2010.09.03(金)
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 21.0℃
自宅前 薪小屋測候所寒暖計 21.0℃
はやいなぁ・・・・。
もう9月3日だぁ・・・。
ひとりPCデスクの前でつぶやく私です。
一点の冷気を含んだ風が、伸びた無精ひげに触れながら通り抜けてゆくけさ。きのうまではなんとなく感じていた秋の気配も、けさは確かな感触として五感で感じ取ることができるようになってきています。
すでに音も、匂いも、触れる空気も、枯れ行く夏野菜の畑も、そして秋になると張り巡らされる光るクモの糸からも秋の気配を感じるようになってきているのです。
それもそのはずです。
あと一週間もすると、ここ南牧村・磐戸地区の鎮守でもある磐戸神社の秋のお祭りがやってくるのですから。
私たちがこの地にやってきた頃までは、この地域もまだほかの地域より子供たちの数も居り、もっと遡れば磐戸地区といえば村の中でも繁華な地域として商店が並び、にぎやかさを残していたと聞きます。
地区のお祭りである磐戸祭りには、諸先輩方のさまざまな努力や新しい取り組みの積み重ねで、小さいながらも大人の御神輿が練り歩き、子供たちのお囃子を乗せた山車が遠くは椚の集落にまでその賑やかな祭囃子を運んでいたそうです。ずいぶん昔のことだそうですが・・・。
メインの神社周辺には今でもわずかとはいえ夜店が軒を連ね、子供たちが集まってくる夕方の時刻にはそれなりに賑やかなひと時が演出されているのです。
その喧騒も長く余韻を残すことはなく、一通り店店を覗き込み、品定めと買い物が済んでしまうと潮が引いてゆくようにさーっと人々の姿、子供たちの姿は見えなくなってしまいます。
町町の大きな山車がお囃子の若者子供たちを引き連れて練り歩く日本三大囃子のひとつ、秋田の花輪ばやし。このお祭りが毎年行われているのが秋田県の鹿角市花輪地区。私が少年時代をすごしたまさにその土地なのです。
私の記憶に残る山車の数やお囃子の賑やかさ、町全体が浮き足立つような妖艶な空気。子供たちはお祭りの日には学校が半ドンとなりお祭りにのめりこんでゆくあの騒々しさ。
お囃子を奏でながら山車と一緒に練り歩く「腰抜け」と呼ばれる山車の中に入れる子供たちがうらやましく、ぞろぞろと自分の町内の山車について回ったことを思い出します。
十数台もの各町内の山車が揃う駅前のロータリーにはひしめくように人々が集まり、それはそれは盛大なお祭りが毎年行われていたものです。
比べてしまうにはあまりに規模が違いすぎますが、少なくとも関わる人たちが、そして子供たちが、その土地の小さなお祭りをささやかながら楽しみにしてもらえるようになれるといいですね。
先人たちが工夫を凝らし、諸先輩たちが何とか盛り上げようと取り組んできたように、子供たちにはオジサン・オバサンと呼ばれてはいるが村の中ではまだまだ若い衆が、小さいながらもできそうなことを少しづつ工夫し挑戦してみることで、小さなお祭りを盛り上げてゆけたらと思っています。
地域を取っ払い、村全体の子供たちに呼びかけたお囃子の音色も、週一回の練習を重ねるごとに少しづつかたちになってきていますし、雨との戦いと目される手作りのキャンドル作りもその数500余りにまで達し、いよいよ大詰めです。
『なんかやってみよーよ!』『うまくいかなきゃまた考えればいいんだよ!』と動き出した地元の若い衆(といってもオジサンやオバサンです。)の皆さんの勢いにほだされるように、一人でも多くの方が協力して作り上げていくことができればと願っています。
とにかく雨だけは降らないでくれ!
みんなの努力が報われますように!
てるてる坊主作っとかなきゃ。

かたじ屋どの
<村祭りは年一回の百姓(農民)のガス抜き>
500個のキャンドル・・・磐戸神社の参道の両側に並べるのかなあ。日航機事故の御巣鷹山の鎮魂慰霊登山、はたまた京都化野の念仏寺を連想するね。キャンドル当日は雨が降ったら必ず顔や手に墨で御経を書いておこう、出来れば「火とぼし」の行事に登場した近隣の寺の坊主に頼むのもよい。耳なし芳一の様にならない様に。磐戸神社の祭りと言えば昨年、子供たちが山車を引いて神社から南牧サカス?を歩いたが、これをなんもくTVが取材し放映した。画面には多くの子供たちに混じって、休日をつぶされていやいやながら引いている既に転任した小学校の男性教師の姿が映っていた。無理することはないのに・・と思った。なにか義理出席の葬式に似ている。日本人は本当にお祭りが好きだ。でも殆どは農村の農民対象だ。昔からこうなっている。町民が主体で始まった浅草三社祭りや京都の公家が主役の祇園祭りとは違う。昔から一年中苛酷な農作業に従事し耐え忍んだ農民は秋の収穫期に鬱積したエネルギーを村祭りで爆発させるのだ。農民の国家的ガス抜き行事なのだろう。個々の祭りの規模はもちろん三社祭りに及ぶべくもないが祭りの数は圧倒的に農村の秋祭りの方が多い。「村の鎮守の神様は・・」と言う歌の歌詞が日本の村祭りの特性をよく表わしている。ガス抜きはどの世界でも重要だ。
祭りへの義理参加を極力避けたいやまねこ