2010.07.30(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 22.0℃
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 22.0℃
梅雨明けと同時にやってきた猛暑も、この2日間で一休みといったところでしょうか。けさは少し強いくらいの雨足で雨が降り続いています。
ネット配信の新聞紙面を最終ページまでめくり、ちょっと一服と玄関を出てみると、先ほどの雨はすっかり上がり、黒いカラスがしきりに言い争いをしている光景が目に入ってきました。
唸るように低く叫び声をあげるカラスAと、相応して威嚇するような声をあげるカラスB。にらみ合ったかと思うとサッと空へ飛び上がりすごいスピードで追っかけまわしています。あ~・・・・見えなくなってしまいました。
なにか諍いがあったんでしょうか?人間には知る由もありませんが、カラスにはカラスの事情というものがあったんでしょうね。
おはようございます。
雨上がりのけさ、雲になりきれない山のモヤが、先ほどまでは西から東へと彷徨っていましたが、いまは東から西へと彷徨っています。空にも登れず、行き場を探しているようにも見えます。
我が家が暮らすかたじの地からは、老朽化した村のランドマーク「休養村センター・ビルヂング」の後姿が良く見えます。
磐戸宿のメインストリート県道45線沿いに建ち、ながくこの村と地域のコミュニケーションの場として利用され、最近までは横浜中華街にもひけを取らないような本場中国料理のお店がはいっていた休養村センター・ビルヂング。通称「センター」と呼ばれている建物なのです。
噂の中国料理店の撤退により、一層寂れた様子が痛々しげに映り、我が家から見えるその後ろ姿には、たそがれ時の上野・御徒町、宝飾店が立ち並ぶガード下の狭い裏通りをとぼとぼと歩く、中年男性の持つうら寂しささえ感じさせます。
建築当初はきっと、誰もが見上げるほどの大きな造りに誇らしげに建っていたことだろうと思います。
たくさんの人が出入りし、活気にあふれた頃もあったことでしょう。幾つかある座敷では頻繫に会合があり、ときに宴席が催され、忙しげに調理場と座敷を往復する人の姿があったり。
3階の大ホールでは年に何度となくホールいっぱいの人が集まり、マイクロホンから伝わる座主のあいさつの声、コップやビール瓶の触れ合う音に人の声が交じり合う喧騒感。
多くの人たちに利用され村のランドマークとして「センター」といえば誰もが分かったほど君臨していた時代があったことだろうと思います。
今は昔。
いまでは、センターと言っても少し離れた高台に立つ近代的建造物「活性化センター」にその通称を奪われつつある休養村センター・ビルヂング。半分閉鎖されたような状態が前を通るたびに痛々しい印象を与えていましたし、その利用もほんとうに数えるほど。夕方から上階の明かりがともるのは決まって土曜の夜ばかり・・・・。
先日、当地区の子ども会の関係者によるお祭りの準備会が「休養村センター」でスタートしました。
これからお祭り本番まで毎週センターに集まっては作業をしたり、もう少しすればお囃子の練習も始まることになります。
センターの一階を開放してのお祭り準備やお囃子の練習ですから、太鼓の音が地域にも聞こえ、県道45線を通り過ぎる人たちの眼にも止まる事と思います。
『おぉっ!なんかやってるぞ!』と気がついてもらえれば占めたものかも知れません。『なんか・・・たのしそうだなぁ・・・。』と思ってもらえればなおよしなのです。
正直にいいますと、何ができるのかは携っている大人たちにも暗中の気分。これがどれほどのプラスとなっていくのか、はたまたもしかしたらマイナスなのかも知れないという不安が交じり合っている気分もあると思います。
周囲の多くは冷めた目で、『そんなことやってもなにも変わらないよ!』と眺めているかもしれませんし、実際になんの結果も効果もないことかもしれないのですが、何かをやってみようという思いで地元に暮らす人たちが動き出してくれたことが何よりもおおきなことなんだろうと思っています。
何をするのか。どんな効果があるのか。というのはそれほど重要では無いように思います。
満足のゆく結果は残せないかもしれませんが、地域に縛られることなく南牧村の中にあるひとつのお祭り参加してみよう!協力してみよう!と賛同してくださる方々・子供たちになにか温かい気持ちと少しばかりの達成感に似た気分を共有できたらいいなあと思っています。
いまは小さな小さな輪ではじまった地元の有志たちのアクションが良い方向へと広がって、自分たちにもできることがあるじゃないか!って思えるようになるとよいですね。狭い地域の壁を越えて大きな単位で協力できることを協力し合えるようになれればといつもいつも考えています。
太鼓の練習、お囃子の練習会場に使われることになった休養村センター・ビルヂング。どこかで噂でも聞いたんでしょうかね。
最近、その後姿にウキウキした様子がかすかに見て取れるようになってきています。楽しみにしているのかもしれません。『オレもまだまだ現役だよ~!つかってくれぇ~!』ってね。

風呂川どの
深夜ご自宅の書斎にて薄明るいスタンドの前でPC画面を見ながら肩を揺すって含み笑いをしている貴兄・・・想像するだに当方も肩を揺すって笑いを噛み殺しています。背後から貴兄の奥様も気味悪がって見ていたのではありませんか。ところで含み笑いの対象は「下北沢誤乗車事件」ですか、それとも「磐戸ゾンビビル」のどちらですか。
おちゃらけブラックユーモアの大好きなやまねこ
やまねこ殿
テーブルスタンドの一灯。
薄暗い書斎(自称)でPCディスプレイに向かい、ひとりおもわず、両肩をゆすり含み笑いをしてしまいました。
人事で無い珍事・・・・参りました!(笑)
やまねこ殿
えっ!ビルヂングが崩壊の危険?・・・ほうかいな(関西弁調で)
すでに脳ミソが崩壊しきっている海苔巻でした。
お粗末。
かたじ屋どの
「それなりの意味・・?」明治村のやることは現代人には理解不能なことが多い。
明治人を尊敬しているやまねこ
かっぱどの
「ビルチ゛ング本懐」?「ビルチ゛ング崩壊」なら分かります。どう見ても2F上部は廃墟です。ゾンビでも出てきそうだ。
崩壊の危険を避け前の道路は走って通り抜けるやまねこ
かっぱどの
<眼が覚めたら夜、気が付いたら下北沢>
よくありますね。うっかり寝込んでしまい眼が覚めたら朝というやつ。小生の場合はかって東京の自宅に一人で住んでいた時、冬の季節でした。ある日曜日の午前中家の中を掃除し昼食後新聞を見ていたら疲れが出たのかウトウト寝入ってしまったのです。一時経って気が付くとあたりは暗くなっていました。ここで日没と判断すべきだったのですが、何を考えたのか「早暁」夜明け前と取り違えてしまったのです。月曜日の早朝会議の準備のことも脳裏によぎり小生は大急ぎで駅にむかい、小田急線の新宿行き急行に飛び乗りました。多摩川の鉄橋を越える時、「まだ夜明け前だな。夜が明けない。」と思っていたら車内放送で「次は下北沢です。」の車内放送がありました。どうりで空いていると思いました。乗車駅で駅員に誤乗車を主張しましたがだめでした。
冬期は腕時計の針を信用してはいけないと思ったやまねこ
かっぱどの
一週間お疲れ様でした。週末をゆっくりお過ごし下さい。
かたじ屋殿
おはようございます。
いやはや、昨夜帰宅し風呂も入りサッパリしたところで、プシュッ!グビグビ!プッハァー!!・・・うっめぇーっ・・・と一日頑張った自分を労いつつ、横になりテレビを見ていたら、
ナントッ!朝になっていたのです。
フローリングにひとり大の字になって・・・そんなわけで、公言そっちのけで、今朝の書き込みとあいなりました。
これで晴れて、私も代議士様になれたわけです。
ビルヂング。
はいはい、私が初めて前を通過した時は、炭ラーメンの看板が
かかっていたかと記憶します。
人影の無いコンクリートの建物って、どこか民家のそれより寂しく、チト怖いムードがありますよね。
そこに、灯りをともす動き。
「やろうよ」はとても大切な火種です。
「草の根」運動はホント大変です。でも火の輪が広がればしめたもの。
ビルヂング本懐ではないでしょうかね。
やまねこどの
昨年までは「活性化センター」で太鼓の練習は行われていたのですが、それを今年は「休養村センター」で行うことにしました。
それなりに意味があっての変更なのです。
かたじ屋どの
<「休養村センタービル」?・・名称を変えた方がよい>
名称に相応しい機能を既に喪失して何年も経っているのではないか。昨日東京足立区で111歳の老人が即身仏(ミイラ)となり死んでいるのが発見された。貴兄宅より川越しに見える件のビルが夜間点灯の兆しがなく土曜日のみ明りが見えるというのも不気味だな。2~3階のどこかに白骨死体でもあるのではないか。前を通っても薄気味悪い気がする。「成仏センタービル」ないしは「無縁仏センタービル」あるいは「即身仏センタービル」と名前を変えた方がよい。かっては横浜中華街に劣らない中華料理店があり宴会の会合もあったとの事だがにわかには信じがたい。活性化センタ-に取って代わられたというが元々何の機能も果たしていなかったのだ。こんな田舎にも税金の無駄使いがある。地元行政の無為、無策、企画能力のなさここに極まれりである。「税金を返せ!」の声が起こらないのが不思議である。祭りの太鼓の練習場に使うことの様だが、それこそ「元気出せ!音頭」ではないが活性化センターでやればよい。いかにも幽霊が出そうな件のビルでやっても太鼓の音が木魚に聞こえるだけだ。
即身仏で手塚治虫の「火の鳥」を思い出したやまねこ