2010.09.01(水) かたじ屋母屋横、小池の住人たち

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2010.09.01(水)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 22.0℃


おはようございます。

南牧村はとくに変わりのない平凡なあさを迎えています。あんまり変わり映えのない朝の様子にぼんやりとしていると、ちょっと変わった形をしたハチのような虫が、庭先の花から花へと長いストローのような口をぶら下げたまま移動しては蜜を吸い取っている様子に遭遇。

夢中になって蜜を吸い取っては移動する姿には私がそばで見ていることに気がついている様子はなく、ただ黙々と花から花へ。

毎日をその日に必要な分の食料を確保して、とくに着るものにこだわるでもなく、時間に追われるわけでもなく過ごす虫たちは、明日の心配などする必要もないのだろうと思います。日々、どんなことを思いながら過ごしているものなのか聞いてみたいような気もしますね。



子供たちが夏休みの最中・お盆の頃、金魚すくいでゲットしてきた10匹近い小さな金魚たちは、かたじ屋母屋横の小池に放たれ、その後餌も何にも与えられていないにも関わらず現在でも元気いっぱいに池の中を泳ぎまわっています。

放たれて2~3日後には生命力の弱かったと思われる3匹ほどが生き続けることができずに死んでしまいましたが、以降は脱落するものはなく真っ黒い出目金くんを筆頭に、実に元気いっぱいなのです。

降る雨と、山からの水が絶えずちょろちょろと流れ込む母屋横の小池にはさまざまな生命が存在し、そこには小さな生命のサイクルが出来上がっているのだろうと思います。

日中の暑いさなかには、小さな金魚たちは山の水が流れ落ちる一帯に集まっては、ひんやりとした涼を味わってこの夏の酷暑をやり過ごし、水面に浮かぶ水草の陰でうとうと・・・という感じです。

だんだんと愛着のようなものを感じるようになり、日に何度となく池を覗き込んでは金魚たちの活発な泳ぎに目を細める私なのです。

これほど目をかけてやっているにもかかわらず、池に近づく私にさえ警戒しているのか、覗き込むとクモの子を散らすがごとく一目散に散り散りに逃げ惑うその姿。もうそろそろ私を認識してくれてもよさそうなもんです。

これから迎える秋と冬とを何とか元気に乗り越えていってほしいと思ってしまいます。



さきほども、一服がてら池を覗き込んできましたが、あいかわらず大慌てで散り散りに逃げ回る様子に『わしじゃ!わし!』と声をかけてみたものの、まだ認知されていないようです。ちとさびしいような・・・。

コメント(1)

かたじ屋どの
<生き物ものを手なずけるのは大変だ>
毎日散歩させ、2年も同居している犬でさえ吼えこそしないが小生への警戒心はぬかりない。接近した時の目つきの変化で分かる。金魚の目つきの変化は出目金でも察知は難しい。飼い主になつくのは、かの田中角栄の自慢の池の鯉ぐらいだろう、餌をやる時には寄ってくる。角栄さんが札束をもっている事を知っているんだろう。小沢一郎も同じかな。
      民主党の茶番劇抗争を楽しんでいるやまねこ

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このページは、katajiyaが2010年9月 1日 05:33に書いたブログ記事です。

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