2010年9月アーカイブ

2010.09.30(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 15.5℃


あ~あ。とうとう9月も30日にまできちゃいました。

だからどうということはないのですが、明日からは10月に突入するのかと思うとなんとなく冬の支度を急がねばという気持ちが沸いてきて、気が急いてくるのが不思議です。

そろそろ晴れて乾いた日にでも大屋根に上り、ニョキっと顔を出している煙突の掃除をしておかなくてはなりません。毎年のこととはいえもう煙突掃除の時期がやってきたんですね~。



おおよそ半年の間、かたじ屋母屋リビングにある一坪ほどの堀部分で、居るのか居ないのか分からなくなってしまうほどにおとなしく鎮座している我が家の薪ストーブ。

うっすらと表面に浮き出てきている赤錆を綺麗に取り払い、昨シーズン中の傷を丹念に補修して、耐熱塗料で化粧直し。正面に据えられた大きな開閉扉のガラスも綺麗に拭いて赤々と燃える炎がよ~く眺めることができるようにしてあげなくてはなりません。

内部の耐火煉瓦は昨シーズンを前に、純正のやや薄い耐火煉瓦から厚手の耐火煉瓦に入れ替えてありますので、この先20年ほどはもつことと思います。

本体上部から垂直に伸びるつや消しの真っ黒い煙突は、本体に一番近いパーツのストーブ本体との接合部近辺に、小さなピンホールのような穴が見られるようになってきてはいますが、まだまだ5~6年は現役として働いていただかなくてはなりませんので、この冬を前に補修を試みておかなくてはなりません。



他にも母屋内を秋冬バージョンに変更する作業が例年のごとくありますので、のんびりとはしていられないのです。

今年こそは、かたじ屋母屋改修工事・第6期工事に着手して、秋冬の快適空間を作り上げたいところなのですが、なんせ我が家のことになると腰が重い私なのです。

理由は簡単です。
やってもやっても家内は私に手間賃をだそうなんて考えていませんからね。腰も重くなろうというものです。


2010.09.29(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 12.5℃


地表にたっぷりと水分を含んでいるせいか、いまだ日が昇らない谷あいの山村は、なにもかもが朝露に濡れそぼってたくさんの水滴を身に纏っています。

かたじ屋母屋・玄関の木製引き戸に嵌め込まれている磨りガラスにも外側には水滴が張り付いて、いつもは白いガラス面が濡れ色に、そこだけ半透明になっています。

母屋の正面、方角にして南にあたる山の稜線の上には、大きくて白い雲がゆったりと横たわり、塊の東側だけが山の向こうで顔を出し始めている朝の光を下から浴びて暁の色をうっすらと浮かべているのが目に入ります。

茜色、朱鷺色、橙色。カタカナ風に言えばオレンジ色とでも表現したらよいのか、まっこと美しい色を放ちます。

正反対の夕刻の焼け空もきれいですが、明けの刻にみられるうっすらと控えめな焼け色はなんともすがすがしいものがあります。



おはようございます。

かたじ屋母屋横・薪小屋測候所の寒暖計は今朝の外気温12.5℃とはじき出していますが、湿度のせいかその空気にはやんわりとした感触があり気温ほどの冷たさは感じません。

今日はよく晴れそうな空。まだ澄み切ってはいませんが雲はところどころ白い雲が泳いでいる程度で、遠方に視線を流せば青白い霞がフィルターのように視界をぼかします。

秋晴れの一日になりそうです。



長い前置きから結構時間がたち、けさはなんだか忙しなくしています。

長女の愛子は、聞くところによれば英語のスピーチの大会とやらに出かけることになっているそうで、一緒に付き添う家内は大忙し。

私も朝一で大きな茶箪笥の搬入があり、軽トラくんに積み込む作業を段取りし、出かける前の家内の手を借りて積み込んでしまわなくてはいけません。

大急ぎで朝御飯をいただき、作業場に降りていって積み込みの段取りをしなくては・・・。オッとその前に、今日は燃えるゴミの収集日ではありませんか!先にゴミのほうを片付けて、それから朝御飯を・・・・?ん・・・朝御飯はもう食べたから積み込みの段取りだ!

なんだか忙しない今朝のかたじ屋母屋に眩しいほどの日が差し込んできました。一日のスタートです!
2010.09.28(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 14.0℃


今朝早くには降っていなかったのですが、現在はまた弱い雨が降り出してきている群馬県の南牧村です。

昨日はほぼ一日弱い雨が降り続け、肌寒い一日となりました。火が恋しいと感じる気配。まだ九月なんですけどね~。



おはようございます。
4~5日ほど前に行われた南牧村消防団・秋季点検に向けての全団練習の場で、某分団の巨漢と相対した相撲。結果は一勝一分けではありましたが、組み付いた肉の塊を押さえつけるために普段あまり使うことのない筋肉が総動員されたのか、いまだに背中の筋肉に痛みをおぼえる私。

シップを張っていただいた家内からは『さっさん!(家内は私をこう呼ぶ。)歳を考えなさい!歳を!』と、やや怒気を含んだ口調でたしなめられ、張り終わりと同時に後頭部をピシッと張られてしまいました。

ちと、大人気なかったかもしれません。





その巨漢は組み付いた私に異様な圧力と今まで経験したことがないほどのまわし(実際にはベルト部分)の掴みづらさを感じさせ、組んだ瞬間から『これはやばい!』と思わせるほどの地力を感じたのです。

組みながら、『なんだ!このまわしの掴みづらさは?』と考える私。しかしその理由はすぐに分かりました。

そのウィスキー樽のように丸々とした胴。しかもその樽に埋もれるように食い込んだオレンジ色のベルトがなんとも掴みづらいまわしの原因となっているようなのです。

何とか手探りでまわしに覆いかぶさる樽を掻き分け、左下手を深めに、右下手を浅めにまわしに手を掛けて体勢を作ってゆく私。

形の上では"もろ差し"となりますが、頭をつけた私に覆いかぶさるように両上手を深く取った巨漢からは想像を絶する圧力がのしかかり、Gにして6Gにも相当するような強烈な重力。

この緊急事態に発動されたかたじ屋筋肉総動員令によって、かろうじてウィスキー樽と地表とのサンドウィッチ化を免れていた私でしたが、時間的に猶予は余りありません。

『このままではハムサンドになってしまう!』という強い危機感の中、両上手を深々と取られ身動きがままならない状況。体中に力を込めておかなくてはすぐにでもつぶされてしまいそうな圧力。恐怖すら感じます。



かつて、隙あらば誰にでも組み付いて行ってはすぐに相撲を取りたがる小僧だった私は、数え切れないほどの立ち相撲をこなしてきましたが、これほどの圧力を感じたのは数少ないことだと言えます。



古くは中学生の頃。

我が校は全国にその名を知られた中学相撲の名門校、全国大会の常連校で、私が在校中にも全国大会準優勝&個人戦優勝者を出すほどに相撲の盛んな学校でしたが、その相撲部の同級生と遊びで相手をしてもらったときの桁違いの強さは強烈に印象に残っています。

組み合うどころの騒ぎではないのです。

手加減して立ち会ってくれているのが分かっているのですが、ぶつかった瞬間のその圧力というのは強烈なものがあり、軽く土俵際まで吹っ飛ばされるほど。体型的には私と同じような体型の有馬くん(通称アンマ)でしたが、やはり鍛錬のたまものなんでしょう。

実際の相撲部の練習ともなれば、立合いの瞬間には火花が飛びそうなほどの頭と頭のぶつかり合い、肉と肉のぶつかり合いとなり、稽古を積んでいない人間では間違いなく脳震盪を起こしそうな激しい練習をしていたものです。



最近ではやはり、川の向こうに生息する"のっそりくまさん"との一戦が記憶に新しいところかもしれません。

前述のウィスキー樽とはまた違う圧力の持ち主で、組んだ瞬間からえもいわれぬ拘束力を発揮する"のっそりくまさん"はまるで野生の証明でもするかのごとく、人間離れした強力を見せつけて、いとも簡単に私かたじ屋をねじ伏せてくるのです。

これほど悔しい負け方はなかったかもしれません。たしか二度ほど挑戦してことごとく退けられていると記憶しています。

そろそろ五十路に片足を突っ込もうかという"のっそりくまさん"。

体力の衰えを待って再度挑戦してみるつもりではありますが、ここだけの話、現在片足に負傷を抱えている様子ですので、今がチャンスかもしれません。



ところであのウィスキー樽との勝負ですが、たしかに一勝はしたのですが、例によって私かたじ屋は姑息な足払いを仕掛けてゴロリンと土をつけの勝利。

押し出しが基本の相撲にあっては王道とは言いがたい勝利となり、残ったのは背中の筋肉痛のみ。歳を考えなければならないところにきているんでしょうかね。
2010.09.27(月)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 14.0℃


おはようございます。

月曜日を迎えたここ南牧村は、低く垂れ込めたモヤにすっかり包み込まれたおなじみの山の風景が広がって、なんだかいまにも押しつぶされそうな重圧を感じる朝となっています。

昨夜からの雨はどうやら降り続いていたようで、まだ薄暗さが残るけさも、外に出るとわずかな雨粒を感じます。   ときおり、思い出したようにパラパラパラと横風になびきながら勢いを増したかと思うと、再び絡みつくようなしっとりとした霧雨に変わってみたりとあさから忙しなく変化しています。

秋の長雨のシーズンなんでしょうか?



「陰陽の中分となれば也」~暦便覧~

二至二分のひとつ、秋分の節気を迎えた南牧村は、あさから冷たい雨が降り続く生憎の空模様となりました。

今日は長文になるかな・・・、と思いながらPC前に陣取った私でしたが、途中朝食を取り、ふと手にした昨夜遅くまで読みふけっていた時代小説の下巻。栞替わりにはさんでいた一枚の名刺が示すページを何気なく広げてしまったのが原因です。

ついつい先を読み進んでしまった結果、抜き差しならない時間にまで達してしまっていた私です。
もはや仕事に取り掛かる時間まで座り込んでいたようなのです。

運動会の振替えで今日がお休みとなっている小学生二名がうろちょろする中、作業場に下りてゆかなければなりません。

う~ん・・・最後まで読みたい!


2010.09.24(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 15.0℃


それにしても便利な世の中になりました。

我が家のメインPCダウンという緊急事態から、新しいPCの導入、先代PCのデータ救出という一連の出来事からしばらくたって、いまもかたじ屋母屋の奥で段ボール箱の中に眠っていた先々代のPC本体を引っ張り出してきた私。

すっかりあきらめ、単なる粗大ごみのように粗末な扱いを受けていた先々代PCにも日が当たる可能性を見出してくれたハードディスクドライブケース(以降HDDケースと表記)なる機器の登場。

にわかに脚光を浴びることとなった先々代PCと、家内の実家から持ち帰ってきてあったこれまたウンともスンとも言わなくなっていたNECのデスクトップ本体。



先日購入して、見事先代PCのデータ救出という難題をこなしてくれたHDDケースに差し込めば、ふたたび奇跡を起こしてくれるかもしれないという期待を胸に先々代PC本体を開け、中からHDDを取り出した私でしたが、なんだか先日取り出しに成功した先代PCと接続ピンの形状が違うような気がするのです。

いや~な予感を胸に包み込みながら取り出されたHDDの差込形状と、データ救出の立役者であるHDDケースのピン差込口を見比べて見ます。

ぜんぜん形状が違うではありませんか!これではせっかく購入したHDDケースが活躍できないのです。



急いでネットで検索してみると・・・・。

どうやらHDDにはふたつの接続タイプがあるようで、今回取り出してきた先々代のPCが抱え込んでいたHDDは私が購入してあったHDDケースとは別の形状の接続形式だったようなのです。

なんでそんなややこしいことをするのかとブツブツ言いながらも調べてみると、どうやら古いタイプのHDDで使われていた接続形式と最近のHDDに使われている形式の違いやら、ピン形状の破損を防止する目的やら、データ転送の速度やら何やらと、さまざまな改良によって現在のピン形式に移行してきているのだそうで、まあ納得せざるを得ないようなのです。



いずれにしても、他にももう一台古いタイプと思われるPC本体が埃をかぶっていますので、この別形式のHDDケースも急ぎ購入を検討。

けさは早朝からどの商品を選択するべきか、愛用するネットショップの店先をあっちに行ったりこっちの店先にいったりと大忙しです。

商品そのものはそれほど高価なものではなく、円建てで¥2000~¥4000程度。(まあ、日本国内での流通ですから円建てにするまでもなく、円でしか取引はしていないと思います。)

その商品群の中でも、とくに価格が手ごろで購入者の購入後の感想レビューが好感触な商品を絞り込み、う~ん!どっちにしようか・・・・・。もちろん掲載されている商品画像も重要な要素となりますので、拡大表示された画像を入念にチェックです。



あらゆる角度から検討、大蔵大臣の許可は事後報告にしてしまえ!と、購入手続きに踏み切った私。よく利用しているネットショップのせいか、私の名前も住所も調べ上げてるようで、な~んにも書き込んでいないのにあっという間に『こちらの住所に送りますか?』のインフォメーション。

『はい』をクリックすればたちまち購入手続きも最終段階にひとっ飛びです。

送料は無料、しかも、しかもですよ!なんと今朝一番で注文した商品を本日中に配達いたします!ときたのです。なんという迅速な対応なんでしょう。感動ものです。そんなことが可能なんでしょうか?



ということで、なんとも便利な世の中になってきたものです。便利すぎてちょっと怖いくらいなのです。

飛脚が街道を走り回っていた時代からは考えもつかないほどにものすごいスピードで回り続けている現代。この情報も上手に利用すれば決して悪いものでもなさそうです。

ちなみにこの時勢にあってこのたびの注文品を届ける重責を担ったのは、どうやらかの時代から街道筋を飛び回っていた飛脚の末裔のようなのです。この地を飛び回る飛脚の末裔たちはちょっと時間にルーズなのが気がかりですが、本当に本日中に届くんでしょうか?
あすのこらむはお休みです。あしからず。~かたじ屋~
2010.09.22(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 19.0℃


おはようございます。

午後6:30ともなれば、すっかり暮れ色もその濃さを増して、いわゆる黄昏時も終盤を迎えるようになって来ました。日一日の経過ごとに急速に夜への誘いは早まっており、この時期からは毎日の変化が体感できるようになることと思います。



一年に12回ほど出没する計算になる満月。
そのなかでも最も有名な?満月が旧暦の8月15日にあたる中秋の満月ということになります。

今年、西暦での2010年で言うところの旧暦8月15日というのが本日9月22日にあたり、月齢での満月はあす9月23日ということになっているようです。

昨晩に見上げた南牧村の月は、やや満月には足りない形をしていましたが、今日・あす・あさっての三日間くらいは、澄んだ夜空にぽっかりと浮かぶ満・満・満月を望めることと思います。

薄の穂もちょうどよい感じで穂先を伸ばし、2~3本引き抜いてすっと空き瓶にでも挿してあげればお月見の準備はOK!   秋の夜風に誘われて名月と呼ばれる中秋の月を眺めてみるのもおつなものかもしれません。

ちなみにここ南牧村の今宵の天気はというと・・・・、げげっ!曇り時々弱い雨。あすの予報も弱い雨の予報。なんとか雲の切れ間にでも顔を出してくれることを願います。
2010.09.21(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 18.0℃


一般的には「秋のお彼岸」の入りとなった昨日。

23日をはさんで前後3日、合計7日間を彼岸と呼んでいるようです。ちなみにただ"彼岸"とだけ表記すると春の彼岸をさすのだそうで、今の時期の彼岸に限って"秋彼岸"・"秋のお彼岸"と表現するそうです。

それはなぜなのか?

よくわかりません。



おはようございます。
連休が明けて火曜日となった南牧村から朝のご挨拶です。

月並みにはなりますが、すっかり秋めいてまいりましたね~。ついこの間までの酷暑の日々がずいぶんと以前に過ごした日々のように感じてしまうほど、すっかり気配は秋・・・。

日を追うごとに上空の雲は高いところへ高いところへと駆け上がってゆき、空はますます澄んだ空色を濃くしてゆく季節。一年の中でも最も過ごしやすい季節かもしれません。





いまだに一党独裁を守り続け、経済的には膨張を続ける中国。

なにか世界中の覇権を手にしたかのようなわがままぶりに、カチンときている人も多いのではないでしょうか?

隣の家の庭に入り込んで、池の鯉を片っ端から網ですくっていたところを庭の所有者に見つかって取り押さえられ身柄を拘束。

言い逃れも何もあったものではない状況にもかかわらず、隣の家では家人をとっ捕まえた庭の持ち主である隣人を非難し、今すぐ忍び込んで鯉を盗んでいた家人を帰せ!と大騒ぎです。

今すぐ返さないならお互いの敷地にまたがるように枝葉を広げる赤く熟した柿の実を、お前んちの敷地の分までもぎ取っちゃうぞ!なんていうわけの分からない脅しと報復をにおわせる隣人。

まったくもって話にもなりません。



古代にまで遡れば、かの広大な地を治めていた君主の中には大変優れた人物もたびたび現れ、今よりもはるかに道徳的な治世がしかれていた時代もあったようなのですが、どうしてこんな国家になってしまったんでしょう?

欧米の個人主義とはまったく違ったかたちの独善的な個人主義がはびこり、とても中国が掲げる共産の主義とはいい難いような乱れようを感じてしまいます。

小国・島国の日本国船頭たち、ここはきっぱりとした姿勢を貫いてほしいものです。

それにしても、何をわけの分からない言い分を通そうとしているのか、理解できません。私には。
2010.09.18(土)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 16.5℃


本日は"さたでぇ~!"ということで、一週間ぶりの土曜日がやってまいりました。いつものセリフにはなりますが、日々の過ぎてゆく感覚がまったくもって速いと感じてしまいます。

「少年老い易く学成り難し
一寸の光陰軽んずべからず
未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢
階前の梧葉(ごよう)己(すで)に秋声」

う~ん。
少年と呼ぶにはいささかの抵抗があるものの、我が身に当てはめて背筋を伸ばしたくなる漢詩です。心の中に探究心と憧憬のまなざしがあるうちは"少年"でいられるのかもしれませんから、私にも等しく与えられているこの一刻一刻にすこしでも意味を込めてやり過ごしてゆきたいものです。



現在、南牧村の上空には空一面のうろこ雲。
すっかり秋の空が広がっています。

まごまごしていると冬の声がすぐにやって来そうですから、秋の間にやっておかなくてはいけないことを片付けてしまわなくてはいけません。

薪小屋の薪が、来る冬を乗り切るにはいま少し足りなそうですから・・・。
2010.09.17(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 14.5℃


毛布に包まっていてもまだ寒いと感じるほどのけさ。

起床後にあれこれと所用をこなしてから確認を行った薪小屋測候所・寒暖計によりますと、けさの外気温は14.5℃なんだそうです。

うひょ~!もはや涼しいを通り越して軽い冷え込みと表現しても差し支えないほどです。上空はまだ薄ぼけた色をしており、晴れているのか、薄雲に覆われているのか見分けがつきません。

気配から察するところ、上空はすっきりと晴れているような気がしますが、もう少し時間がたたなければ判定しづらいところなのです。山肌から離れた白い水蒸気の一団が、背後の杉山の濃い緑色とのコントラストをみせて、なんだか・・・ちょっと・・・ビューティフルなのです。



おはようございます。
ふたたび様子を確認してきた外は、ようやく東の山並み越しに陽の光が差し込み始め、相対する西の山並みの上のほうだけ明るく照らし始めています。

陽に照らされて、慌てて立ち上る水蒸気。
そんなに急いでどこまで行くんでしょうか?





例年よりもずいぶん早めに準備を開始し、有志のメンバーやら途中から協力いただいたメンバーやら、そのうしろで家庭を守り、影ながら応援していただいた方々に見守られながら、たくさんの手作りキャンドルを制作し、子供たちの山車とお囃子に新たな試みを加えてみた今年の秋祭り。

うまくいったこともあれば、うまくいかなかったこともありましたが、それ以上に協力いただいた方々の中に、

『来年はこんなことをやってみたいね!』とか、

『あのやり方はうまくいかないから、もうちょっと工夫してもっといいかたちを考えようよ!』とか、

『あれはトライしてみてよかったな!』な~んていう大きな意識の変化、取り組んだことへのちょっとした充実感、うまくいかなかったことへの前向きな発想、という大きな収穫があったことはなによりも大きな成果だったように思います。



延べ人員にして6000人(注1:)を超える動員を頂いて制作に励んだ廃油で作る手作りキャンドル。(注1:ゼロがふたつほど多かったかもしれません。)

何せ初めてのこと、さまざまな試行錯誤のなかお祭りを彩る「灯り」になればと、取り組んできましたが、結果的にはあまりうまくはいきませんでしたね。

せっかく作ったキャンドルの燃焼状態が思わしくなく、立ち消えてしまうキャンドル続出、点火するための手間がかかりすぎたこと、多くの人に見ていただけるようなアピールの方法などなど、多くの技術的な課題を残した結果となってしまいました。

それでも、ほんのひと時の間でしたが、川に向かって降りてゆく長い下り坂にずらりと並んだキャンドルは、包まれた和紙を通してぼんやりと、柔らかでやさしい灯りをともして川へと続く坂道を照らしてくれていた様子を、数えられるほどの人数ではありましたが、ぶらりと立ち寄り眺めていっていただき、『あ~!きれいだねぇ~・・・。』と声をかけていただいたことは、うまくいかなかった今回の「キャンドル作戦」にあって、数少ない成果のひとつだったかもしれません。

あれが、立ち消えすることなく、灯り続けてくれていたらなぁ・・・。
さぞかしきれいだったことだろうと悔やまれる私かたじ屋なのです。



夕刻の暮れ色が忍び寄ってきた時刻に二度目の曳き回しを決行した子供山車。

ちょうちんに灯りがともり、山車の中で演奏されるお囃子の音色にも合の手の声にも心地よい興奮が感じられます。

山車の引き手も汗を掻きながら、大きな声で合の手を入れてゆき、暮れ色が濃くなるにつれその薄闇が恥ずかしさを取っ払ってくれるのか、浮かび上がる山車の中の子供たちはますます元気が出てきたように音色も次第に強く・高くなっていくのを感じながらのひとまわりとなりました。

こちらのほうもまだまだ課題はたくさん残っていますが、まずはワンステップ踏み出せたのではないかと感じています。

地域性を越えて、さまざまなかたちで協力いただき、また次回への課題を共有しながら、たくさんの人たちと『あ~でもない・こ~でもない』などと言い合いながら、また楽しいことを考えて自分たちにできることを一歩づつ渡来・・・?失礼!トライしてゆきたいものです。

反省会はないのかな?一杯呑みながらの。

2010.09.16(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 17.5℃



ああ・ああ~!なんもく~は~、今日もあめ~だぁった~~~!(当然、前川 きよしをイメージしながら口ずさみましょう!)

ということで、けさも雨模様の南牧村から『おはようございます。』

昨日のようなシトシトと降る雨ではなくて、結構しっかりとした降り。本降りとまではいきませんが雨音もたしかな雨が、気がついたときにはすでに降っておりました。

大屋根からの雨垂れは、破れた樋の穴から地面に溜まった水溜りに向かって規則的な落下を見せ、『ぴちゃ・・・・ぴちゃ・・・・ぴちゃ!』と規則的なリズム。

気温の確認に薪小屋まで行ってきましたが、ヒゲ面の頬にぶつかる今朝の雨は、すっかり秋の雨粒。冷たい雨となっています。





最近、ここ南牧村でよく見かけるオデデコは、長くその正体が判明すること無い謎の多い芋虫だったのですが、けさその正体が明らかとなりました。

どうしてもネット検索に引っかかってこなかった「オデデコ」。

それもそのはず、正式な名称は「フクラスズメ」と呼ばれている蛾の一種。しかもこの辺で見かける黒い胴体にオレンジ色の頭とお尻とは異色のものが存在しており、その検索をなおいっそう困難なものにしていたようなのです。



アスファルト上をのんきに移動する"海苔巻きあられ"は・・・失礼!"オデデコ"は、そこらへんに生育するカラムシという植物の葉を好んで食しているようで、気をつけて歩いていると、すっかり葉っぱを食べ尽くされたカラムシが、身包み剥がされたように寒々しい姿で呆然と立ち尽くしているのを見つけることができます。

我が家の玄関にまで侵入してくるオデデコは、まさにいま足を突っ込もうとしている長靴の入り口にまで這い上がって、気がつかないで足を突っ込んでいたら、と思うと全身に悪寒が走る私です。

例年のようにこの時期になると発生し、あるときを境に突如として姿を見かけなくなる"海苔巻きあられ"・・・失礼!"オデデコ"。

見れば見るほど「亀田製菓の海苔巻きあられ」に見えてくるのは私だけなんでしょうか?

できれば画像を拝借して掲載を、と思いましたが、あまり気味のいいものでもありませんので画像が出ているサイトのアドレスを載せておきますので、興味のある方だけクリックしてご覧ください。


2010.09.15(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 19.5℃


今夜はお天気さえよければ、パンケーキを半分こにしたような黄色く光る上弦のお月さんを見ることができるはずです。

昨晩も早めに時間帯には、やや西より南の空に、弦が少しくぼんだ張りの足りない上弦のお月さんが輝いておりました。切れ切れに移動してゆく雲の合間に覗いた月はパンケーキ色でしたね、やっぱり。



おはようございます。
けさの南牧村は生憎の雨模様となりました。

シトシトと冷たい雨が降り続いています。例によって山間地特有の濃い雨モヤが360度ぐるりと出現し、かなり低いところまで覆われて見渡す風景は白の世界。上空は少し風が舞っているのか、切れ切れの弱そうな雨モヤが次々と西の方角へと流されてゆくのが見えます。

きょうは一日雨模様。
上弦のお月さんどころではないようです。





知っている方は知っていると思いますが、かたじ屋母屋・玄関を入って左前方には住人用の通用口ドアがあり、ドアの向こうには住人用の室内出入り口スペースが設けられています。

勝手知ったる友人たちの多くは、正規の玄関から上がり框を経て、細かな格子細工の大阪格子越しでの入室を避け、住人専用の通用口から我が物顔で入室してくるのです。何度となく『玄関はあっちだからね!』と念を押しても、やはり便がいいのか通用口からやってくるのですからしようがありません。

なかには我が家のごとく通用口から入室しては、目の前にあるカウンター席に陣取ってコーヒーでも出てくるのを待っている輩まで。



その通用口をくぐってすぐ左手には大きな冷蔵庫。

中身は以前にも触れましたように、シューズ・サンダルの類と扉ポケットに消臭用のバラ炭が収納され、開けてびっくりの履き物収納庫となっているのです。

冷えすぎて冷えすぎて、尋常でないほどに冷えるようになってしまい、豆腐は凍り、マヨネーズも凍り、野菜室の野菜たちまでが凍り付いてしまうようになって引退した先代の冷蔵庫。

老後はゆっくりと第2の人生を楽しむ計画があったのかもしれませんが、我が家ではまだまだ働いてもらわなくてはいけません。第2の人生は履物用収納庫ということでいまだに現役バリバリで活躍していただいております。

夏場の暑い頃には、つめたーく冷えた草履が冷蔵庫を開けると出てくるのですから、なかなか使い勝手はいいものです。



数日前、我が家の電化製品リタイヤ組がまた増えてしまい困ったものです。今度は炊飯器。

タイマーも誤表示を繰り返し、炊き上がりもなんだか以前のようなキレのある炊き上がりを見せることができなくなり、衰弱していることが誰の目にも分かるようになっての引退勧告でした。



さてと・・・。引退後の炊飯器、第2の人生は何をやってもらいましょうかね。

ふたを開けたらあらビックリ!金魚鉢なんていうのはどうでしょう?
でも金魚たちにとってはふたを閉められたら真っ暗闇ということですから、ちょっとかわいそうですね。

それなら、ふたを開けたあらビックリ!
・・・・・なんかないかな?
2010.09.14(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 17.0℃


とうとう朝の定点観測気温が20℃を下回ってきました。けさは一気に17℃にまで下がり、毛布なしでは寝ていられないほどの冷気に包まれた南牧村。

きっと村の深部、山間の標高があがってゆく集落あたりでは寒いほどのあさを迎えていることだろうと思います。もう完全に秋の支配下となってきたことを実感。   秋かぁ・・・。





おはようございます。

過日、先週の土曜日に行われた磐戸神社の秋祭りは、的屋の屋台がたったの一店だけ、それもカキ氷屋一店のみというとてつもなくさびしい中つつがなく執り行われ、まったくもってせっかく楽しみに足を止めてくれた人々や子供たちをがっかりとさせる夜灯りとなってしまったのでした。

例年、5~6店は出店して、小さいお祭りながら夜店での買い物を楽しむことができていたのですが、カキ氷屋一店だけという、ちょっと考えられない光景だったのです。

店仕舞いを始めた的屋のオッチャンに理由を聞いてさらにあきれた私かたじ屋。

前の週に予定されていた他街のお祭りが、襲来した台風の影響で延期、つまりは磐戸神社のお祭りと重なってしまったためにそっちへ向かったというのです。

こちらの磐戸神社お祭りは予定通りに行われているのですから、依頼した日程も変更は無いということになります。常識的に考えれば、優先されるべきは磐戸神社のお祭りに有りと考えるのが妥当であろうと思いますが・・・。なんとも軽く見られているものです。

商売で動いている的屋さんですから、規模の大きなお祭りのほうへと気持ちが動いてしまうのは分からないでもありませんが、こんな光景を目にしたことも聞いたことも無かった私としましては考えるほどに腹が立ってきてしまいます。何のための約束事なんでしょうかね。

どのような形で契約がなされているのか詳しいことは分かりませんが、依頼する側もどんな約束事を行っていたのか?こんな形をよく認めたものだと思わざるを得ないところなのです。

それにしても、お祭りの場にカキ氷屋が一店だけしか出ないなんてことがあるんでしょうかね。考えられません。
2010.09.13(月)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 22.0℃


江戸の頃なら"明け三つ時"。
現代であれば"明け方" "東雲" "彼誰時" "ブルーアワー"などと呼ぶこともあるらしい、早朝のまだ太陽の昇らない、昇る前の朝の様子。

薄明の刻はそう長くは続くことはなく、あれよあれよと空の明るさは増してゆき、霞むような蒼白い薄明かりはたまーにしか見ることはありません。

けさの南牧村・磐戸宿の川向こうかたじの地からは、低い雲と繋がり杉山を這うように覆う朝のモヤが邪魔をして、山山の境界線がよくは見えません。

ちょっとした隙間から見える高い位置を移動する雲は真っ白く輝き、周りの空は早い時間にもかかわらずきれいな空色をしているのを覗き見ることができる程度です。



おはようございます。

さらっと一降りしたんでしょうか?
見下ろしたアスファルトが所々黒く残り、母屋前庭に張り出したウッドデッキもしっかりと濡れ色をしています。

土曜・日曜と慌しく過ぎていった時間が、まるでずいぶん前の出来事だったかのように、目の前を流れる南牧川は何事も無かった顔をしてただ淡々と流れ下ってゆきます。

一喜一憂すること無い自然の営みは、浅知恵に長けた人間を寄せ付けない貫禄を感じさせます。

鳥も花も木々たちも、明日の心配などすることなく、与えられた時間を伸びやかに生きているように感じますね。まるで目には見えない大きな力に守られていることを知っているかのようです。

着飾ることを心配するでもなく、蓄えることに執着するでもなく、まわりを妬んで我が身を憂いている様子もありません。



浅知恵を授かった人間は、この浅知恵を有効活用する方法を探し続けなければいけませんね。

浅知恵を有効活用し、周りの誰かをすこしでも温かな気持ちにすることができたなら、妬む気持ちをそっと入れ替えることができたなら、我が身を憂う誰かにわずかな灯りを提供することができたなら、浅知恵といえども捨てたものじゃないのです。

だれでもいいから、浅知恵の有効活用で私の体脂肪をへらしてくれぇ~!(それは無理。自業自得なのだ!)
2010.09.11(土)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 20.0℃


すっかり肌寒く感じるようなあさ。

裏山の薄の穂先には、数十本に分かれた花の穂が開き、やがて白く柔らかな綿毛のような穂先へと変わっていくことになります。

日中の日射しにも、あたりの空気にも、季節が移り変わってゆく変化を十分に感じる、このところの南牧村です。



おはようございます。
Tシャツと短パン姿ではちと肌寒い土曜の朝、いかがお過ごしでしょうか?

けさの南牧村は、蒼霞が薄くかかり、好天に恵まれそうな気配がビンビンしております。次第に柔らかくなってきているとはいえ、日中はまだまだ暑い九月。今日も強い日射しに包まれそうです。

今日あすと、何かと忙しない二日間が過ぎていけばひと段落。きょうも手短にまとめさせていただきます。ご容赦ください。
2010.09.10(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 20.0℃


おはようございます。

本日のこらむはサボりです。ハブ・ア・ナイスデイ!
2010.09.09(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 21.5℃


けさもまだ一日降り続いた昨日の雨の名残が強く残る南牧村。

ときおり弱い雨粒が空から落っこちてきてみたり、母屋背後の杉山には手が届きそうな高さまで白いモヤが降りていたりと鈍い朝となりました。

おはようございます。
あれよあれよと過ぎてゆく毎日に、やらなくてはいけないことが夏休みの宿題のように積み重なっていく恐怖・・・・。大丈夫かよ~。という感じです。

昨日の午前中に予定していた流しそーめんの樋となる太い竹の切り出しは、朝から降り続く雨のために延期。本日朝から、夜勤明けの友人と一緒に切り出してくることになっています。

中止となったお陰で、昨日はフルで仕事に取り組むことができ遅遅として進まなかった工程がずいぶん捗りました。いつもは恨めしい雨も、時には恵みの雨となるものです。





ぞうり履きのままで、慌てて駆けつけた小学校。

その日は月に一度、低学年生対象に行っている放課後ボランティア「あそび塾」の日だったのです。
私にだって夢中になって仕事をしているときがあるものなのです。

気がつけば午後3時。
すでに「あそび塾」の時間となっていたのです。

大慌てで作業場を飛び出し、いつもなら自転車でのんびりと会場入りする塾長も、この状況では作業場前の軽トラくんに飛び乗るしかありませんでした。



左右の窓から両腕をまっすぐ突き出せば、間違いなく離陸できそうなほどのスピードで小学校前に到達した私は、エプロンを外しておくのももどかしく校門前の坂道をダッシュ!

校庭に飛び込んだ私を見つけて集まってくる子供たちは元気いっぱいです。

『かたじ屋だー!』(かたじ屋さんと呼ばんかいっ!)

『きょうはなにやるん?』

『ケイドロやろうよー!』

『鬼ごっこやろーよ!』

『かくれんぼがやりた~い!』

『〇△X◇?¥***???』

『いっぺんにしゃべるなぁ~!』で、ようやく静まった子供たちに、きょうの遊びを説明し早速ひとつめを開始です。



ひととおり初めての遊びを楽しんだ後は、ちょっと休憩を挟んで子供たちのリクエストが多かった「ケイドロ」を採用することにしてスタートです。

「ケイドロ」とは何ぞや?という方もいらっしゃるかも知れませんのでちょっと解説。

地方によって呼び方はいろいろあるようですが、ほぼ全国的に昔から子供たちの間では楽しまれてきた遊びのひとつで、呼び方は「警・泥」、「巡・泥」、あるいは「探偵」という呼び方で呼ばれていたようです。

あてがわれた漢字を見れば大体の想像はつくと思いますが、捕まえる側と逃げる側とに分かれての捜索ごっこ。

警察役に潜んでいるところをつかまれば牢屋と呼ばれる小さなスペースに集められ、一人残らず捕まえてしまえば警察役の側が勝ちという単純そうに見える内容ですが、警察役が探索に出かけている隙を突いて、泥棒役の捕まっていないメンバーが牢屋に近づき、捕まってしまったメンバーとタッチすればタッチした泥棒は牢屋を抜け出して自由の身になることができるのです。

探索に出かけ、泥棒を確保しつつ、牢屋の周囲にも注意を払わなければ延々と泥棒たちを一人残らず確保することは難しく、チームワークと大変な走力を要する、知能と体力をハードに要求される遊びなのです。

このときほど、草履で来てしまった自分を反省したことはなかったかもしれません。

警察チームに配属された私かたじ屋。子供たち相手でしたので高をくくっていたのかもしれません。逃げ回る子供たちをなかなか確保することができないのです。

とにかく豆鉄砲のようにすばしっこい子供たち。伸ばした私の手を翳めるようにするりと逃れてゆくのです。だんだん頭に血が昇ってきた私は、草履を脱ぎ捨て、靴下も脱ぎ捨て、ズボンの裾を捲り上げて本気モードに突入。

『うりゃ~!』の掛け声とともに泥棒確保に走り出した私は、汗びっしょりになって逃げ回る子供たちをひとり、またひとりと確保。警察チーム合同でのおとり作戦を試みてみたり、挟み撃ち攻撃を仕掛けてみたりと身柄確保に奔走です。

ところが・・・・。

あんまり全員して泥棒確保に走っていたために、せっかく捕まえた泥棒役の子供たちを閉じ込めておく牢屋の近辺が手薄になってしまっていたのです。

いつのまにか、牢屋の裏手に回っていた泥棒役の一人が『手を出してぇー!タッチ・タッチ!』と叫びながら牢屋に向かって駆け込んでくるのが目に入ったときにはすでに手遅れでした・・・。

警察メンバーがほぼ全員牢屋の裏手に回りこんだときにはすでに何人かがタッチを受けて自由の身に。裏手に回りこんだ警察メンバーの様子を見計らって今度は正面から数人の泥棒役が救出に突っ込んできます。

『あっ!あ・あ・あ・あ・あぁ・・・・・。』

肩を落とす警察役メンバー。なんと、牢屋の中は空っぽです。

なんともいえない徒労感が全身を包み、子供たちの役どころを抑えた見事なチームプレーにしてやられた悔しさ、そして全力疾走を続けていたことからくると思われる太もも裏のいやーな張り。とにかく疲れました。





アジの群れが見せる急な方向転換にも似た、逃げる子供たちの右へ左への切り返し。あれについていこうと一緒になって切り返していたのが今朝も続く太ももの筋肉痛の原因だったかもしれません。次回ははきなれたナイキのシューズを履いていくつもりでいます。
2010.09.08(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 23.0℃


今日は雨です。
それもしっかりとした雨です。今も音を立てながら降り続いています。

昨夜から降り出した雨は私が起床した5時過ぎにはいったん上がって、ぱらぱらと数えられる程度しか落っこちていませんでしたが、先ほどから再び活動を再開した模様です。

台風の影響でしょうか?
天気予報は今日一日雨のマークで一時的に強い雨脚になることを予想しています。ここしばらく雨がありませんでしたからお湿りには十分過ぎるほどかもしれません。



おはようございます。

南牧村は上空を雲で塞がれ、山に這い蹲る白い雨モヤが雲と繋がって、人口が多ければ酸欠状態になるのでは?と思わせるような窮屈な空模様・・・・。

二十四節気でみれば、きょうから秋の六節気のうちの三節気目となる「白露」の入り。節気の解説文によれば「野には薄の穂が顔を出し、秋の趣がひとしお感じられる頃。朝夕の心地よい涼風に、幾分の肌寒さを感じさせる冷風が混じり始める。」のだそうです。

言われてみれば朝方などはとくに、涼しさ以上の冷気を感じるようになってきたここ南牧村です。





しかしまあ・・・。こんなことが実際にできるとは思ってもみませんでした。

ダウンしてしまったPCというものは、内部のレアメタルやゴールドを採取するとか、粉砕して資源として再利用する以外には道はなく、ましてやそれまでの貴重なデータの類というのはバックアップを怠ったツケとして、もう二度とお目にかかることなどできないものだと硬く信じていました。

それがどうして・どうして。
こんなことができちゃうんですね~。ものすごーくうれしくて仕方がありません!



さほど多くはないものの、かたじ屋PCダウンの報を聞きつけて、関心と手立てをメールやら電話にて寄せていただいたPC玄人衆のご意見を参考に、旧PCの本体カバーを恐る恐る取り外し、ハードディスクドライブ(以降"HDD"とする)なる物体を探すこと小1時間。

途中、すぐ手前にあった四角い装置を探索中のHDDだとばかり思い込んで小ねじを回して取り外し、繋がっていたケーブルをはずして本体から引き離してみると、なんだか見覚えのあるトレー出入り口らしき面。

よくよく見ればなんてことはありません。CDやDVD用のドライブを引っ張り出していたのです。これではありません!

再びよーく見てみると、下のほうに厳重に四角い穴あき鉄板に囲まれた物体を発見。どうやらこれが本命のようです。

絡みのありそうなビスをひとつづつ外していくと、意外と簡単に外れてしまったHDDは、大きさの割にはずっしりとした重量感があり、なんだかPCの心臓部を取り出している緊張感で体もこわばる私。

ネット通販で購入したHDホルダーという装置に取り出したHDDをセットして電源をオンにすると、かたじ屋・新PCは即座に反応を示し外付けのHDDとして認識。

問題のデータにたどり着くまではいくつかの関門がありましたが、見事旧データにアクセスすることができ、中身も損傷等を受けていない状態で開くことができたのでした。



いや~、こんなことができるんですね~!
知らなかったこととはいえ、感動の再会を果たした私かたじ屋とその旧PCデータたちでありました。めでたし・めでたし。
2010.09.07(火)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 21.0℃


なんとなく、昔の遊び方をつらつらと検索しながら渡り歩いていた私。

『あー・・・やったやった。』
『こんな遊びもあったなー。』などなど、感想をつぶやきながら渡り歩くうちに、懐かしい題名を発見!

遊び方題名は「十字架」。
どれどれと中身をのぞいてみると、私が少年の頃に夢中になって遊んでいた「十字架」とは内容が大分違ってはいたものの、おおまかなルールそのものは共通点が多く、おそらくこのサイトに出ていた「十字架」がおおもととなって、各地方に伝わる過程でさまざまな変更が付け加えられていったのではないかと思います。



私が小学校・高学年のころに、文字通り爆発的に流行った遊び「十字架」は、今にして思えばかなり奇異なルールをもった遊びだったのではないでしょうか。

なんといってもその特徴は、遊びの大半が逆立ちをしながら行われ、逆立ちができないこと=遊びに参加できない。という法則が成り立っていたということ。

昼の長休みの時間ともなれば、校庭のそこかしこで男子たちが十字架遊びに興じ、あっちでもこっちでも逆立ちで歩き回る男子たちの姿を見ることができたものです。

それにしても・・・異常なほどみんながみんな逆立ちを難なくこなし、逆立ちでの徒競走までが運動会であったほどでしたから変わった土地柄、かわった小学校だったのかもしれません。



四人で一組の「十字架遊び」が成立。

まず、どこでもいいから40センチ四方の正方形を地面に記し、それを真ん中としてジャンケンです。最初のジャンケンでは真ん中の四角形のどの一辺を取るのかを決めてゆき、自分の一辺が決まったらそれぞれの一辺から四方向に、まるで十字架を描くように足の裏13個半分進んで線を結び自陣としてスタートです。

再度真ん中に集まった四人は二回目のジャンケンで鬼を決め、ジャンケンに負けた人を鬼としてゲーム開始!

鬼が決まった瞬間からゲームは始まり、残る三人はサッと自分の陣地奥深く逃げ込みます。当然鬼は自分の陣地だけは二本の足で自由に動き回れますが、十字架のように延びた細長い自陣からは誰にもタッチすることができませんので、自陣を離れ残る三人のうちの誰かを捕まえに出ることになります。

そこで登場するのが逆立ち。

自陣以外を行動するときには逆立ち出なければ許されないルールなのです。

狙われた相手も、鬼が真ん中から押し出すように逆立ちしながら来られては行き場がなくなりますので、当然逆立ちで自陣を離れて逃避行に出ます。

コンクリートと鉄だけは足を下ろすことが認められていましたので、なんとか逆立ちで最寄の鉄かコンクリート地帯に逃げ込もうとする追われる側と、そうはさせじとトップスピードで追い詰めタッチしようとする鬼の壮絶なバトル。

どちらかが、力尽きて足を地面につけてしまうか、鬼がタッチするかで1ゲーム終了。

足を地面に下ろしてしまったメンバーか(鬼も同じ)鬼にタッチされたメンバーはそのまま次ゲームに鬼として臨むことになりますが、それ以外の三人には自陣を足の裏の長さ3個半分延長することが許され、思い思いの方向に自陣を足の裏の長さ3個半分伸ばして次ゲームへと臨むのです。

たった足の裏の長さ3個半分の延長でも"ちりも積もれば・・・"ということで、ゲームが10ゲーム、20ゲームに達する頃にはいろんな方向に伸ばした自陣の中だけで鬼の攻撃をやり過ごすことができるようになり、ぐるりと周回できるように自陣を伸ばしていく者があったり、延々とまっすぐに伸ばして最寄の鉄かコンクリートにすぐに逃げ込むことができるように考えてみたりとさまざまです。



言葉で説明するのはとっても難しいのですが、この逆立ちでの「十字架遊び」は大流行をみせ、とにかく夢中になって暇さえあれば誰とでもやっていたものです。

そのころには優れた逆立ち能力を持った者の中から校内の階段を上から逆立ちで降りてくるというような猛者も現れるようになり、さらにその中でも卓越した逆立ち道を極めた数人ともなれば、逆に階段を下から上まで上っていくなんて離れ業までこなすようになり、まさに逆立ちができなければ遊びにも参加できないという小学校生活でありました。



とっても自慢話ですが、当時の逆立ち道を極めて階段の上り技を見せることができた四天王の一人は、誰あろう私かたじ屋だったのです。な・は・は・は・は!自慢自慢!
2010.09.06(月)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 24.0℃


じっとしたまま動かない、湿り気を多く含んだけさの空気は、外に出て気配を探る私をゆっくりと包み込み、目に見えない負荷を感じさせます。

あさとしてはやや高めの気温に、あたりは全体に薄くモヤが立ち、見上げる沢づたいのくぼみには白く濃い雲の塊のような山モヤが這うように横たわっています。湿度を感じる朝となりました。



おはようございます。

「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言いますが、追い討ちをかけるような連日の猛暑に、この夏の溜まってきていた疲労がピークを向かへ、体調を崩すケースが多いように聞きます。

普段から体力に自信のある人でも例外ではないようで、急激に体がだるくなったり食欲が落ちたりという症状が出るのだそうです。どちらさまも体調管理には十分にお気をつけください。

やっぱり夏バテにはゴーヤチャンプル~!です。





昨年の夏だったでしょうか、毎年恒例で我が家を訪れる友人一家と楽しんだ庭先での流しそーめん&その後のスイカ割り&スイカの種飛ばし大会。

大人も子供も炎天下の中、恥も外聞も忘れたようにげらげらと大声で笑い、腹を抱えるようにして楽しんだものです。

流しそーめんという奴は、たま~にニュースなどで見かけることはあっても、実際に体験するというのはそう頻繁にあるものでもないと思います。これが意外と楽しいのです。

傾斜のついた青竹の胴割りを樋替わりに設置して、上からホースの水を流しっぱなしていよいよ麺の投入です。

傾斜の下のほうでは子供も大人も箸を握り、麺つゆの入った紙コップを片手に今か今かと待ち受けているのが目に入り、そうめんを投入する係りも次第に気分が高揚してきます。

『いきま~す!』の声を合図に、一口に頬張れる程度のそうめんを一塊にして流し始めると・・・・。下流では大変な騒ぎが・・・。

『ぎゃー!きた~!』

『上でとっちゃだめだよぉ~~~!』

『ああっ、それわたしのぉ~!』

『ピンクの麺はないのぉ~?』・・・(それはひやむぎにしか入っていないのです。)

『うんめぇ~!』

とにかくみんな楽しそう。



多いくらいに茹でたそうめんは瞬く間に参加者の胃の中に納まり、流すほうも待ち受けるほうも交代しながら大いに楽しめる流しそうめんでありました。

青竹の樋を拵えて用意するのはちょっとした手間にはなりますが、いろんな楽しみ方ができ、なかなかお勧めのイベントとなりそうです。

ひとしきり流しそーめんを楽しんだ後は、上のほうからこんにゃくを流してみたり、枝豆の豆を転がしてみたり、豆腐なんていうのも面白いかもしれません。即席の「箸で上手に掴めるかな?大会」なども引き続き楽しむこともできそうです。

なんだか考えるだけで楽しくなってきますね。



今週は青竹の確保と胴割りにして中の節を取り除いておかなくてはいけません。せわしない日程の中ですが楽しそうにはしゃぐ子供たちやいい歳こいた大人たちの笑顔を思い浮かべながら精を出してみたいと思っています。
2010.09.04(土)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 22.0℃


本日は"さたでぇ~!"
ここ南牧村も全国的に取り残されることなく、無事に"さたでぇ~!"を迎えたようです。

そんな"さたでぇ~!"のけさは、ちいさな雲がぽっかりと浮かんだうす~い空色に、これまたうす~いオレンジ色が、山の向こうのやや下のほうから混じりあい、西の空をそこだけ明るくしています。

静かなあさです。

ときおり、ガヤガヤと数人の早朝お散歩組がかたじ屋前の農道二号線を通過してゆく際に、訛声交じりのおばちゃんたちの声が聞こえるほかには、かすかに虫の声がするばかり。

あたりは十分に明るさを持ち、山越えのお日様が顔を出し始める時刻。ぐるりと四方を山山に囲まれている地形ですから、日の出は東の山の稜線越し、日の入りは西の山並みへとなり、平野部に比べると日の出は遅れて日の入りは早くなるという南牧村。

ちなみにけさの日の出は東の山越しに6:30ごろとなっています。





おはようございます。

うひょ~!すごい日射しが射し始めています。この時間には上空もすっかり空色を取り戻し、晴天の一日のスタートです。

このところ、あれほど降り続いた不安定な天気も安定して、しばらく雨が降っていません。きょうもこの分ですと日中は30℃越え、かたじ屋工房内は連日の40℃超の世界となりそうです。

さすがの私も日中はバテバテ。首を振って風を送ってくれる大型の扇風機も、熱風を送る以外に機能が無いようで、噴出す汗・上がる体温で気を失いそうなのです。朦朧とする意識の中で『これが噂の熱中症ってやつなんだなぁ・・・。』などと思いながら水分を補給。仕事が捗りません。

さて、きょうも暑い一日となりそうですが、やっぱり作業場に行かなくてはなりません。
気合だぁー!気合だぁー!気合だぁー!
2010.09.03(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 21.0℃


はやいなぁ・・・・。
もう9月3日だぁ・・・。

ひとりPCデスクの前でつぶやく私です。



一点の冷気を含んだ風が、伸びた無精ひげに触れながら通り抜けてゆくけさ。きのうまではなんとなく感じていた秋の気配も、けさは確かな感触として五感で感じ取ることができるようになってきています。

すでに音も、匂いも、触れる空気も、枯れ行く夏野菜の畑も、そして秋になると張り巡らされる光るクモの糸からも秋の気配を感じるようになってきているのです。

それもそのはずです。
あと一週間もすると、ここ南牧村・磐戸地区の鎮守でもある磐戸神社の秋のお祭りがやってくるのですから。



私たちがこの地にやってきた頃までは、この地域もまだほかの地域より子供たちの数も居り、もっと遡れば磐戸地区といえば村の中でも繁華な地域として商店が並び、にぎやかさを残していたと聞きます。

地区のお祭りである磐戸祭りには、諸先輩方のさまざまな努力や新しい取り組みの積み重ねで、小さいながらも大人の御神輿が練り歩き、子供たちのお囃子を乗せた山車が遠くは椚の集落にまでその賑やかな祭囃子を運んでいたそうです。ずいぶん昔のことだそうですが・・・。

メインの神社周辺には今でもわずかとはいえ夜店が軒を連ね、子供たちが集まってくる夕方の時刻にはそれなりに賑やかなひと時が演出されているのです。

その喧騒も長く余韻を残すことはなく、一通り店店を覗き込み、品定めと買い物が済んでしまうと潮が引いてゆくようにさーっと人々の姿、子供たちの姿は見えなくなってしまいます。



町町の大きな山車がお囃子の若者子供たちを引き連れて練り歩く日本三大囃子のひとつ、秋田の花輪ばやし。このお祭りが毎年行われているのが秋田県の鹿角市花輪地区。私が少年時代をすごしたまさにその土地なのです。



私の記憶に残る山車の数やお囃子の賑やかさ、町全体が浮き足立つような妖艶な空気。子供たちはお祭りの日には学校が半ドンとなりお祭りにのめりこんでゆくあの騒々しさ。

お囃子を奏でながら山車と一緒に練り歩く「腰抜け」と呼ばれる山車の中に入れる子供たちがうらやましく、ぞろぞろと自分の町内の山車について回ったことを思い出します。

十数台もの各町内の山車が揃う駅前のロータリーにはひしめくように人々が集まり、それはそれは盛大なお祭りが毎年行われていたものです。



比べてしまうにはあまりに規模が違いすぎますが、少なくとも関わる人たちが、そして子供たちが、その土地の小さなお祭りをささやかながら楽しみにしてもらえるようになれるといいですね。

先人たちが工夫を凝らし、諸先輩たちが何とか盛り上げようと取り組んできたように、子供たちにはオジサン・オバサンと呼ばれてはいるが村の中ではまだまだ若い衆が、小さいながらもできそうなことを少しづつ工夫し挑戦してみることで、小さなお祭りを盛り上げてゆけたらと思っています。

地域を取っ払い、村全体の子供たちに呼びかけたお囃子の音色も、週一回の練習を重ねるごとに少しづつかたちになってきていますし、雨との戦いと目される手作りのキャンドル作りもその数500余りにまで達し、いよいよ大詰めです。

『なんかやってみよーよ!』『うまくいかなきゃまた考えればいいんだよ!』と動き出した地元の若い衆(といってもオジサンやオバサンです。)の皆さんの勢いにほだされるように、一人でも多くの方が協力して作り上げていくことができればと願っています。

とにかく雨だけは降らないでくれ!
みんなの努力が報われますように!

てるてる坊主作っとかなきゃ。
2010.09.02(木)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 21.0℃


ここのところずーっと折りたたまれて、枕替りに私の頭の下に敷きこまれていたブルーのタオルケット。本来の使用目的である上掛けの寝具としての役割を果たすことができずに、さぞかし無念だったことと思います。

主の若干軽めの頭部の下で過ごしていた、この夏の窮屈なタオルケットの心情を思うと、申し訳ない気持ちがしないでもありません。

Tシャツの裾をたくし上げ、腹をむき出してはごろん・・・ごろんと寝返る主。昼間の熱波が夜気をもあたためる寝苦しい夜には、少しでもひんやり感のある敷布団とシーツの間に脚を突っ込んでみたり、杉板張りの二階雑魚寝の間の床に腹這いになったりと動き回るのです。

そんな不遇の夏をすごしていたブルーのタオルケットにも、今朝方ようやく活躍の場が訪れたのでした。



起床するにはちと早い時刻。

開け放たれた履き出し、東向きの窓に嵌め込まれた網戸越しに室内に侵入する夜明け間近の外気はいつもよりもひやりとした気配。涼しいというにはすこしばかり効きすぎた感があります。

いつの間にか私の横に転がるように眠るこぐまくんも、無意識の中で丸まって体温を保持するような本能的な行動をとり、今朝方がこのところ続いていた大の字になって迎える朝とは少しばかり変化していることに気づかされます。

まだすこしボーっとしたまま、枕元に小さく畳み込まれたブルーのタオルケットを探す私。手に触れたタオルケットを上棟式で餅でも撒くようにサッと横投げに広げて、そばで丸まっているこぐまくんもろとも包み込んでしまいます。

あんな薄っぺらな一枚にもかかわらず、体を包み込むタオルケットはしっかりと朝の冷気を遮断して、心地よいほどのぬくもりをもたらします。丸まっていた体が少しまたすこし伸びてきて、広げたタオルケットの下のほうからはこぐまくんの足が覗いています。

いつもの起床時間をすこし回ったところで、しばらくぶりのタオルケットのぬくもりから離れ、一階へと降りてきた私ですが、これからの短い期間はこのタオルケットの世話になる時間帯も増えてくることだろうと思います。といっても本当に短い間のことだろうと思います。

もうすでに毛布たちがスタンバっていますから、本当に不遇な扱いを受けるタオルケットなのです。


2010.09.01(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 22.0℃


おはようございます。

南牧村はとくに変わりのない平凡なあさを迎えています。あんまり変わり映えのない朝の様子にぼんやりとしていると、ちょっと変わった形をしたハチのような虫が、庭先の花から花へと長いストローのような口をぶら下げたまま移動しては蜜を吸い取っている様子に遭遇。

夢中になって蜜を吸い取っては移動する姿には私がそばで見ていることに気がついている様子はなく、ただ黙々と花から花へ。

毎日をその日に必要な分の食料を確保して、とくに着るものにこだわるでもなく、時間に追われるわけでもなく過ごす虫たちは、明日の心配などする必要もないのだろうと思います。日々、どんなことを思いながら過ごしているものなのか聞いてみたいような気もしますね。



子供たちが夏休みの最中・お盆の頃、金魚すくいでゲットしてきた10匹近い小さな金魚たちは、かたじ屋母屋横の小池に放たれ、その後餌も何にも与えられていないにも関わらず現在でも元気いっぱいに池の中を泳ぎまわっています。

放たれて2~3日後には生命力の弱かったと思われる3匹ほどが生き続けることができずに死んでしまいましたが、以降は脱落するものはなく真っ黒い出目金くんを筆頭に、実に元気いっぱいなのです。

降る雨と、山からの水が絶えずちょろちょろと流れ込む母屋横の小池にはさまざまな生命が存在し、そこには小さな生命のサイクルが出来上がっているのだろうと思います。

日中の暑いさなかには、小さな金魚たちは山の水が流れ落ちる一帯に集まっては、ひんやりとした涼を味わってこの夏の酷暑をやり過ごし、水面に浮かぶ水草の陰でうとうと・・・という感じです。

だんだんと愛着のようなものを感じるようになり、日に何度となく池を覗き込んでは金魚たちの活発な泳ぎに目を細める私なのです。

これほど目をかけてやっているにもかかわらず、池に近づく私にさえ警戒しているのか、覗き込むとクモの子を散らすがごとく一目散に散り散りに逃げ惑うその姿。もうそろそろ私を認識してくれてもよさそうなもんです。

これから迎える秋と冬とを何とか元気に乗り越えていってほしいと思ってしまいます。



さきほども、一服がてら池を覗き込んできましたが、あいかわらず大慌てで散り散りに逃げ回る様子に『わしじゃ!わし!』と声をかけてみたものの、まだ認知されていないようです。ちとさびしいような・・・。

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