく振りにわずかな濁りを確認する程度。)と思いますが、御地区での水道水濁流化の頻度は目に余り、受け入れ難いものがあるように感じます。
直談判では謂れの無いリスクを受ける可能性がありますので、行政を介して管理組合と掛け合うというのもひとつの方法かもしれません。
おそらく御地区の住人の皆さんが思っていても口にできないでいるのではないかと察します。
確かな事実を把握していない状況ですので、あまり断定的なことは言い難い所ですが、御地区の水道事情には住人も相当怒りをおぼえているようです。
かたじ屋どの
当地区の水道のみ降雨後汚濁するのはどうしても理解できない。
以下の質問状を水道組合に出し、全組合員に対し文書にて明解なる回答を要請したい。御意見あれば・・・。
<当地区の簡易水道の降雨後汚濁について>
1.汚濁原因は判明しているか。判明していないのであれば原因追究行動を組合として取っているか。
2.他地区の水道に汚濁はない。なぜか。そもそも汚濁問題を組合としてどの様にとらまえているか。
2.生活水汚濁は空気がなくなるのと同じくらい重大問題、組合として対策(当面、恒久)を現在どの様にたて推進しているか。
3.汚濁原因と対策を組合として広く組合員に衆知させ、理解を得ているか。
濁流川と同じトイレの流水にアユがいるのではと苦笑する女房殿に怒るやまねこ
やまねこどの
タダで供給されているのなら文句も言えませんが、管理するために小額といえ費用を取っている以上は対策を放棄することは許されないでしょうね。高飛車な親分格は大いに勘違いなさっているものと解釈している私かたじ屋です。
かたじ屋どの
御説の様に小生も多分濾過装置に問題があると思っています。恐らく激しい降雨時に濁るのは濾過能力を越える水を装置に流入させているか、降雨で土砂がどこからか流入経路をつたって混入しているのでしょう。問題は管理の当事者が「うるせえなあ。昔からこうなんだ。時間がくれば自然と澄む。濁りが嫌ならミネラルウォーターを買え」と考えていることと配水の受給を受けている人達が高齢で「面倒くさいことに首を突っ込みたくない。黙って辛抱してればいいんだ。もう先は長くない。静かに暮らせればそれでよい。今までも辛抱してきたんだ。」と関わりを嫌っていることだ。それはそれで仕方ないがせめて水道組合は「濁りの原因と当面の対策」につき組合員に明示し理解を乞うべきと考える。何の見解も態度表明もないのは組合員をバカにしていると言わざるを得ない。
濁った水で歯を磨いたやまねこ
やまねこどの
私の利用している千原水道組合の供給水はめったにそのようなことは起こりません。なにか水源地の濾過装置に問題があるように思われます。
そんなんじゃたまりませんよね。
かたじ屋どの
<何とかならんか!川の濁流の色と同じ水道の水>
飲料水はおろかトイレの水まで茶色い川の濁流と同じ色となっている。これでは用便後、水を流しても意味がないと思い女房殿にその旨告げると「それは駄目!」と厳しいお達しがあった。随分昔から降雨後はこうで皆諦めているとのことだが、貴兄こらむ文にあるよう「我物を申さず。意中明らかにせずは美徳なり」を地でいっている。少子、高齢化、過疎化、無関心化は判らないでもないが余りにひどすぎる。貴兄こらむにある当地の理解ある人はいるとは思うが圧倒的に少数派だよ。そうでなければ今の時代に自民王国が維持できるはずがない。水道は命の根源、一番大事なものだ。戦後連合軍が日本に進駐した際、金町浄水場の門には米軍のMPがカービン銃を持って立っていたという。水には住民の最大関心が注がれていいはずだ。それにしても水が生業の元となっている味噌、醤油製造業者が当地区の水道組合の代表者であり水道の濁りは死活問題と思うが何も感じていないのが不思議である。豆腐製造業者も近隣にあり濁った水で豆腐は造れないと思うが別途専用タンクでもあるのだろうか。保健所も検査等で管理義務があるとのことだがどうも水道組合と慣れ合いになっているらしい。少ない給料で余計な仕事をしたくないんだろう。
排便を流すのに濁流と同じ色を見て考え込むやまねこ